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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
伊達と酔狂の町人達 の巻

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百九十八 志七郎、思い出を語り土産を受け取る事

「おやまぁ、幼いとは言え流石は御武家様、良い食いっぷりだ。おかわりはどうざんす? 払いは気にしねぇでガンガン行っちまって構いませんぜ?」


 思わず一気に食べてしまった俺に対して、水鏡はまだ半分程度残っている状態である。


 別に俺の分が子供向けに少な目にされていたと言う訳ではない、食事をしながら談笑をと誘われたと言うのに、想像以上の味に脇目もふらず完食してしまっただけだ。


「いえ、十分に満足しました。余りの美味しさに思わず夢中に成ってしまいました。素材も調理も素晴らしいですね、これ程美味い飯は石銀さん以来ですよ。それにこの麦茶もよく冷えてて良いですね」


 我が家では智香子姉上の作った術具や、お花さんの生み出す氷を利用した『冷蔵庫』が有るので、冷たい飲み物は日常的に手に入る。


 だが他所では我が家の様に独自の方法を確立出来なければ、冬場は兎も角、春以降は相応の銭を払って氷屋から氷を買うしか無いのだ。


 江戸の周辺には幾つもの氷室が有り、冬の間に北国から運ばれた雪や氷が大量に蓄えられては居るらしいが、それにしたってこの百万都市である江戸の需要を完全に満たせる程では無い。


 それでもかき氷なんかが、なんとか庶民にも手が届く程度の値で提供されているのは、以前会った白石さんの様に人に混ざって生活する雪女が結構な数居るかららしい。


 とは言え流石の彼女達も真夏の暑い盛りに氷を生み出すのは、中々に負担が掛かる行為なので、やはり氷は安い物ではないのだ。


「あれまぁ、家見たいな安飯屋を江戸でも名高い石銀様と同列としてくれるなんざぁ、褒めすぎってもんさね」


 娘さんは口ではそう言いながらも満更では無いと見え、満面の笑みを浮かべながら上がってきた。


 手には手拭いを巻いた鉄瓶をぶら下げており、俺の茶杯が空いているのを見て取ると、そこから新たな麦茶を注いでくれた。


「御武家様ん所のお犬様ともなれば、やっぱり特別な物を食ってるのかい? おとっつぁんが拵えた物にゃぁ口を付けようとしないんだよ」


 聞けば主人が美味い物を食べているのに、暑い中ただ待たされているだけの四煌戌が可哀想だと、店主が気を利かせて夜の仕込みから端材を使って餌を用意してくれたらしい。


「ああ、物の問題じゃあないです。あの子達は猟犬や番犬としての訓練をしてますから、俺の許しが無ければ食べませんよ」


 戦場で勝手に獲物を食われては仕事に成らないし、盗人が番犬に薬を混ぜた餌を与え黙らせると言う手法は使い古された手で有る。


 その他にも色々な理由は有るが、主もしくは上位者の許可無く食べ物を口にしないというのは躾けの基本なのだ。


「へぇ……、流石は御武家様に飼われて居るだけ有るやぁね。裏の三太ん(トコ)の犬なんざ、家の残飯漁るわ夜中に騒ぐわで、あんなに大人しく待ってる様な事ぁ無いからねぇ。あ、食わせてやっても良いなら、そこの窓から声掛けて上げてくんな」


 感心した様に頷きながらそう言った彼女の言葉通り、俺が背にした窓から下を見ると三つ首の前にそれぞれに一皿ずつ置かれているのが見えた。


「四煌、良し!」


 しっかりと聞こえるようにそう声を上げると、彼らは尻尾を千切れんばかりに振りながら無言で各々の皿へと首を突っ込んだ。


「坊っちゃんはもう飯は食い終わった見たいだし茶菓子でも持って来るわ。長っ尻の水鏡すいきょう先生せんせでも茶の方はこれだけ有りゃ十分でしょ?」




「此処の大将は仏頂面の強面に似合わず犬猫なんかが大好きでしてね。人様の口に入る物を商ってるてんで飼う事ぁしてねぇけれど、さっき言ってた裏の犬にもそこらの野良猫にもわざわざ美味い残飯を用意してるくらいでさぁ」


 飯を食い終わり、娘さんが持って来てくれた茶菓子……自家製の『夜船』らしいが、ぱっと見る限りではおはぎと違いは見受けられない。


 食ってみれば違うのかと思えばそんなことも無く、甘みを抑えたあんこが上品で定食で十分に膨れた腹にもまだ入る、所謂別腹を実感させるには十分な美味さだと言う事しか解らなかった。


