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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
智香子の工房~大江戸の錬玉術師~の巻

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百四十六 志七郎、改めて調合の手伝いをする事

「さて……色々有ったけど、こんどこそ『救命水』をつくるの。流石に急がないと納期に間に合わないの」


 あれからさらに仔猫の扱いを決めるために話しあったり、瞳嬢達豹堂一家の三人の引っ越し受け入れ等に時間を取られ、素材を集めに行く事が中々出来ず、暦はもう如月(二月)も半ばを回る頃になっていた。


 詳しい話は聞いていないが、後数日以内に契約した分量の霊薬を収めねばならないのだそうだ。


 節分の大討伐から多少日にちが経ったので、それなりに鬼やら妖怪やらに遭遇するかもしれないと、素材集めの際には多少警戒もしていたのだが、さしたるトラブルに見舞われる事も無く、無事に『蟠桃』他幾つかの素材を持ち帰る事が出来た。


 そして今日は改めて調合をする、と言う段階なのである。


「んじゃ、志七郎君は前回と同じくこの包丁とまな板で素材を只管刻んで欲しいの。で、それを兄弟子殿はそっちの天秤秤でそこに貼ってある通りに仕分けて欲しいの」


「はい、切り方は前回と同じで良いんですね」


「あいあい、任せてちょーだいな」


 その言葉の通り、今日の調合は俺だけで無く望奴も手伝う事になっていた。


 彼は見習い段階で修行が止まっていたとは言え、武士にして薬師を生業にしていた家の育ちで、調合の助手としては俺よりもずっと力になれるだろう。


 正直俺では猫の手程度の足しにしかならず、姉上と望奴の二人で作業しても納期にも間に合うとは思うが、少しでも余裕が欲しい今日はまさに猫の手も借りたい状況なのだそうだ。


 それに俺が手伝いに参加する理由はもう一つある。


 望奴は二十代半ば、姉上は十五と十程の歳の差があり、しかも兄妹弟子とは言えども世間一般的には若い男女、長いこと二人きりにするのは外聞が悪い、と母上が俺を此方に派遣したのだ。


 あの瞳嬢のある意味異様とも言える色香に血迷う事無く、十年以上も彼女を守り育てた彼が、姉上に不埒な真似をする等ということは無いと俺は確信しているが、そんな事は彼等をよく知らない者には解らない話である。


 とは言えずっと俺が貼りついているわけにも行かないし、この先はどうするのかとも思ったのだが、母上に拠れば近いうちに手を打つので、取り敢えず今日の所は俺が……と言う事だった。


 そんな他所事を考えながらも、桃の皮を剥き種を取る、果実は二センチ程の賽の目に切ったら銅製のボウルに入れて望奴へと回す。


 そうしたら今度は蒲の穂をやはり二センチ程の長さでざく切りにする。


 その間に姉上は窯の調整をし、望奴は桃を慎重に秤で量り取り一回分の分量ずつ幾つもの乳鉢へと別けて行く。


「次、蒲の穂、頂戴な」


 望奴は此方の進捗具合も目端で確認しながら自分の作業をしていた様子で、ある程度蒲の穂を刻んだ所でそう要求してきた。


「はい」


 短くそう答えを返し、蒲の穂の入ったボウルと桃の入ったボウルを交換する。


「切り方は良い感じなの。窯の方はこのまま待つだけだし、あっしは角の処理に回るの」


 前回俺がやった時には小さなおろし金ですりおろしたのだが、今日は前回の比ではない量を必要とする為、おろし金では無く石臼を使う様だ。


『鬼の角』も前回の鹿鬼の角はその名の通り鹿の角の様な大きな物だったが、今日は二センチ程度の大きさのサイコロ状の物で、それを上部の穴から入れてゴリゴリと石臼を回して行く。


