百七十六 小僧連、連闘の末、助を受ける事
兎鬼 格一から五程度 江戸州北部に生息
兎に似た長い耳を持つ獣面の下等な鬼、鋭い牙とその牙を加工したと思われる鋭利な短刀による一撃に注意は必要なれど、所詮は小物で有りさしたる耐久力を持たず雑魚と言い切って差し支え無い。
角は小鬼の物と同質、純白の毛皮は加工次第で様々な用途に用いる事が出来き、尾は強い霊力を秘める、牙は上記の通り簡単な加工で短刀を作り出せ、相応の腕を持つ職人の手に掛れば討伐難度の割に良き武器の素材となり得る。
江戸州鬼録に書かれていた兎鬼の項目、単独ならばこの記載に間違いは無いのだろう、だがコレが群れとなればはっきり言って厄介な事この上無かった。
確かに耐久力は無い、りーちや歌がわざわざヘッドショットを決めなくても、何処を撃ち抜いてもあっさりと戦闘不能に陥る程度のものだ。
だが二人の射撃だけでは制圧しきれない程の数が集まっているらしく、倒しても倒しても草場の陰から新たな兎鬼が飛び出し間合いを詰めて来た。
寄られたならば俺やぴんふの出番だが、やはり急所を狙って切らずとも一撃を加えるだけであっさりと片が付く、ぴんふに至っては長物の特性を活かして横薙ぎの一振りで3~4匹を纏めて仕留める事すら出来ている。
それだけならばただの雑魚の群れであり4人で協力して居る分、初陣で戦った小鬼の群れよりは楽だっただろう。
こいつらを相手にする厄介さ恐ろしさは、奴らが声を上げる度にそれを聞きつけて集まってくる無尽蔵さも然る事ながら、それ以上に攻撃の一つ一つが的確かつ正確に首を狙って来る事で有る。
今俺たちが居る場所は誰かが草を刈り倒し、かなりの広さが見通しの利く様に成った場所だったのでまだ対処出来ているが、これが相手が何処から飛び出してくるかも解らない草場での戦いだったならば、不意を打たれ誰かが命を落としていたかも知れない。
事実、この広場を作ったと思わしき鬼斬り者の遺体が、首を切り飛ばされた状態で二人分転がって居たのだから……
とは言えその遺体をどうこうするにも先ずは攻め寄せる兎鬼をなんとかしなければ成らない。
「りーち! 歌! 残弾は!?」
飛び道具を持つ二人を広場の中心部に据え、それを護る様に俺とぴんふが周囲をカバーする、そんな陣形で今の所は安定しているが、如何せん飛び道具には残弾と言う縛りが有る。
得物が長物で有るぴんふと同じだけの範囲を脇差しサイズの刀一本でカバーし切るのは難しく、俺自身も手が届かない時には拳銃を使っているのだ、今のところまだ3発しか撃っていないが、これだけ絶え間なく攻め寄られれば再装填の暇を作ることさえ儘ならない。
歌は最悪弾が付きても槍や刀に持ち替え前線に上がれば良いが、りーちは銃の腕前こそ大人顔負けと言えるが近接戦闘と成れば歳相応程度の練度でしか無い、相手が小鬼ならば兎も角一手のミスが命取りに成る兎鬼相手では彼を前に出すのは不安しか無い。
「手前の方は……あと一箱の四半分、五十発程です」
「わ……拙者の方はあと五本……四本だ!」
矢はかなり嵩張る、それに銃弾は一度撃ったらそれまでだが、矢は戦場でも大きな手間無く再利用が可能である、その為持ち込んだ量自体にそもそも大きな差が有った。
午前中の様に一匹ずつ時間を掛けて仕留め解体出来る状況ならば全く問題に成らないが、こうして絶え間なく続く連戦ではどうしても矢の方が先に尽きる事に成るのだ。
りーちの得物が速射性の高い銃ならば五十は少々心許ない数字だが、単発式のライフル銃ならばまだ暫くは保つだけの量と言えるだろう。
とは言えこうして多数を相手にしなければ成らない状況では、一発一発に時間を掛けるりーちの戦闘スタイルを維持し続けるのは困難だ。
これからも鬼斬りを続けていくならば、間を詰められた状況で使える武器の用意は彼の今後の課題となるだろう。
