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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
智香子の工房~大江戸の錬玉術師~の巻

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百三十四 志七郎、霊薬作りの現場を見る事

 死屍累々、そんな言葉がよく似合う惨状が我が家の広間に展開していた。


 力尽き果て崩れ落ちる様に身体を休める者達のその姿は魚河岸に並ぶマグロの様でも有る。


「し、志七郎……、生きておじゃるか?」


 そんな中、信三郎兄上がしわがれた声で、そう問いかけてきた。


「な、なんとか生きては居ますが、正直しんどいです……」


 俺自身も四肢を投げ出し大の字に横たわったまま荒い息を整えそう答えを返す。


 声を出せるだけ俺や兄上はまだ余力が有る方で、回りに倒れ伏した者達でも特に若手連中はピクリとも動く様子は無い。


 何故、こんな限界を超えた総力戦をした後の様な状況に成っているのか、


「まさかここまで過酷な戦いに成るとは……節分を舐めておじゃった……」


 それは『節分』と言う行事の為だった。


 前世まえの世界における節分については説明するまでも無いだろうが、「鬼は外福は内」の掛け声と共に豆を撒き、邪気を祓って一年の無病息災を願う行事だった。


 だがこの世界では『鬼』が活性化する時期で有るらしく、市井に被害が出ないよう江戸中の武士や鬼斬り者達が動員され戦場いくさばへと鬼斬りに出るのが通例行事となっている。


 本来ならば、父上が国元へと戻っている我が猪山藩は参加の義務は無いのだが、銭を稼ぎたい若手4人が参戦を表明し、少しでも多くの武名を欲した信三郎兄上がそれに便乗、主家の男児が参戦するならばと皆で出陣したのだ。


 武勇に優れた猪山とは言っても、人員は飽く迄も小大名の範疇に収まる程度しか居ない、それも大名本人が国元へと帰っている以上その手勢は少数、流石に激戦区と呼ばれる場所からは外される筈だった。


 しかしここで災いしたのが、義二郎兄上と俺の武名であった。


「天下に名高い鬼二郎と鬼斬童子の兄弟をそんな場末の戦場で使うのは、役不足という物よ」


 と進言した者が居り、それに多くの者達が同調し、兄上が居ない事を含めて反論すれば『あの一郎や鬼二郎が居なければ、猪山の武など知れたもの』と侮られかねない状況を作られてしまったのだ。


