百七十三 小僧連、新たな出会いと出陣する事
あっという間に時が経ち、桂殿と約束した日がやって来た。
一応空き時間を見つけては、 母上に尋ねたり義二郎兄上が買い信三郎兄上が保存していた瓦版を読み漁ったりして、桂家の末っ子に付いて情報集めを試みては見た。
だがどうも子供同士の交流ほどには、桂家の奥方様やその周辺と母上の人脈には繋がりが無いらしく、先日桂殿から聞いた兄弟の相次ぐ事故死の噂位しか知らないとの事だ。
瓦版も発行日がかなり前の物に、義二郎兄上と桂殿ほか数人の若武者が江戸州に築かれつつ有った大鬼の砦に攻め入り大戦果上げた、という話が有ったくらいで残念ながら他に目ぼしい記事は見つからなかった。
どうやらその辺は浅雀家も然程変らなかった様で、桂家の兄弟は髭丸殿以外は早逝したらしいと言う噂程度しか情報は無かった様だ。
無論、大藩であり懇意にしている忍衆も居る浅雀藩が本腰を入れたならば、そんな表に出回っている噂程度では無く、もっと秘匿されている様な情報だって暴き出せるだろう。
だが幕府の重役を相手にそんな真似をすれば、浅雀藩が謀反を企てていると疑われかねないとの事で、流石にそこまでの事は役満叔父も浦殿も許可しなかったそうだ。
まぁ、義二郎兄上や清一殿と親交深い桂殿が俺達を嵌める様な事は無いだろうから、そこまで深く探る必要も無いとは思うが……。
と言う事で、俺達はさしたる事前情報無しに、桂家の末っ子と会う運びと成った。
桂殿は切れ長の瞳にすっと通った鼻筋きりりと引き締まった輪郭……と、前世の感覚で見ても、この国の世間一般的な美的感覚で言っても、美形と呼ぶに相応しい容貌をしている。
武士としては少々迫力に欠ける面立ちだと考え、少しでも強面に見える様に名前通り髭を伸ばそうとした事も有ったらしいが、生来髭が薄い質だったらしく、次善の策として髪を剃っているのだそうだ。
なぜ、今更ながらに桂殿の容貌に付いて言及したかといえば、桂殿をほぼそのまま幼くした様な少年が目の前に居たからである。
とは言え兄と違い此方はしっかりと髪が有る、下ろせばかなりの長さと量が有りそうな髪を月代を取らずに前髪を残して後は全て後頭部に引っ詰めて結び垂らす、前世で言う所のポニーテールに近い感じの髷を結っている。
幼いが故かその長い髪が与える印象の所為か、桂殿と似たような顔立ちなのにやや中性的、もしくは少女と見紛う様な美少年……と言う風に見えた。
「わ、わた……せっ、拙者、鬼斬奉行、桂稲明が末子、桂歌ぇ……歌右衛門と申す。此の度は拙者の初陣への御助力真に忝なく、厚く御礼申し上げ候」
長い尻尾を跳ねさせ、深々と頭を下げながら歌右衛門殿はややつっかえ気味にそう言った。
ぴんふより小さくりーちより少し大きい、そんな体格から察するに恐らくは十にはぎりぎり届かぬ程度の歳頃なのではなかろうか?
