百六十八 志七郎、顛末を知り、新たな友に思いを馳せる事
あれから数日が経った。
叔父上は早々に国元へと早馬を走らせ、今回の一件が国家老蓮宝九兵衛が画策した事では無かったのか調査させたが、残念ながら証拠どころかそれらしい人、物、金の動きすら確認することが出来なかった様である。
りーちが口にしていた御用商人福露屋による門前屋断絶の為の暗殺、と言う線でも調査の手が入ったが出てきたのは脱税の証拠だけで、やはり此方も空振りに終わった。
とは言っても脱税は大罪で有り福露屋当主は死罪となり、莫大な追徴課税を収める事で見世の存続こそ許された物の、御用商人からは外されその身代は大きく傾いたが……。
これ等の調査には国元に残った家臣達は当然として、野火家が昔から懇意にする忍衆もが対応に当たったのだが、それ以上の情報は出てこなかったと言う話だ。
たった数日でそれだけの事を迅速に差配し処理させる事出来るのだから、叔父上は為政者として決して無能などでは無いだろう。
結局の所、大藩の藩主としては津母の方に対する愛情が深すぎたのが問題だったのだ。
そして昨夜、それらの情報を持って今回の一件と跡目相続について報告するため、上様にお目通りし代替わりの承認を得た。
表沙汰にするのでは無く、内々の事として対応してもらえた辺り、本当に上様は懐が深いと思う。
「富田屋敷での一件と通ずる物を感じる……。何やら裏が有りそうじゃ」
今回の一件についてその様な感想を漏らした上様は、後の調査には幕府の御庭番衆が当たる事になったのだそうだ。
その他に気になる点としては、やはり正室と側室の関係改善に付いてだろうか。
今までは上級武士の家出身で正室である龍の方に対して、夫の寵愛を一身に受けていた津母の方は引け目を感じ、酒に頼って気を大きくして居たのだが、母上の介入も有って大きく年下の龍の方相手に大人気ない対応だったと恥、歩み寄り夫の尻を叩いたらしい。
そうなると一生懸命虚勢を張っていた龍の方も立場に見合った落ち着きを見せる様になり、今では母上を頂点として義理の姉妹関係が成り立つ様に成って居ると言う。
「……と言う訳で、お二人は伯母上と共に兄上の縁談話を探しに芝居見物だそうですよ」
と、それらの情報を俺の耳に入れたのは、りーち……では無く、その異母兄である平和殿だった。
正式に清一殿が次期当主と宣言された事で、彼を次期当主にと付いて回る家臣達が居なくなり、ある程度自由に出かける事が許される様になったそうだ。
そこで俺と共に鬼斬りへと出かける約束をしていたりーちに付いて来たらしい。
「手前が商家の跡継ぎを希望している様に、兄者は鬼斬り者として身を立てる心積もりなのです」
どうやらりーちと平和殿は不仲と言う訳でも無い様で、むしろどちらも自分達を藩主に祭り上げようとする家臣達に辟易していた、という点で分かり合っていたと言う。
「お二人が揃って此処に居る訳は解りましたが、清一殿はどうしたのですか?」
仲の良い二人と仲間外れにされた感じの清一殿で、兄弟不和が再び起こっては目も当てられない、そう思ってそう尋ねる。
「ああ、兄上は髪結いから逃げようとして、家臣総出で追いかけられてましたよ」
「あの人、月代大嫌いですからねぇ……」
と二人揃って溜息を付き、そう答えてくれた。
髪結い――床屋――は、浅雀ほどの大藩ならばお抱えの髪結師が家中に居るのだが、今回は敢えて江戸で人気の髪結師をわざわざ銭を払って呼んだのだと言う。
髷の結い方や、額から頭頂部に掛けて髪を剃る月代の形など、流行り廃りの有るそれを如何に格好良く作ることが出来るのか、と言うのが髪結師の腕の見せ所であり、江戸の男達はそれらの『粋』を競うのが常なのだ。
だが、必ずしも全ての者が髷頭をしている訳では無く、独自のヘアスタイルで己を主張している者も決して少なくは無い。
その代表格と言えるのが鬼斬り奉行所の桂殿だろう、嘘か誠かは判然としないが彼は月代所か、眩しいまでに光り輝くその頭は『禿では無い剃っているだけだ』そうだ。
我が猪山藩はと言えば家中に髪結師は居らず、小遣いで呼ぶか自分自身で手入れをするのが常である。
ちなみに今まで言及してこなかったが、俺の頭に月代は無く適当に伸びてきたら、おミヤがカットしてくれている、その髪型は所謂スポーツ刈りが近いだろうか?
