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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
朋友……竹馬の友 の巻

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百六十八 「無題」

 木の葉の隙間から朧月を見上げ、盃に残った酒を一口に流し込む。


 酌み交わして居た相手は既に席を立ち、今は一人で残りの肴を片付けて居る状況だ。


 つい先程まで聞かされていた話を思い出しながら、改めて空を見上げ溜息を付いた。


 浅雀を次代に引き継ぐ為の縁談と相続の相談そこまでならば良い、だが問題は儂には決断できぬ男と目して居た野火役満が、それを決断するに至った経緯の方だ。


 家中の騒乱が未遂とは言えども有った事を表沙汰にすれば減封や改易の理由としては十分な話、それをわざわざ儂に言いに来た役満の正直さは好感に値する。


 それ故に公式な謁見では無く私的な酒の席に招き報告を受けたのだ。


 大藩とも成れば大半の家で同様の騒動は起きている、今回の様にさしたる被害も無い内に蹴りが付いたならば、良い方と言えよう。


 だが中にはそれなりの騒乱となり内戦を起こし無辜の民を死に追いやって置きながら、全てが済んでから何も無かった彼の様に振る舞う輩も居る。


 そういう連中こそ処分をするべきなのだ。


 とはいえ儂が問題視しているのはそれらの事では無い。


飯蔵はんぞう、話は聞いて居たであろう。江戸州に逸れ術者、それも忍術使いだそうじゃ。お主は何か掴んでおらぬか?」


 酒宴に同席していた訳でも無く、今この場には儂の目の届く所に誰も居ない。


 けれども陰から護衛を勤めている御庭番衆筆頭『生田目いため飯蔵』が、儂に断り無く側を離れる事は無い、それが術により生み出された分身わけみか本人かは預かり知らぬ所では有るが……。


「少なくとも『死なば諸共、木っ端微塵の術』は加護を得ただけの野良忍に使える程簡単な術では有りませぬ。と成れば何処かの忍衆しのびしゅうの手の者と見るのが自然ですな。抜忍の線もあり得ぬとは言いませぬが、まぁ可能性は低いでしょう」


 飯蔵の言に拠れば、その術は忍術八段と高位に成らねば習得できぬ術で有り、御庭番衆でも使えるのはほんの数人、更に範囲を広げて彼らの母体で有るいか十一忍衆でもほんの一握りの上忍達だけだそうだ。


「そもそもあの術は高位の術者を使い捨てにするという点で余りにも効率が悪い術。それを追い詰められたとは言え子供一人の暗殺に使うなど、正気の沙汰とは思えませぬな」


 術者の育成、それも高位術者となれば手間も時間も銭も莫大と言って良いほどに掛かる。


 猪山の客分である鈴木花殿や車虎殿の話では、十分な設備と費用を投入し才能有る者を集めても、人の寿命では高位術者と呼べる程に成長するのは百人に一人位の事だと言う。


 その割合はこの国でも然程変わらず、忍術以外の全ての術者を統括する京の陰陽寮でも、八段を超え高位術者と呼べる程の腕前の者は本当に数える程しか居らぬ筈だ。


 単純に銭の問題だけを考えたとしても、高位術者一人の命の対価は百両……いや千両払っても足りないのでは無かろうか。


 忍術は他の術に比べ戦いには向かぬと言われては居るが、流石に高位術者とも成れば戦闘者としても弱い筈が無い、いかな過去世持ちの尋常成らざる童子わらしとは言え、それに追いつめられて自爆せざるを得ない状況に陥ると言うのは確かに腑に落ちない。


「役満には富田藩の件と繋がりが有りそうじゃと言うてこの一件引き取りはしたが、実際の所はどうなのじゃ?」


 腑に落ちない、と言えば先達てのあの一件もそうだ。


 骨川ほねかわ(すじ)右衛門ゑもんは決して乱心などする様な弱い男では無い、剛田の姫を巡って一郎とやり合った時とて、最後には本人が一郎と素手で殴り合い決着を着けたのは、奴に取っても儂に取っても良い思い出だった。


 刀よりも拳が得意と常々口にし老いてなお豪腕を誇って居たあの男が、一粒種にやっと恵まれたあの頃にわざわざ屋敷中の者達を斬り殺した、と言うのは不審な点が多すぎるのだ。


 考えられるとすれば、奴の弟で有り現藩主と成ったすね右衛門ゑもんが何らかの策を図ったと言う線だが……。


「……如何なる黒幕が居るか解らぬと言う点では確かに共通点が多いと言えるかと思います。強右衛門が絵図面を引いたとはまず考えられませぬな、あれほどの大うつけが何の証拠も残さずに、これ程の大それた真似出来よう筈も有りませぬ」