とは言え全身を純白の大鎧に包み、腰には一丁前に大小を帯き、背中には弓と槍を背負った重装備は少々幼いとは言え、立派な若武者に見えなくも無い。
まぁ子供が大鎧と言うのは俺も大差無いのだが……。
「見た所、我らは皆、然程年の頃も変わらぬ様子、歌右衛門殿もそう鯱張る必要も無いでしょう。私は浅雀藩主、野火役満が次男、野火平和です。ぴんふと気軽に呼んでくださいな」
此の面子では最年長であるぴんふが可能な限りリーダーシップを取る様に事前に打ち合わせて居たのだが、初対面の相手が余り得意とは言えない彼が上手く話を通せるか少々不安も有ったが此の分ならなんとかなりそうだ。
「同じく野火家三男、野火利市です。手前の事もりーちと呼んで下さいまし」
「猪山藩主、猪河四十郎が七子、猪河志七郎です。俺は二人には七と呼ばれていますが、呼びやすいように呼んでくれ」
続けざまに俺達がそう言うと、緊張に強張っていた頬を緩め、
「では、わた……拙者の事は歌と呼び捨ててくだ……くれ!」
うーん、まだ硬さが残っている感じだが……まぁ、そのうち慣れるだろうか。
刀に槍、弓どれも十全に使いこなせるらしい彼の初陣と言う事で、今日の戦場はりーちの時と同様『兎鬼ヶ原』に決めた。
数が多い時は兎も角、少数ならばりーちの狙撃は控え、歌の弓で仕留めたならば良し、仕留め損ねて寄られても、三人で囲めば然程危険な相手では無い。
前回行った時の経験からすれば、兎鬼は群れて行動するタイプの鬼では無いので、りーちの出番は殆ど無いかも知れないが、今日の主役は歌だと言う事で彼の方からその作戦を提案してきたのだ。
という訳でやって来ました、兎鬼ヶ原。
前回来た時はまだ春に成ったばかりで生えた草も背が低く、俺達子供の身長でも立てば遠くまで見渡す事が出来た。
だが一月ほどが経っただけだというのに生い茂った草が高く伸び、身を屈め無くても俺達の身長ならば十分に隠す事が出来る程になっている。
「これは一寸……狩場の選択を間違えたかなぁ……」
兎鬼は不意打ちが危険な鬼である、この様な見通しの効かない状況は奴らにとって有利に働くだろう。
逆に狙撃を得意とするりーちにとっては最悪と言える状況だ、生えた草が銃弾を遮る事こそ無いものの、視界が開けていなければ狙撃など出来る筈も無い。
「……銃では難しいかもしれぬが、わ……拙者の弓ならば然程問題にはならん。それに……拙者等は薄汚い暗殺者では無く堂々たる武士、襲い来る鬼など正々堂々打ち倒せば良い」
実戦を経験して居ないが故の増長か、それとも自信に見合うだけの腕前があるのかは、まだ解らないが、初陣の子供ならばきっと皆似たような物だろう。
「な、何か……問題でも有るか?」
りーち、ぴんふも同じ様な結論に至ったらしく、三人で揃って生暖かい目を歌に向けてしまった。
視線に込められた意味その物は伝わらなかった様だが、流石に三人の視線が自分に集まれば何やら含む所が有るのは一目瞭然であろう。
「いえ、歌がそれで問題無いなら宜しいでしょう。では危ない状況で無ければ、手前共は手を出さず、歌さんが思うように戦う……と言う事で宜しいですね?」
「ああ、可能な限り拙者自身の力で戦わせて貰う。流石に索敵にはそちらの力を借りるがな」
りーちが言うと、決意の篭った神妙な表情でちらりと四煌戌を一瞥しながらそう答えた。
「良し、では始めましょう、七、お願いします」
「四煌、獲物を探せ……可能ならば単独を優先、群れが近ければ先に教えろ」
ぴんふの合図に小さく頷いて答え、命令を下した。
最近は、四煌戌達も霊獣としての格が育って来たのか、只の犬と言うには少々どころではなく頭が良くなっていた。
俺の命令は勿論の事、豚面やお花さんが言った言葉も普通に理解している節があるのだ。
お花さんに拠れば、霊獣、精霊で言葉を解さぬ者は居ないらしいので、これは彼らが成長してきた良い証拠らしい。
「「「うぉん!」」」
綺麗に揃った声を一つ上げ、彼らは早速獲物を見つけたのか此方を呼ぶ様に振り返り、それから足音を立てぬ様ゆっくりと歩みだした。
「どうやら、思ったよりも近くに一匹居る様ですね……」
兎鬼は耳が良く音に拠る索敵がメインなので、此処からは皆口を閉ざしゆっくりと進んで行く。
暫くも歩まぬ内に足を止めた四煌戌の視線の先、草に遮られ俺には見えないが、その姿を歌は(おそらくはぴんふも)確認出来たらしく、ただ静かに弓を構え矢を引いた。
「お見事!」
弓鳴りの音も涼やかに迷いなく天高く撃ち放たれた矢は狙い過たず、兎鬼の脳天へと突き刺さった、のを見たぴんふがそう感嘆の声をあげた。