 見るからに重そうなそれを姉上は軽々と回しているが、後から聞いた話ではこれも只の石臼では無く、軽い力で重い力を発揮する術具の類らしい。


「あら? お姫さん、そろそろ窯の湯が湧いてる見たいよー」


 それぞれがそれぞれに割り当てられた作業を黙々と進めていると、不意に望奴がそう声を上げた。


「おっと。それじゃぁ、あっしは調合に入るの」


 小さな箒と塵取りの様な物で石臼からこぼれ落ちる角の粉を集め、それを手に姉上はそう言って窯へと向かった。




 幾つもの素材を乳鉢で潰し、それを一つづつ順番に鍋へと投下しそれを木べらで撹拌する。


 すると白や黄と言った色合いの素材しか入れていないのに、鍋の中では赤や青、紫と一種異様なほどの変色を繰り返す。


「あれは霊色反応と言ってこの国の霊薬作りには無い、錬玉術特有の現象なのよ。アレが起こるって事は、素材の持つ霊力と術者の霊力がしっかり反応してる証拠……だったはず」


 そう望奴が解説してくれたのだが、それを語る彼は酷く懐かしい物を見て、そしてそれに再び関われる事に対する喜びに溢れた、そんな口ぶりだった。


「その他にも、色合いの変化パターンで中に入れた素材の属性や、その強さも確認出来るの。それに合わせて流し込む霊力の調整をしたり、次の素材を入れるタイミングを図ったりするの」


 補足の説明を口にしながらも姉上は視線を鍋から動かす事はなく、その言葉の通り薬液の変化から意識をそらしていない事はよく解った。


 俺が見てもある程度色合いの変化に規則性がある事とその変化に多少のリズムがある事しか解らなかったが、姉上はそれを完全に把握しているらしく、ゆっくりと鍋をかき混ぜていた手を止め角粉を手にする。


 鍋の見つめる目は真剣そのもので、その様子は丸で得物を手に立会う侍の目の様に見えた。


「!? 今!」


 そう声を上げ、角粉を鍋に投入するとポム! っと乾いた軽い音を立て赤紫色の煙が上がった。


 前回は此処で気を抜いたが故に失敗した……いや、きっと他にも失敗する要因は有ったのだろう。


 現に素材投入のタイミングにもずっと気を使っているようにも見えるし、そもそも計量だって前回は今回ほど厳密にはやっていなかった。


「計量って薬の調合には必須の工程だと思うのですが、どうなんでしょう?」


 気の抜けない作業をしている姉上では無く、丁度手の止まっていた望奴にそう問いかけてみる。


「普通の薬師がやる調薬なら言う通り絶対必要な工程だけどね、錬玉術の場合にゃ必ずしも必要では無いのよ」


 一つでも多くの事を吸収しようと言うのだろう、姉上の作業から目をそらさず、望奴は口だけを動かし俺の疑問に答えてくれた。


 錬玉術に於いては素材の量や種類と言うのはかなりファジーな物で、それは素材の持つ薬効は飽く迄も副次的な物でしかなく、その本質はそれらに宿る『霊力』や『エレメント』『属性』等と呼ばれる物を引き出す事に有るのだと言う。


 蟠桃――桃と久慈の実――柑橘類、それらが全く同じ薬の材料として代用が効くというのが不思議だったのだが『果実』という共通の『属性』を持つ素材なのだと言われれば、なんとなくでは有るが理解出来る気がする。


 それぞれの素材が持つ『霊力』の量が概ね同じ程度なので代用の素材となり得るのだそうだ。


 望奴に解説してもらっている内にも姉上は手を止めず、鍋を窯から下ろし今度はそれをそのまま水を湛えた桶に、薬液を零さぬように漬ける。


 そのまま薬液を混ぜ続け粗熱を取ると薬液を小瓶へと移す。


 そして蓋をしっかりと閉めると、


「よっしゃ! 完成なの、今度は失敗しなかったの!」


 グッと両手を握りしめガッツポーズを取りながら、そう声を上げた。


「姉上、お疲れさまでした」


 その様子に俺もホッと一息付きながらそう声を掛ける、すると


「ありがとなの。んじゃ後百二十七本どんどんやらないと今夜は徹夜になるの!」


 と、あまりにもおかしな数字を口にした。


「ちょ!? 救命水って一本五両位する薬よ!? それを百二十八本とかお姫さんどんだけ稼いでるのよ!?」


 一本五両って事は六百四十両……と流石に小売と卸値では差が有るだろうから、姉上の手取りがその金額という訳では無いだろうが、それにしたって凄い金額だ。


「……錬玉術って本当に儲かる技術なんですね」


 金銭感覚がおかしくなりそうな数字に、俺は思わずそう呆れ声を上げるのだった。

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