 飯蔵の言葉通り、富田藩の現状は報告が上がっているだけでも酷い物だった。


 年貢は九公一民等という巫山戯た数字で有り、民に残された少ない米で酒造りを強要し、それらを売り払った銭で贅沢三昧の浪費を繰り返して居たのである。


 心ある家臣が諫言した事も有ったらしいが、奴はそれを成した忠君の士を手打ちにし、更には妻子を手籠めにした上で一族郎党皆殺し、等と言う外道の所業をやってのけたと言うのだから救われぬ。


 如何なる理由が有るにせよ、藩主代替わりと成ればその承認を受ける為、早急に江戸へと上がるのが常なのだが、強右衛門は兄の死からまるまる一年経とうと言うこの時期になってやっと顔を見せよった。


 しかもその理由が急な参勤の為の費用が工面できず、民百姓から税を絞りとった結果、やっと富田の格に見合う準備が整ったから、だと言うのだから呆れて物も言えぬ始末である。


 顔を合わせた折にはどの面下げて言うかと憤怒の余り、切り捨てようかとすら思ったが事が公になっていない一件を理由に大名本人を殺めれば、それは幕府の沽券に関わる問題と成ってしまう。


 余程の事が無ければ幕府は藩政に介入しないと言う、太祖様の頃からの取り決めが有るため、密かに送り込んだ御庭番が持ち帰った話を根拠として罰する事は出来ないのだ。


 いっその事一揆の一つや二つ起きてくれれば、それを理由に大々的な処罰も出来ると言うのに、本当に歯がゆい話である。


「なんにせよ、大藩を狙ったと思われるはかりごとの陰がこうも続くのは、あまり良い傾向とは言えぬな」


 ここ数年で黒幕の見えぬ陰謀がちらついたのは、彼の二藩だけではない。


 西国の雄『芋野いもの獅王(ししお)家』、彼の龍帝の住まう竜頭島唯一大名『龍前たつまえ草間(そうま)家』、諸外国貿易の玄関『龍尾たつのお島原(しまばら)家』……。


 と、各藩主が有能であったが故に大事にこそ至らなかったが、一歩間違えば大きな騒動に陥って居たであろう事件が多発しているのだ。


 今の所、最も酷い事に成ったのが富田藩であり、最も被害が少なく終わったのが浅雀藩の一件だろう。


「これ等の件に共通点が有るとすれば、大藩で有ると言う事位じゃ。と成れば未だ事の起こって居ない大藩にも何かが起こるやも知れぬ、警戒を怠るでないぞ」


 事前に発見し対処せよと言う意味もあるが、それ以上に事が動く前にその動きを掴めれば、その黒幕が何者か辿れる筈だ。


「御意……と申し上げたい所なれど、流石に御庭番衆だけでは手が足りませぬ。厳十一忍衆全てを動員出来るだけの予算を申請しても宜しゅう御座るか?」


 火元国全土に散らばる大藩全てに諜報の網を広げると成れば、飯蔵の言う通りそれだけ多くの手が必要に成るだろう。


 また各地に住まうくさ忍と呼ばれる地元に溶け込んだ者達から上がる情報も、御庭番衆以外からも得られるならば可能性は更に上ると思える。


「幕府の御用金で用立てれば、黒幕に感づかれるやも知れぬ。儂が溜め込んだへそくりならばその心配も有るまい、必要なだけ持っていけ」


 へそくりと言っても御用金や税収から溜め込んだ物では無い、各大名から受け取ったまいないやお忍びの狩りで得た獲物や、趣味で作った茶器の売価等から得た銭である。


 決して多いとは言えない収入では有るが、相応の期間溜め込んでいただけ有って、総額と成ればかなりの額面のはずだ。


 それを全て注ぎ込んでも、事の真相を暴いておきたい理由が有る。


「御意……、しからば手配の為暫し御側失礼致します」


 飯蔵の気配が消えると共に、気が抜けたのか心の臓が不意に暴れだした。


「クッ! ええい、糞!」


 吐き捨てながら、胸を強く叩くと一瞬息が詰まるが、それでも心の臓は正常を取り戻す。


 年老いていく事に増えていく身体の不調が、儂に残された天寿が残り少ないと否応無く思わせる。


「保ってくれや、我が身体よ……」


 次代に余計な負担を引き継がせる訳には行かぬのだ。

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