百三十八 志七郎、訳を知り思い悩む事
「いやー! それにしてもすんごい威力! 自分の才能が怖くなっちゃう。この『爆裂槍』が有れば、格上の鬼や妖怪だって怖くないわね! 売れる、これは売れちゃうの!」
突き刺さった内部から爆音轟かす一撃は、その言葉の通り巨大なこうもり猫の命を刈り取って余り有る物だった。
「こーのスカポンタン! どんなに威力が有ったってこの有様じゃぁ、稼ぎにゃならないじゃないか!」
と言うかぶっちゃけオーバーキルも甚だしく、焼け焦げ飛び散り素材の回収など出来る状態では無い。
「うわぁ……挽肉より酷い……なにやってまんねん」
鬼斬り者の収入は手形に記録された討伐数から算出される報奨金と、鬼や妖怪の身体から取れる様々な素材の売却益から成る、そしてその比重は報奨金よりも圧倒的に素材方が重い。
今回のこうもり猫だと雄雌問わず報奨金は一貫文、すなわち千文と決して少ない金額ではないが、俺達が仕留めた雌でも綺麗に処理された素材を全て売り払えば四両=一万六千文は固い、更に一回り以上大きなあの雄ならばそれ以上に成るだろう。
そう考えれば、素材を尽く駄目にしてしまった望奴と呼ばれた男が責られるのも仕方の無い事かもしれない。
見た所派手に出血はしているがさほど深い傷という訳では無さそうで、笑いながら言葉を交わしていた。
ともあれいつまでも彼等のコントを見ていても仕方が無い。
「どうやらお二人ともご無事の様ですね」
意を決しそう言葉をかける。
「助太刀有り難く。あのままでは二人の命は無かったでしょう、謹んで御礼申し上げます。名乗り遅れまして申し訳ありません、わたくし元幕臣豹堂家長女、瞳と申します」
すると彼女がリーダーなのだろう豹堂瞳と名乗り、三指を突いて深々と頭を下げながらそう応えた。
その所作にはよどみが無く先程見とった武術武芸の腕前以上に、礼法について厳しく躾けられていた事を感じさせた。
それに倣うようにして、残りの二人も両の拳を地に付け頭を下げる。
「ですが誠に申し訳ない事ながら、ご覧の通り配下の者が使いました武器の不備により、お礼としてお譲り出来る獲物が御座いません。後日改めて御礼に伺いますので、御尊名を承りたいのですが如何でしょうか?」
真摯な態度に俺が名乗りを上げる、それよりも早く、
「仔猫を売り払った銭でくれるお礼ならいらねーの、そんなの貰ったら此方までお縄を頂戴する事になるの」
と溜息を付きながら姉上が言い放った。
討伐報奨金一貫文と言うのは江戸州に出没する鬼、妖怪の中では上位の部類である、そんな物をいくら子供とは言え普通の農民が飼育出来るはずが無い。
百歩譲って幼い頃は飼う事も出来るかも知れないが、大きく成長したソレをどう始末を付けるのか、まかり間違って人的被害でも出たならば、その時には『言葉巧みに売り付けた』者が悪いと成る可能性が高い。
そんな危険な物を売ったと知った上で御礼とやらを受け取れば、俺達もグルになって犯行を隠した共犯者と言う事に成り兼ねない。
姉上の言葉に音がするほどの勢いで頭を上げ怒りの表情を露わにした瞳嬢だが、姉上が言葉を重ねその内容に理解と納得が行ったらしく、その顔は最早青ざめた物と成っていた。
「鼠を捕まえるのに虎を放つ馬鹿はいねーの。そんな簡単に濡れ手に粟の大儲けが出来るわきゃねーの……」
「こんのスカポンタン! アンタは何時も何時も必ず何処かで詰めが甘いんだ! 折角命懸けで捕まえてきたのに、言われて見れば明らかな悪手じゃないか!」
一周りして俺達では無く、今回の件を考えた手下に対して怒りを爆発させ、瞳嬢は真っ赤な顔で望奴を蹴倒した。
「そんなあっしの所為だけじゃねーでしょ。確かに考えたのはあっしですが、決断したのは瞳嬢様じゃありゃせんか!」
そう言い返そうとした彼の顔面に瞳嬢の足がめり込み、望奴は鼻血を吹きながら沈黙した。
一応簡単な手当をした後改めて彼女達の話を聞くとこうだ。