対して二人は揃って若衆髷と呼ばれる、前髪を残して頭頂部だけを剃って後ろ髪を二つ折りに結った髪型である。
そんな訳で比較的自由と言える髪の毛事情では有るが、流石に事が縁談とも成ればそうも言ってられず、一時的にせよ女性受けの良い髪型を作る物だ。
学生時代ははっちゃけた髪型をしていた者が就職活動中はリクルートカットにしたり、見合いや合コン前に床屋へ行って流行の髪型にしてもらう……と言ってしまえば、その辺の事情は前世と余り変らないと言えるかもしれない。
「今頃は」
「たぶん」
「「とっ捕まってあの寝ぐせ頭を綺麗に剃られてる頃じゃないですか?」」
並んでそうハモった二人は三歳と言う歳の差を感じさせず、兄弟と言うよりは双子と言われても納得が出来る程に同じ顔をしていた。
「話は変わりますが平和殿はどんな得物を使うのですか?」
鬼斬りに行くと言うのだから武器防具は必須だし、それが何かを知らなければ連携の組み立て方を考える事も出来ない。
俺は普段から屋敷の前庭に建てられた武具倉に、義二郎兄上から頂いた装備一式を仕舞っているが、浅雀程の大藩となれば納められる装備の数も比べ物に成らず、必要な時に必要な物を出す事も一仕事に成る。
その為、藩主家族の装備は鬼斬奉行所に専用の倉が与えられているそうで、今彼らは武装して居ない。
りーちの様に射撃武器ならば、俺の仕事は間合いを詰められた時のフォローが主に成るだろうし、刀や槍の様な近接武器ならば中近距離戦を主とする俺は、二人の隙間を埋める戦い方をするべきだろう。
「ああ、私が得手としているのはシュウ術です。一応、大根流の切紙を頂いてます」
さらっとそう言われたが、残念ながら前世でも今世でもシュウと言う武器に心当たりは無い。
「シュウじゅつ……聞いた事が無いのですが、どんな武器ですか?」
素直をそう尋ねて見れば、二人は揃って意味有りげな笑みを見せ
「「知らないならば、見てのお楽しみにして置きましょう」」
と、またもや声を揃えて口にした。
「ですがまぁ、長柄武器の類では有りますね」
「素早い手数の得物と言うよりは一撃の重い武器と言える物かな」
武器その物が何なのかは口にしないが、連携の組み立てを考えるのに必要と思われる情報は提供してくれる様だ。
長柄武器という事は、槍や薙刀の様な扱いだと考えれば大きくは間違っていないだろう。
という事は、立ち回りは先日と大きく変える必要は無いな、海底殿河底殿の役割を平和殿に担って貰えば良いわけだ。
「あ、そうそう。志七郎殿、これからは一緒に鬼斬りへ出る事も増えるでしょうし、私の事もぴんふと呼び捨てて下さいな。此方もりーちと同じく七と呼ばせてもらいます」
「あ、はい解りました」
そう言われた事に軽く返事を返しつつも、未知の武器、武術に思いを馳せ続ける。
義二郎兄上程に戦闘狂では無い物の、それでもやはり男として知らない武器という物には相応に興味が湧くのである。
「さて、では手前共は得物を取ってきます」
「しばしお待ちを」
鬼斬奉行所へと着きそう言って二人が離れ暫く、さしたる問題も無く得物を背負った二人が戻って来た。
そして、ぴんふが背負った武器に度肝を抜かれる事になった。
シュウって鍬の事か!?