 結果押し込まれたのは江戸州北東部、足断谷あだちだにと呼ばれる戦場だった。


 幸いにして1体1体は然程強い者は出なかったのだが如何せん数が多く、俺達は休憩らしい休憩を取ることも出来ずほぼほぼ1昼夜戦い続けたのである。


 日が昇ると同時に津波の様に押し寄せていた鬼達が引いて行くのを見て、俺達は生き残る事が出来たと確信し、江戸へと帰り屋敷へと戻った所で皆力尽きたという訳だ。


「はーい皆ぁ、おつかれ様なの。寝る前に疲れを回復するお薬を用意したから飲むのー」


 気力体力共に使い果たし、そろそろこうして意識を保つのも辛く成って来た、そんなタイミングで智香子姉上の元気な声が広間に響きわたった。


 姉上の霊薬には今回もかなり助けられた。


 霊薬が無ければ、きっと何人かはここに帰ってくる事も出来なかっただろう。


 材料代は藩の財政から出ているので、姉上の持ち出しという訳では無いが、それにしたって有難い事である。


「ほい、志七郎君の分なの。君は未だ身体が小さいから皆よりは軽いヤツなの」


 と差し出された小瓶を受け取り蓋を開けた。


「姉上……何やら凄い臭いがしますが、コレ大丈夫なんですか?」


 ツンと鼻を突く青臭い様な生臭い様な不思議な臭いに思わず顔を背け、そう問いかけてしまう。


「の? 志七郎君のは間違いなく大丈夫なの、今までも何度も作ってる物だから失敗なんかしないの」


 胸を張りそう答える姉上を信用し、鼻を摘んで一気に呷る。


「うぐぅ!」


 喉に引っかかる様なドロっとした液状なのかゲル状なのか解らない食感、口の中にへばりつくように残る甘いとも苦いとも言い切れないエグ味、息をする度に鼻に抜ける臭い。


 それらを一言で纏めると『不味い』その一言に尽きた。


 だが薬剤としての効能は確かな様で、氣を抜けば座ることもままならなかった足腰の萎えが、ほんの少しだが緩和されている様に思える。


「味は酷いですが、効きますね……」


 と俺が感想を漏らしたその時だった。


「あべし!」

「ひでぶ!」

「たわば!」


 と断末魔の声を上げ、何人かの家臣達が痙攣し泡を吹き始めたのである。


「ん~!? 間違ったかなの?」


「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ! え、衛生兵! 衛生へーーーい!」

「後を頼む……」

「ああ、去年死んだ爺ちゃんが川の向こうに……」


 幸い薬剤としての効能に問題は無かったらしく、死者は一人も出る事は無く、あまりの不味さに悶絶しただけだった。




「んー、やっぱり久慈の実の質が良くなかったの」


 翌日、同じ霊薬を作りなおすと言う智香子姉上を手伝うため、俺は彼女の住む離れへとやって来ていた。


 俺が飲んだのは『急療丹』と言う霊薬をより吸収しやすいように水薬にアレンジした『急療水』と言う霊薬で、制作難易度はさほど高いものでは無いそうだ。


 対して他の者達が飲んだのは『急命丹』と言う、同系統の霊薬としては最高峰の霊薬なのだと言う。


 彼女の言に拠れば、足りなかったのは姉上の腕前ではなく材料の質が安定して居ない事だそうで、『久慈の実』と呼ばれる夏みかんの様な大振りの柑橘が季節外れで良い物が手に入らなかったのが原因らしい。


 あまり良く無い材料でも味を犠牲にすれば、霊薬としての効能をキープ出来るのだから、彼女の薬師としての実力はやはり優れた物と言えるのだろう。


「良い久慈の実は全部昨日ので使っちゃったから、代わりの素材が居るの~。確か蟠桃の在庫が有ったと思うけど……、多分似たような効果は出るはず……なの」


 と不穏な台詞を口にしながら素材を作業台へと並べていく。


 急命丹の通常のレシピは『薬草(傷に効くもの)』『鬼の角』『清水』『果実類(霊力を含む物)』と言う中々にファジーな物だ。


 姉上は『蒲の穂』『鹿鬼の角』『井戸の水』『久慈の実』を昨日は使ったが、今日は『蟠桃』という潰れた様な形をした桃を使うらしい。


 素材の質としては蟠桃の方が、久慈の実よりも圧倒的に上なのだが、蟠桃は人里離れた鬼や妖怪の領域の奥深くに生るため中々手に入らない素材で、久慈の実は火元国の中でも西の方に行けば栽培されている素材と、入手難度も比較に成らないのだそうだ。


「んじゃ、志七郎君、材料を刻んでほしいの。蟠桃の種は別の薬に使うから綺麗に取ってなの」


 そう俺に指示を出して、姉上は窯に火を起こし始めた。


 作業台の上に置かれた包丁とまな板に、料理をしている様な気分になりながらも、言われた通り桃の皮をむき種を取り実を刻む。


 蒲の穂はこの国の古くから伝わる薬学ではその花粉だけを使うのだそうだが、錬玉術では穂その物も薬の材料として使うらしい。


 それらをみじん切りにしてから乳鉢へと入れていく。


「ありがとなの、それじゃ次は角をおろし金でおろしてなの」


 窯に火が入ったらしく、姉上は俺から乳鉢を受け取り乳棒でその中身をすりつぶす。


 言われた通り、茶褐色の鹿の角の様な物を大根おろしと同じような要領でゴリゴリと摩りおろしていくと、何故か純白の粉が山になっていく。


「お湯も湧いたし、そろそろ良いかなの」


 その言葉通り、窯に乗せられたホーローの片手鍋では水が大きな泡を立てて沸騰していた。


「ここに先ずはコレを入れて……ゆっくりと撹拌していくの……、そのうち段々と粘りが出て来るから、そこに角の粉を少しずつ入れていくと……」


 赤、青、紫、と普通では考えられない様な色に鍋の中身が変わり、そしてポン! っと音を立てて赤紫色の煙が上がった。


「よし! 後は煮詰めて完成なの。簡単に見えるかもだけど、霊力の込め方とか煮詰める温度とか、結構気を付ける所はあるの」


 褒め称えろと言わんばかりに胸を張る姉上が鍋から視線を切った瞬間、ボン! っと再び音を立てて、今度は真っ黒な煙が吹き上がった。


 あ、これは失敗したな。

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