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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
伊達と酔狂の町人達 の巻

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二百 志七郎、文豪を知り土産で揉める事

 夕食を終え夜船をお伴に食後を茶を啜る、そんな時だった。


「なんじゃと! 水鏡先生と昼餉を共にしたでおじゃるとー!」


 夜船の出処に話題が及び、俺が昼間に経験した事をさらっと流す程度に話したのを聞き、信三郎兄上が御膳を蹴倒さん勢いで立ち上がりそう叫んだのだ。


 兄弟の中では比較的穏やかな彼が、その様な大声を上げるのは珍しい。


「うぬぬぬぬ! ああうらめやましや……志七郎! 御祖父様も何故麻呂に御役目を言い付けてくれなんだでおじゃるか……」


 羨ましいのか恨めしいのかは解らないけれども、狩衣の袖を噛み地団駄を踏むその姿に、普段の雅やかな止ん事無いお子様という風情は無く、完全に歳相応なお子ちゃまのソレであった。


「そんな事を言ってもしょうがねぇじゃねぇか。その水鏡ってぇ戯作者を相手にした使いじゃ無し。聞いた話じゃぁ志七郎だからこそ先方さんも声を掛けたってなぁこったろうに。にしてもそんなに入れ上げる程に大した戯作者なんかい?」


 そんな彼の言に苦笑を浮かべながら、話を逸らす様に御祖父様がそう問いかけると、


「それはそれは、大した者なんて言葉じゃぁ全然足りぬ程の大文豪でおじゃる!」


 目を大きく見開き、食って掛かる様な勢いで信三郎兄上が語り出す。


 その話に拠れば、十年程前に『禿河家安百鬼行』と言う伝記物で有り伝奇物でも有るそんな本でデビューを果たした彼は、『七夜奇譚』と言う怪談物や『夢幻泡影』という艶物と、と全く方向性の違う作品を次々と書き上げ一世を風靡する。


 その後も我が藩からの依頼で書き上げた『鬼二郎鬼熊斬談』が大当たりし、押しも押されもせぬ新進気鋭の大作家と名が天下に轟いた。


 現在では諸藩の大名達が彼の作品の題材に取り上げられる事を望んで居るが、彼自身が書きたいと思わねば書かない、ソレが許される程の男なのだと言う。


「家の書庫にも先生の作品は一通り揃っている筈でおじゃる! それも写本では無くわざわざ新刊本を買い求めたのでおじゃ!」


 この江戸では前世まえの様に本は誰でも簡単に買えるそんな値段の物では無い。


 新刊本成らば大体一冊三百文~で、四文百円と考えれば7500円だ、長期的に使える道具成らば兎も角一時の娯楽に供するには少々お高いと言えるだろう、それ故に『貸本屋』でレンタルするのが一般的なのだ。


 それを借りてきて、ずっと手元に置きたい物は自分で写本する……と言うのが江戸流である。


 偶に小遣い稼ぎの為に写本を売る者も居るが、大概の場合挿絵が抜け落ち誤字脱字癖字等々で値を引かれ精々四、五文程度に成るのだそうだ。


 ちなみにこの江戸では本だけで無く、ありとあらゆる物が『損料屋』と呼ばれる店で貸し出されており、一部の仕事道具を除けば町人達は自分の物を持つ事をあまりしない。


 春に成れば綿入りの掻巻は必要なく成るので冬の間だけ借りれば良い、茶が飲みたいから鉄瓶と急須を借りてこよう、肉と野菜が手に入ったから鍋を……と日常的に使う物すらも所有しない者が大半なのだ。


 先日の様に一度火事でも起きれば持ち出せる物などたかが知れており、木と紙で作られた町並みはあっという間に灰燼と帰する。


 宵越しの銭は持たないと言う江戸っ子文化は、蓄財を潔しとしない気風の良さも有るだろうが、それと同じ位幾ら財産を溜めても燃えてしまえば何も残らない、そんな側面も有るのでは無いだろうか。


