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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
幼年期そして家族 の巻

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十二 志七郎、御用商人と既知になる事

「な、なんじゃ? 志七郎藪から棒に……」


 スパーン! と軽快な音を立て障子を開けた俺に、父上は手にした焼き菓子(・・・・)を頬張る手を止めそう問いかけた。


「なんじゃ? ではありません! 小藩といえども1万を束ねる父上が、贈収賄なんてせこい犯罪を犯すなんて、家臣達にどう示しを付ける御積りですか!」


 大名とは将軍家――幕府すなわち政府により所領を与えられたいわば公務員、贈収賄は前世において5年程度の懲役に問われる決して軽くない罪だ。


「……猪河ししかわ様、こちらのお子は?」


 困惑の表情を浮かべ、二の句が継げないといった風情の父上に成り代わりそう口にしたのは、下座に座った商家の主と思しき男だった。


 だが、その男は悪徳商人といった感じではなく、むしろ謙虚で誠実そうないかにも『真面目に商売しています』と言わんばかりの男だった。


「末の息子の志七郎じゃ。今夜は此奴こやつの初陣用具を仕立てるためにお主を呼んだのじゃ。しかし志七郎は何をそんなにいきり立っておるのじゃ?」


「ですから、大名である父上が商人から賄賂を受け取る様な事をすれば家臣や領民に示しが付かないと言ってるんです!」


「まて! ちょっと待てぃ! 何を言っておる? わしゃまいないなんぞ取って居らぬぞ。それに示しも何も賂を得るなど何処でもしておることじゃ」


 ふぁ!? それって汚職しまくりって事か!?


「ははぁ~。猪河様ご子息様はどこかで講談でもお聞きになったのでは有りませぬか? 悪徳商人から賂を取り不正を見逃す悪代官と言うのは、よくある題材です」


「おお! そういう事か。確かに賂を理由に悪事を働くような者を見逃す事があっては示しが付かぬな。だが、さっきも言ったがわしは今夜は賂なんぞ受けておらぬぞ? どうしてそういう話になる?」


 俺と父上のやり取りをみてさも面白そうなものを見たと言わんばかりの表情を見せた商人の言葉に、父上は改めて納得の表情を見せた。


「誤魔化さないでください! そちらの商人から受け取ったのでしょう、ずしりと重い黄金色の菓子とやらを!」


 山吹色の菓子や黄金色の菓子といえば、説明するまでもなく小判をさす代表的な隠語だ。


「コレのことか? 名前は豪奢だが賂に成るほど上等な菓子ではないぞ、沢山持ってきてくれたからな、お前もひとつ食ってみよ」


 ほれっ、と渡されたのは大判焼きによく似た、言われれば黄金色に見えなくもないそんな焼き菓子だ。


 確かに餡子がしっかりと詰まっているらしく、見た目に反してずっしりと重い。


 えー? コレが黄金色のお菓子? 詰まりは俺の勘違い? 


「で、では、父上の言った、お主も悪よのう、と言う切り返しは!」


「ああ……。わしはガキの頃からコレが好きでのぅ。ただ、武家の当主に献上する菓子としては少々格式に欠ける、相手によっては無礼討ちとされても仕方がない位にな。それを判っていて持ってくる、そんな此奴の根性を皮肉っただけじゃよ」


