表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/1230

転章 警部、あの世へ行く事

 目を覚ますとそこは、見渡すかぎりの花畑だった。


 菜の花によく似た、黄色い小さな花が地平線の彼方へと続いている。


「なんじゃこりゃぁ?」


 見覚えの無い景色に暫し呆然としそう呟きながら、まずは落ち着こうと軽く深呼吸をしてみる。


 深く吸い、吐き出す度にざわついた精神が落ち着き、あたりを窺う余裕も出来てくる。


 そうしてまず気がついたのは、自分がいつも着慣れた背広姿ではなく、白装束を身に纏い、頭には額烏帽子ひたいえぼしも付けていることだ。


 あぁ、俺死んだんだ……。


 すとんっ、と腑に落ちた。


 よく聞く走馬灯も無ければ、自分の死体を見下ろす幽霊状態も無かったのは、不意撃ち(・・)で即死だったからだろうし、死んだときの格好ではなく、死に装束なのはちゃんと葬式を出してもらえたおかげだろうか?


 まぁ、一応殉職ってことになるだろうし、曽祖父(ひいじい)さんの面子も立つだろう。


 ただ部下の言う通り、暑いとか面倒臭がらず防弾チョッキを着ていればたぶん助かったはずだ。

 そう考えるとむしろ自業自得であり、関係者には迷惑をかけたと思わざるを得ない。


 軽くへこむが覆水盆に返らず、死んじまったものはしょうがない。死後の世界なんてのが有るとは思ってなかったが、ここは腹を括って地獄にでも何でも行くしかなかろう。



 さて、いつまでも考え込んでいても仕方がない。とりあえず、何処かに行こう。

 そう思って再び周りを見回すが、やはり延々と花、花、花。腰ほどの背丈の、黄色い花が見渡す限りに広がっていた。


 道もなければ、人どころか動物の気配すらありゃしない。一体どっちへ行けば良いのやら……。


 あてもないことだし、真っ直ぐ前に進むか。


 ピッピッピー!!


 一歩、前へと足を踏み出したその時だった、突如どこからか聞き覚えのあるホイッスルが鳴り響いた。


「あー、そこのアンタ! 花畑は立ち入り禁止ッス!」


 そんな言葉をかけながら笛を吹き鳴らし、花の上を走って(・・・・・・・)来たのは、見覚えのある青い制服を着、制帽を目深に被った警察官? だった。


「まったく、何処から入ったんスか……。ほらチケット出すッス」


 チケット? と言われても当然そんなものは持っていないので、「ありません」というしか無い。


「はぁ? なんで持ってないっスか? 川渡るときに貰ったでしょう?」


「いや、気がついたらここに居ましたので、川とやらは渡ってないですね」


「あー、イレギュラーッスか。詳しく話聞かなきゃ行けないッスから、近くの交番まで来てもらっうッス」


「あの、失礼ですがあなたは?」


 別にやましい事など何もないが、流石に誰とも知れない相手にのこのこと付いて行くのは得策ではないだろう。


「失礼したッス。自分は泰山府所属の死神No.3776番/^o^\というもんッス」


「え?」


「だから死神No.3776番/^o^\ッス。あ、これがIDカードッス」


 そう言われて、差し出された警察手帳? のようなものには、言われたとおりの内容が日本語で記載されている。ただし名前と思われる場所に書かれてるのは明らかに顔文字だ。


「下界の人には発音しづらい名前ッスからねぇ。気軽に死神さんと呼んで欲しいッス」


「はぁ……」


 笑いながら言われ、俺はそう返すことしか出来なかった。


 さて、どうするか。提示されたIDカードはチャチな作りではなく、それなりに金が掛かっていそうに見える。それなりに稼いでおり財産と呼べるものもあった生前ならばともかく、今の俺を騙すメリットも思いつかない。疑い続けこの場に留まるのはおそらく悪手だろう。