 閑話休題それはさておき、どうやら信三郎兄上は水鏡の熱心なファンらしく、余り興味を示していない他の家族に対して未だ熱弁を振るっていた。


「そういえば……その水鏡先生からも土産を貰っていたんでした」


 そっと呟いて懐から封筒を取り出す。


「何!? なんでおじゃる!? 水鏡先生からの手土産!? 何が入っておじゃるくゎぁぁああ!」


 耳聡く俺の声を聞きつけた兄上は、前世で見た古いホラー映画の様に首だけを回し此方を向き、爛々と輝くまなこを見開き絶叫とも言える声を上げた。


「……信三郎、喧しい。いい加減にして置かぬと……絞めるぞ?」


 それに冷水を浴びせる様に、殺気混じりの冷たい声が御祖父様から掛けられ、


「あ、はい。済みません」


 と応え静かに成った。


 たった一言で静かにさせる辺りは流石は老いたりとは言え猪山の元藩主で有る。


「で、志七郎や、何が入っておるのだ? そんな見せ付ける様な真似をすれば信三郎でなくとも気になるわいな」


 そう促され周りを見てみれば、兄上の話には興味が無かった風情の家族も家臣達もが俺の手元に熱い視線を注いで居るのが見て取れた。


 流石にこの状況で開けないと言う選択肢は無いだろう、そう考えそっと封を開く。


 中には三枚の何やらチケットの様な物が入っていた、以前仁一郎兄上に貰った馬比べ場の入場券よりも多くの色数を使った小さなそれは『忠根子間仇討奇譚(なんとよむのだろうか)』の文字と猫の陰に怯える人々の姿が描かれている。


「あら、小芝居の券みたいね。それも四人桟敷を三枚……随分と奮発してくれたみたいだねぇ」


 いつの間にやら俺の背に忍び寄り、ソレを覗き込んで嬉しそうな声を上げたのは母上である。


 小芝居と言うのは幕府公認の常設芝居小屋で演じられる『大芝居(所謂歌舞伎の事だ)』に対して、それ以外の旅回りの一座などが演じる大衆演劇等々の総称である。


 母上達女性陣が度々出掛ける芝居見物と言うのは小芝居では無く、江戸城近くに有る『北川座』と言う劇場だそうだ。


「んー、明後日の昼公演で幕間のお弁当付き……場所は若草わかくさ町……演ずるは朝宗一座か……信ちゃんこの話聞いた事有る?」


 俺の手から一枚ソレを取り上げ内容を確認しそう疑問の声を上げる。


「いや『ちゅう仇討あだうち奇譚きたん』等と言う話は知らぬでおじゃる。はっ!? もしや水鏡先生が下すったって事ぁ……先生が書いた新作の芝居やもしれぬ! 志七郎、麻呂にも一枚! 一枚くりゃれ!」


 喉から手が出る程に欲しいのだろう、ついさっき叱られたばかりだというのに既にまた熱くなり過ぎた様子でそう声を上げる兄上に、


「差し上げるのは構いませんけど、これ一枚で四人入れるのでしょう? それなら皆で行けば良いんじゃ無いですか?」


 そう返事をかえした。


 流石に家族に家臣全員とは言わないが、それでも十二人分のチケットが有るのだし、この手の物は仕舞いこんで使わないのも失礼と言う事に成るのだと思う、兄上に渡せばそのままコレクション行きにしかね無い雰囲気だ。


「良いわね、この所厄介事ばかりが目に付いて楽しむなんて事余り無かったし、偶には皆で小芝居見物なんてのも一興よね。人数が増える様ならもう何枚か買い足せば良いし……さて誰を誘おうかしら……」


 ……家の家族と家臣だけでも十二人は簡単に超えると言うのにそんな事を宣う母上。


「いや、母上。それ貰ってきたの俺ですからね? 誰を誘うって先ずは家族、家臣それから俺の友人知人が最初でしょう?」


 そう言って部屋を見回すが、むしろ矛先を此方に向けるなと言わんばかりに、俺と目線を合わせるのを避ける者達ばかりだった。


「申し訳御座らぬが、その日取りは他藩の者と鬼切りの約束が……」


「芝居見物など女子供のする事で御座る、拙者は御免被りたい」


「……開始五分で寝ても良ければ」


女子おなごを口説く手管としてならば兎も角、何時間も座らされるのは……」


 大羅、今、名村、矢田辺りの若手連中の言からすれば、どうやら武勇に優れし脳筋者集団たる猪山藩士達は芝居見物をしたいとは思わない様だ。


「ま、麻呂は当然行くでおじゃるよ! 志七郎よ、誰が行かぬと言っても麻呂は必ず勘定に入れるでおじゃ!」


 ……うん、アンタは解ってるから。

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