今から十年と少し前、幕臣の中でもそこそこ重役に取立てられていた豹堂家のご令嬢が瞳嬢だった。
晩年に恵まれた一粒種ではあったが女性と言う事で彼女が家を継ぐ事は出来ない、それ故役職に見合った婿養子を取る筈だった。
しかし豹堂家の地位と財産、そして幼いながらも長ずれば美しく育つであろう愛らしい容貌の彼女を狙って、不逞の輩が彼女を拐かした。
幸い手早く救出されたため大事にはならない筈だった。
だが彼女が拐かされ色々と口に出来ないような如何わしい行為に晒されたと、どこからとも無く噂が立ち上り、その火消しに当主も家人も躍起に成っている内に、本来の御役目に不手際が出た。
上様は殊更それを咎め立てしようとはせずむしろ同情的では有ったが、その不手際を豹堂家の政敵に徹底的に付け込まれ、それを取り返そうと更に激務に身をやつした結果、致命的な失策を成してしまったのだそうだ。
結果、御当主本人は自裁――腹を切った。
跡取りが居ないまま重責有る家を存続させる訳には行かずお家は断絶、取り潰しの沙汰は下されては居なかったが、実質その様な物と皆が思うそれほどの大失態だったそうだ。
幼い瞳嬢を連れて母は数人の家人と共に実家へと戻ったが、心労の為かその母も早世した。
彼女を守る母が居なくなると今度はその家の跡取りである従兄がその色香に狂った、力尽くで手籠めにしようとした挙句、抵抗した結果事が明る身に出れば彼女が誘ったと言い出したのだそうだ。
親を亡くした彼女の言い分を聴く者は殆ど居らず、家中の皆が従兄の肩を持った。
それに怒ったのが豹堂家に、その血を引く最期の娘に仕えていた者達である。
彼等は若手の二人、望奴――望月薬太郎と豚面――豚川面右衛門に瞳嬢を託し、手癖の悪い従兄を半殺しにし、その恨み辛みを彼女に向けさせぬ為、名目上は主家の縁者に手を出した責任取って腹を切ったのだそうだ。
それから彼女達は流れの鬼斬り者として生きて来たのだと言う。
「……とまぁ、あっしらにゃぁ、聞くも涙語るも涙の事情が有るんでさぁ。何卒、何卒今回の一件はお上にゃ黙って置いておくんなせぇ」
と、実際に涙を流しながらそんな事を望奴が言った。
「ワテの命で瞳嬢様を見逃してくれるなら、喜んで腹くらい切まんねん。ワテは頭良うないけどそっちのお嬢の言う事は解った、今回の事は洒落で済まされへん」
言葉通り覚悟を決めたのだろう、豚面は座った目でそう言ってもろ肌を脱ぐ。
「お前達……馬鹿な事をお言いで無いよ。お前達が居なくなったら誰が私の飯の種を稼ぐんだい? 私一人で豹堂家の再興なんて出来る訳ないじゃないか……、二人を犠牲にして私一人だけ逃げる位なら、三人揃ってお上のお裁きを受けようじゃないか」
観念したと言わんばかりの表情で目元に涙を溜めながらも気丈そうに宣言した瞳嬢ではあったが、
「まだ犯しても居ない罪で裁かれる訳無いの……。子猫たちを絞めて三味線屋に売るなら普通に問題にゃならねーの」
と姉上が言うと、一瞬間を置いて彼女達は安心したらしく互いを抱きしめ合って声を上げて泣き出した。
「そうと決まればサクッと締めちゃうの。本当なら煙で燻して殺すのが一番高く売れる方法だけど、そこまでしてる時間はねーの」
やたらとドライな物言いでそう言い切る姉上、彼女は霊薬や術具の素材を手に入れる為、鬼や妖怪、動物を殺す事に躊躇う事をしない。
必要な物を手に入れる為に殺したならば、必要ない部分まで含めて無駄にすること無く全て使い切る事が大事なのだと、師匠に教えられたらしい。
「……え? 絞めるって殺すって事? それはちょっと……」
だがこの場に居るもう一人の女性、瞳嬢が難色を示した。
風呂敷包みの中には鈍色の鳥籠の様な物が入っており、その中には六匹ほどの小さな毛玉が丸まって眠って居た。
風呂敷が解かれ、明かりが差したからだろうか、中の一匹が目を覚まし。
「ミーァ」
と可愛らしく鳴いた……。
うんコレを絞めるとか、ちょっと俺には出来そうに無い。