 他にあてもないし、とりあえず付いていくか。


 死神さんに先導され歩いて行くと、さほど時間を置かずまるで高速道路を走るかのように景色が後ろに流れていく。

 ありえない光景に、一瞬足を止めそうになるが、


「ちゃんと付いて来るッスよ、下界と違ってそこら中で空間のつながりが歪んでるッスから、変な所に行くと迷子になるッス」


 そう言われ慌てて歩調を合わせ付いていく。


 そのうちに花畑を抜け、遠くに中華風の城門らしきものが見え、そこに続いていると思われる道に辿り着いた。


「あれが泰山府、いわゆる閻魔様の宮殿ッス。んでそっちが三途の河ってやつッス」


 道には多くの、それこそ数えきれないほどの、おそらくは自分と同じ死人達の列が宮殿の門へと続いている。

 その最後尾は三途の河と言われた、対岸が見えないほどの大河、その河辺に設けられた船着場だった。




 長い長い行列を尻目に、やってきたのは道の片隅にぽつんと立てられた、飾り気のない日本ならばどこでも見かけるような交番だ。


「で、どうしてあんな所に居たんスか?」


 10坪程度の広さの中、机を挟んで勧められた椅子に座ると、そう話を促された。


「はぁ、実は……」


 コスプレ警官もどきではなく、おそらくは正規のものと思われる公務員の証も提示され、連れて来られたのも生前よく見た交番そのもの。


 疑う必要はなさそうだ。


 そう判断し俺は、生前は警察官であったこと、捕物中に射殺されたこと、気がついたらさっきの場所にいた事など包み隠さず話すことにした。


「あー、通常ならあなたもあの行列に並んでもらうことに成るんスけど、最後尾は川の向こう側だし、こっちから向こうに戻ることは出来ない規則ッス。困ったッスねぇ」


「私のように川のこっち側? に死人が来るっていうの、前例とかないんですか」


「無い話ではないんスけど、川の向こうまで列が伸びたの最近なんッスよ。昔は普通に並んでもらうだけで済んだんッス」


「何か、死者が増えるようなことでもあったんですか」


「いえね、昔は閻魔様のお裁きだって言えば、大体の人は『へへぇ~』ってなったモンなんッスけど。最近は往生際が悪いっていうかなんていうッスか……。証拠を出せだの、人権を守れだの、民主主義に反してるだの閻魔様に楯突く輩が増たんッス」


 死神さんは憂鬱そうに深い溜息をついた。


「閻魔様、真面目だから一々そういうの全部論破するまで判決出さ無いッスから、昔は1日に1000人くらい裁いてたのが、今じゃ1日多くて100人ッスからねぇ。それもサビ残しまくりで……」


「うわぁ……」


 あの世にも有るのか、世知辛い公務員事情……。


「そういう訳で、普通通りの対応が出来ないんッスよ。何か特例措置とか出来ないか確認するんでちょっと待って欲しいッス」


 言いながら、死神さんは机に据え付けられた、古めかしい黒電話で何処に連絡を取り始めた。


「あ、何時もお世話に成ってるッス。死神No.3776番の/^o^\ッス。……あ、はい。あぁいえ、今日は別件ッス。あ、いえ、はい。……前に頼まれてたあの件何とかなりそうッス。あ、はい、そうッスその件ッス」


 受話器の向こうは上司だろうか、ペコペコとコメツキバッタの如くお辞儀を繰り返し、10分程で電話が終わった。


「アンタの処遇が決まったっす、アンタには、別の世界に転生してもらうッス」


 なにかやり切った、そんな爽やかな笑顔見せそう言った。


「い、異世界転生ですか? それじゃあ、俺は剣と魔法のファンタジーな世界に行けるんですか?」


 生前よく読んだネット小説ではよくある題材だし、実際お気に入り登録していた作品の大半はそのジャンルだった。


「そうッス、おまけに今回は特例で記憶消去無しで行けるそうッス」


「おぉぉ! マジか! コレはアレか、内政チートとか、技術チートとかそういう世界に行けるのか!?」


 社会人の規範として、荒事の現場以外で口にだす言葉は丁寧語を心掛けていたが、ついそんな言葉が口を付く。


「さすがに、あの世(コッチ)側のミスで殺しちゃったとかじゃねッスから、追加チートとかは付けられねーッス、んじゃコレに一筆もらうッス」


 あまりのテンションの違いからか、死神さんは苦笑交じりにそう返しながら、書類を机の上に取り出した。


「はい、あ、一応中身確認しますんで少し待ってくださいね」


 転生合意書、そう題を打たれた書類を流すことなくしっかりと読み、問題を感じる項目が無いことを確認し改めてペンを取る。


 転生する以上、たとえ記憶を持ったままでも、もう使うことが無いであろう生前の名前を書類に丁寧に書き込み、ペンを置いた。


「確かに確認したッス。では良い来世を……」


 その言葉が終わるか終わらないか、俺の意識は死んだ時の様に急速に闇に吸い込まれていった。




「おぎゃーーーーーーー」


 ハァー、生まれた、生まれた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