百六十二 志七郎、死を思い戦力を結集する事
空気は勿論、大地すらも揺るがす轟音が辺りに響き渡った。
凄まじい熱と衝撃で男が居た場所は、草が焼け土が吹き飛ばされクレーターの様な大穴が開いていた。
あの男の言う通り、爆発に巻き込まれた俺は本来ならば只では済まず、道連れ確定だったであろう大きな規模の爆炎だった。
俺はあの時反応すらできず完全に巻き込まれた。
いや反応できたとしてもあの威力だ、俺が咄嗟の一歩で退ける距離では逃げ切る事は出来なかっただろう。
にも関わらず、こうして俺が呑気にその状況を語れるのは、偏に智香子姉上のお陰と言える。
姉上から貰った、たった一度だけだが即死級のダメージを無効化するという術具『空蝉地蔵』が効果を発揮したのだ。
気が付いた時にはお花さんの転移術の様に景色が塗り替わり、爆発の範囲外へと放り出され、爆風の中に消えるポケットサイズの地蔵の姿が確かにはっきりと俺の目には映っていた。
「むぉ! なんじゃ! 何の音じゃ!」
「ぬぁ! 何故我らはこんな所で寝入って居ったのだ!」
流石にこの轟音では術の効果とは言え、寝続ける事は出来なかったらしく、相変わらず大きな声でそう言うのが聞こえてきた。
はっと周りを見回せば、同じく目を覚ましたらしいりーちも頭を振りながらゆっくりと身を起こしている所だった。
あとは四煌戌が無事ならば、なんとかこの危機的局面を被害無しで乗り越えたと言えるだろう。
そう思い四煌戌の姿を探すが、ぱっと見える草むらの中にあの真っ白な毛並みは見当たらない。
まさかあの爆発に巻き込まれたのか!?
お花さんの講義の中で霊獣や魔獣と呼ばれる存在は並の妖怪や鬼とは違い尋常なる手段では殺す事は出来ない、と習った。
それは屍繰りに操られた生き屍同様、術や氣で無ければ傷つく事は無いからだそうだ。
だがあの爆発はただ火薬に火を点けただけでは有るまい、恐らくは『忍術』によるものだろう。
未だ幼く力の弱い四煌戌ではあの威力の術に巻き込まれたら無事では済まない。
俺が奴を捕らえ情報を得ようなどと言う色気を出したのが不味かったのだ、最初からテロリスト――それも自爆テロ――を相手にする時の様に、近づく前に射殺してしまえば良かったのだ……。
前世にだって俺の判断で発砲命令を下した事だって有ったのだ、完全に敵対し此方の命を狙う暗殺者を相手に、中途半端な対応をした所為で……無駄な犠牲を払う事に成った。
「四煌……すまん……」
奥歯の擦れ合う嫌な音が聞こえる程に強く噛み締めながら、小さくそう呟く……。
「「「ぉん!」」」
と、足元から綺麗に揃った声が聞こえてきた。
見れば先程仕留めた兎鬼を置き、褒めてと言わんばかりの表情で此方を見上げる四煌戌の姿が有った。
……俺の判断ミスで犠牲に成った可哀想なわんこなんて居なかったらしい……。
「どうやら利市様も志七郎様もご無事の様で……」
「斯様な刺客が来るとは、一体何者の手に依るものか……」
四煌戌を連れて皆の所へ戻ると、精一杯に声を潜めて居るのだろうが、それでも普通の人に取っては普通の会話をする程度の声で、海底殿、河底殿がそう口にした。
「少しでも情報を引き出したかったのですが、その前に奴は自爆して果てました。残念ながら何の手掛かりも無いです」
そんな言葉を皮切りに俺は二人が寝入った後の事を話した、すると二人はそれだけでも何かが解った様に深く頷き合う様子を見せた。
「……月、魚、何か知ってるのか? 知っている事があるなら隠すな」
侍には成りたくない、とは言って居ても主君となる為の教育は受けている様で、主家の人間に相応しく子供ながらに威厳を漂わせた態度でりーちがそう言う。