 そう言うと二人は顔を見合わせて、高らかに笑い声を上げた。


 ……紛らわしい会話をしていた二人が悪いのか、立ち聞きをして勘違いをした俺が悪いのか。


 どちらにせよ俺は、羞恥のあまり顔を真っ赤に染めそっぽを向くことしか出来なかった。




 父上と商人――悟能屋ごのうや文右衛門ぶんえもんというらしい――がにこやかに会談を続ける横で、彼の使用人らしい若い男に採寸を受けていた。


 どうやらこの男は商人と言うよりは職人の様で、その手際に迷いはなく幾つもの結び目が付いた紐をメジャーの様に使いその結果を帳面に記入してゆく。


 前世でも一度フルオーダーメイドのスーツを作ったことがあるが、その時よりも遥かに手際よく採寸が終わったように思える。


「どうやら、終わったようじゃな。では悟能屋、手筈通りよろしく頼むぞ」


「確かに承りました。十日後までに志七郎様の出立ち一揃い間違いなくご用意致します」


 平伏しそう言うと、悟能屋一行はそそくさと部屋を後にした。


「さて、志七郎。過去世の世界では賂を取ること自体が罪と成る世の中だったのか?」


 暫しの沈黙の後――恐らくは悟能屋の者達が十分に離れたのを待って、父上はそう切り出した。


「……公務員……役人の贈収賄は、結構な重罪とされていました」


「なるほどのぅ、世界が違えば法度も違うか……。こちらでも隣の藩ですら色々と定書の食い違いで揉め事が起こるのだ。お前の常識ではとがであっても、こちらでは当たり前に行われている事と言うのは他にもあるだろう、そして逆もしかりじゃ」


 確かに、父上の言うとおりだ。世界が違うのだから、前世の常識が全てな訳がない。現に刀を下げて歩く者達が当たり前に居るのだ、コレが前世の世界ならば銃刀法違反という事になる。


「こちらの常識を身につけるまでは、一人で早合点せず必ず誰かに相談するようにせよ。武芸以外はからきしの義二郎でも最低限の法度位は弁えておるはず……じゃ?」


 なぜに疑問形? ……確かに脳筋気味ではあるがそこまで馬鹿というわけでもないと思うのだが。


「話を戻しますが、賄賂を規制しないのでは汚職などが横行するのでは有りませんか?」


「まぁ、ない話ではないな。だが、あくまでも賂を取ることが禁じられていないというだけじゃ。不正を行ったり悪事を見逃すような真似をして、それが表沙汰にでもなろう物ならば、まず間違いなく当人は切腹、その者が所属する家にも何らかの沙汰があろう」


 バレれば死刑、場合によっては当人だけでなく家族や主君すら罰せられる、となれば早々事を起こすわけには行かない、厳罰による抑止力というわけか。


 それに、と言葉を続ける。


「商人には人頭税と戸口税しか課税されておらんからな。ある程度は召し上げねば商人が力を持ちすぎる。かと言ってやり過ぎれば、税を銭に変えることすらままならなくなる。とかく、商人との付合いは中々に難しいのじゃ」


 税金絡みは専門ではなかったが、それでも所得税が累進課税だった事は位は知っている。だがこの世界ではそういうシステムが無く、商取引の規模などは商人の自己申告で知るしかないらしい。


 だからと言って、儲かっているだろうと推測し無理に取り立てれば商人はそれをした者との取引自体を行わなく成る……父上の言う通り、ある意味で多くの事が明文化されシステムとして構築されていた前世のほうが解りやすかったかもしれない。


「まぁ他家に婿養子にでも行かぬ限りは、家の御用商人である悟能屋とやり取りすれば良い。アレとはわしがガキの頃からの付合いじゃ、お前が余程の無体をせぬ限り、あれがお前を騙したりするような男ではない」


「わかりました。欲しい物必要な物は彼を通して取引すれば良いのですね」


「そうじゃ。だが、お前が自分で稼いだ金の範囲でだけじゃぞ。我が藩はまつりごとにどうしても必要な場合を除き、当主家臣はもとより領民に対しても借財禁止をお触れとして出しておる。たとえそれがわしの子だとしても、借財で家に迷惑をかけるような真似をすれば処罰せねばならんからな」


 まぁ子供の俺に金を貸すような奴は居ないと思うが……。


 だが、欲しい物は自分で稼いで買えという家訓は、家臣たちにも有効なのか。


「借りるだけではなく、誰かに貸すのもいかんぞ。銭の貸し借りはたとえどれ程懇意の者とてその縁を叩き切る。貸して返って来るのを期待するくらいならば、くれてやる方が何ぼかマシじゃ」


 ああ、その辺の感覚は世界が変わっても一緒なんだな。

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