「歌は矢が尽きたら槍で前に! りーちは弾の節約を、前衛の手が回らない相手にだけ撃ち込んで! ぴんぷ、歌が前に出る分、担当範囲をずらすよ!」
幾ら子供離れした武勇を誇ろうとも、他の三人は自分以外の動きを確認しながら戦える程の経験は積んで居ない。
だが俺は前世では指揮官として現場(とは言っても戦場では無いが……)に立った事も多々有り、彼らの戦いぶりを確認しながらでも動ける余裕が有った。
「はい!」
「了解です!」
「あいよぉ!」
その事は三人も理解しているのだろう、俺の指示に対して即座に返事を返し、陣形を動かした。
「おう! ガキ共、助は必要かぁ!?」
そんな声が聞こえて来たのは、それから間もなくの事だった。
目端で三人の姿を確認すれば皆疲労の色が濃く、限界が近いとまでは行かなくとも、何時事故が起きても可怪しくは無い様に思えた。
あの緑鬼王の率いる小鬼の群れとの戦いや屍繰りとの戦そして前世での経験から、力の抜き所入れ所を心得ている俺とは違い、彼らは全力で戦い続けているのだから、ある意味で当然の状況だ。
「何処の何方かは存じませんが、助太刀頂けるならば有難く!」
そう判断し、俺が返事をすると、
「流石は鬼斬小僧連等と呼ばれるだけは有るな、ガキ四人でこれだけの数を仕留めるかよ……」
「おう、おめぇらはもう休んでて良いぞ。ああ、得物の横取りなんざぁしやしねぇ。んな事しても手形改められりゃ一発だからな」
「兎鬼は死体を喰ったりしねぇんだから、遺体の回収は群れがはけてからで良いんだよ。知らんかったか?」
それなり以上に経験豊富そうな鬼斬り者達が、口々に俺達の健闘を称える言葉と、同じくらいの忠言を口にしながら、草むらに隠れた兎鬼達を蹴散らしつつ姿を表した。
その数は十人少々で、昼に要石の側で見かけた人数より明らかに多い。
手にした得物も様々で刀は勿論、槍に薙刀、木槌に弓、手甲や鍬なんかを持っている者も居る。
「助太刀感謝します、そろそろ限界が近かったので」
前衛に上がる事無く俺達の側へとやって来た槍使いの鬼斬り者にそう声を掛ける、
「ああ、気にすんな。その出立から察するにおめぇさんが猪山の鬼斬童子だろう? おめぇの兄貴にゃさんざん世話に成ってるからな、借りの一つを返すと思えば良い機会じゃ。それに此処に来なけりゃ今日は御飯食い上げだったしの」
聞けば、此処に集中しすぎて兎鬼を探して狩るのが余りにも難しい状態に成っていたのだそうだ。
その為この兎鬼ヶ原に来ていた鬼斬り者の殆どが、俺達に加勢しに来てくれたらしい。
「歌、ぴんふ、皆さんの言う通り休ませて貰おう。これ以上俺達が獲物を独り占めするべきじゃ無いみたいだ」
援軍に負けじと前へと出ようとするぴんふと歌を俺が引き止める、それと同時にりーちが力尽きた様にへたり込んだ。
「助太刀有難うございます……、そろそろ残弾も心許なく成って来た所でしたので……、助かりました……」
肩で息をしながらも、礼の言葉をりーちが口にする。
その様子を見て二人も自分が疲れている事に、やっと気が付いた様で得物に縋り付く様にして腰を下ろした。
「おう。俺っち達も稼ぎの為に来ただけじゃ、気にすんねぇ!」
「こんだけ獲物が固まってんだ、一気に仕留めてさっさと帰ろうぜ。首刎ねにゃぁ気ぃ付けろや!」
「はん! 誰に言ってやがる! 兎鬼相手に油断すんのは馬鹿と物知らずだけだ、そっちでおっ死んでる馬鹿二人見たいにな!」
前線に上がってる者達からも、そんな言葉が返ってくるあたり十分に余裕を持って戦って居る事がはっきりと解る。
「い、幾ら拙者等を助けてくれた恩人とは言え、死者を愚弄するのは頂けぬ。事と次第によっては父上に報告せざるを得ないぞ!」
しかし死者を嘲る様な事を口にしたのは看過できない事だと、歌が憤懣遣る方無いと言った表情でそう声を上げた。