「確かに飯に毛でも入ってれば、文句の一つも言う人も居るでしょうね」


 前世成らば『猫喫茶』や『フクロウカフェ』なんて商売も有ったが、アレはアレで衛生面での取り決めや動物取扱業の許諾など経営する上で色々とクリアしなければ成らない課題が幾つも有り、そう簡単に開ける物では無かった筈だ。


 前世でも数少ない友人に『猫喫茶(ソレ)』を経営している者が居り、何度か店にも足を運んだ事が有るが、決して楽して儲かる商売では無く掃除や猫達の世話等、普通の飲食店よりも負担は大きい様に見受けられた。


 とは言え、世界的に見れば『病的なまでの潔癖症』揃いの日本人だったからこそ、彼処まで色々と制約が有ったのであって、諸外国やこの火元国であればそこまで煩い事は無いだろう。


 実際、鬼切奉行所近くには看板娘成らぬ看板猫が居る蕎麦屋が有るらしいが、それに文句を言う客は居らず中々に繁盛している見世だと聞いた事がある。


 だがそれは『既に猫が居る事が当たり前』に成って長い見世だからで、今からこの見世で『新たに犬猫を飼う』のはリスクが高いだろう事は容易に想像できた。


「そうなりゃ折角の美味い飯だってのに興ざめってもんさね。大将にゃぁ悪いが近所の犬猫で我慢して貰うしか無いやな……って、こんな話をする為に誘ったんじゃあ有りゃしねぇ。鬼斬童子様にゃぁ聞きたい事が色々と有ったんざんす!」


 自分で振った話だというのに水鏡は額を一つ自らの手で打ってそう口にする。


 そんな道化じみたコミカルな態度に僅かばかり頬が緩むのを感じ、最初に会った時に持った怪しい者を訝しむ気持ちはもはや無く成っていた。


「ええ、御家や公儀の秘密…なんてことで無ければ」


 出会ったばかりでは有るが前世まえの経験から鑑みて彼は信用出来るとそう思え、そして不思議な程に彼に好感を持っている自分に少々驚きながらもそう返事を返す。


「んじゃまぁ、早速……」


 さも嬉しそうに相好を崩すと水鏡は帳面と矢立を取りだした。




 鉄瓶の麦茶も底を付いた頃、夕七つ(午後四時)の鐘が聞こえてきた、そろそろ帰らねば夕食に間に合わない頃合いだ。


「いやぁ……思いの外長く付き合わせちまいまして申し訳有りゃしねぇ。とは言え、しーさんの御蔭で次の本のネタが浮かびやしたよ!」


 色々な話をした中で、俺が過去世持ちで尚且つ三十路周りだった記憶がある事を知ると、水鏡は俺を子供扱いするのを止め、志さんと親しみを込めて呼ぶようになった。


 前世とこの世界での常識の違い等、興味深そうに根掘り葉掘り聞く彼に、俺は前世での様々な経験や記憶の数々を話す事で、薄れかけて居た中には完全に忘れていたと思う様な事も色々と思い出す、そんなお互いに取って得る物の多い一時と言えただろう。


 出来ればこのまま此処で夕餉を取って話を続けたいとも思ったが、中身は兎も角身体(入れ物)はまだまだ子供、勝手をすれば家族に心配を掛ける事に成る。


「いえ、此方も楽しく話が出来ました。また機会が有れば是非」


 名残惜しいが仕方が無い、そう思いながらも席を立ち階段を降りる。


「ああ、お坊ちゃん。おとっつぁんが料理を褒めてくれたお礼だって。これお土産に持ってって御家族で食べて頂戴な」


 どうやら下は丁度客の切れ目の様で、茶杯片手に座って休憩していた娘さんが付けカウンターに乗っていたそこそこの大きさの有る折り箱を渡された


「ああ、お土産と言えばあっちも渡そうと思ってた有ったざんす。いけねぇいけねぇ、忘れる所だった。大したもんじゃぁねぇけれど貰ってくんな」


 そう言って差し出されたのは一通の封筒だった。


「これは?」


 折り箱の中身、封筒の中身、両方を挿してそう言ったつもりだったのだが


「「帰って開けてからのお楽しみ!」」


 二人揃ってそう返されては深く尋ねるのもなにか違うだろう。


 俺は駆け出さぬ程度に急いで帰る事にした。

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