「……はっ、彼奴が徒党を組まずわざわざ単独で我らを襲ったのは、恐らくは徒党を組めぬが故」
「我が浅雀藩にもお抱えとなる忍び衆が居りまするが、彼等が動いたならば単独でと言う事はまずあり得ませぬ。十中八九は何処ぞの家から流れた抜忍かその類でしょうな」
そう二人が話してくれた事に拠ると、忍術使い達は最低でも二、三人以上の団体で行動する、だがそれは表立って行動する面子だけで、彼等を支援する裏方がそれに倍する以上の数で同じ任務に当たるのだそうだ。
俺を道連れにする為に自爆までして、その上でなお仕留め損ねたこの状況で、こうして立ち話をしているのに、追撃の一つも無いのが支援部隊の居ない何よりの証拠だと言う。
「……ですが、たかが銭で雇われただけの流れ忍びが自爆をするほど任務に忠実とは解せませぬ」
「左様、忍神の加護を持って生まれた故忍び衆に属さぬ者も稀に居りますが、その様な者は忍術を生きる道具にするだけで、命乞いの為に主を売る様な輩も居ると聞きまする。一体どんな手管で抱え込んだものやら」
彼等の言に間違いが無ければ、取り敢えず今日の所はこれ以上の襲撃は無さそうでは有る、だがだからと言って油断するのは愚の骨頂と言う物だろう。
今日の鬼斬りはここまでにしておいた方が良さそうだ。
それにこのまま解散と言うのもりーちの身の安全を考えれば、決して良い選択とは言えないだろう。
今回の襲撃は間違いなくりーちを狙った物なのだ、その後ろを取れなかった以上何時如何なる時に、どの様な手で彼を殺めに来るか解った物ではない。
むしろ今回の様などストレートな襲撃ならば、まだ対処の仕方も有るだろうが、日頃の食事に毒を盛られたり、寝ている間にこっそりなんて方法を取られれば、俺に出来る事は何一つ無い。
そこまで俺が気にするのは筋違いかも知れないが、それでも渾名を交換したこの世界で初めての同世代の友人だ。
そんな彼が俺が知らない内に何者かの手に掛かると言うのは、寝覚めが悪いどころの話ではない。
「……取り敢えず此処で話をしていても埒が開きませんし、一度我が猪山屋敷に行きませんか? 小藩とは言えども、家老の笹葉や母上あたりに相談すれば、何か良い助言が得られるかもしれません」
俺が持っている手札でダメならば、家族の手を借りれば良いのだ。
「……で、家に来た訳ね」
屋敷に帰り、丁度手隙だった母上に早速事の次第を相談した。
最初は楽しそうに聞いていた母上だったが次第にその表情が消えていき、話が忍者が自爆しそれに巻き込まれ術具が無ければ即死だったと言う下りに至ると、最早感情の見えない能面の様な顔でそう言った。
……一寸早まったかも知れない、いや話す内容を取捨選択しもっとマイルドに伝えれば良かったかと、少しだけ俺が後悔したその時、
「笹葉ぁぁぁあああ!!」
屋敷が揺れたいや比喩ではない、子供を守る雌の獅子を思わせる凄まじい形相を見せ上げた咆哮で、本当に屋敷が揺れたのだ。
「何事でございますか!?」
足音も高らかに駆けて来たのは笹葉だけではない、屋敷に居たほぼ全ての者がここに集まってきたのである。
「皆集まってるわね、丁度いいわ。テメェ等全員完全武装で前庭に集合! 浅雀屋敷に殴り込むよ! 四十秒で支度しな!」
「「「「おう!」」」」
……吹いた、いや誰一人として否を言う者は無く、事情をよく知っているだろう笹葉ですら、即座に応じたのだ。
「「え? ちょ……!? ま……?」」
その流れに俺とりーちは付いて行けず、奇しくも同じように制止の言葉を口にしようとするが、言葉に成らない声が漏れただけだ。
そんな俺達の動揺を他所に、荒々しく物々しい動きで母上の言葉通り四十秒とまでは行かないが、二分と待たず猪山江戸屋敷の総戦力が集結完了した。




