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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
志七郎と秘密の中間部屋 の巻

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百三十二 志七郎、後始末を知り借財を嘆く事

 あれから数日が経った。


 矢田は無事あの屋敷の納屋から猿ぐつわを噛まされ縛られた状態で見つかった。


 藩同士の揉め事に成ると脅された為、余計な抵抗をしなかったとの事で怪我らしい怪我の一つも無く、助け出された時には縛られたまま眠って居たと言うのだから図太い事である。


 大羅、今、名村、矢田の四名は猪山藩の藩法である『武士の借財は之を禁ず』に違反したと言う事で、本来ならば国元へ送り返し蟄居……謹慎を命じられる筈だった。


 けれども正式に処罰を与えるとなれば、幕府や国元への連絡などで今回の一件を表沙汰にする事になる、そんな醜聞を避ける為、四名についてもそして下手人達についても『何も無かった』とする、それが母上の判断である。


 無論だからと言って無罪放免と言う訳では無い、彼らには証文に記載された金額である五両を鬼斬りで稼ぎ上納する事を命じた。


 そして下手人達にも各自一両を貸し付ける形を取り、それらを元手に彼等の雇用に使うのだと言う。


 仕事の無い連中に仕事を斡旋しつつ、自分の懐を痛めずに恩を売るその手腕は見事としか言えない。


 義理と恩で雁字搦めにすれば、余計な醜聞を他所で口にする様な事も無いだろう。


 普通に考えたならば働く事の出来ないであろうあの老人も、当然ながら切り捨てたりはしなかった。


 だがは母上が格別慈悲深い人間で憐れみだけで彼を救ったという訳では無い、病床の身とは言え大大名である富田藩の中間に長く居た人物である、富田藩の中間達の稼ぎその手管手練を知る彼を迎え入れる事で、それを手に入れようと言う事なのだ。


「富田藩と言えば米処酒処。旨い酒には美味い肴が付き物、富田の中間と言えば酒によく合う肴、珍味の作り手として有名だったのよ」


 我が藩の下屋敷の一角、老人――又三郎と言う名らしい――の指導を受けながら魚を捌いている者達を眺め、母上はそう言った。


 丸富印の珍味と言えば、江戸界隈では知らぬ者は居ないと言われた程なのだそうだ。


「ですが母上、それほどの物ならば離散した他の中間達が既にそれを生業にして居たりするのではないですか?」


 普通に考えたならば手に職を持った者達が雇い止めされたならば、その技術を活かす事を考えるだろう。


 元手が無くともある程度成功が見込めるのだから、借金をして事業を起こしても良いだろうし、その技術を商家なり他家なりに売り込むと言う手も有るはずだ。


「別に富田の様に大々的に売り出すつもりは無いもの。今買い入れている分を家で作れる様に成るだけで万々歳。それに我が猪山は内陸の盆地、加工品とは言え魚は国に帰る際の土産としても上々でしょ」


 家の場合家族や家臣達がそう言った物を口にする以外にも、賭場で客に出すいわば『商品』としての需要も有るので、それらを買い入れている金額も馬鹿に成らないらしい。


 材料を買い入れ新たな人材を雇い入れて作る事で削減できるのは、多くても一割二割り程度の話では有るが、決して少ない金額では無い。


「奥方様、お命じの通り新たな人出を手配して参りやした。旧富田の中間連中や漁村の出を優先で良うござんしたね」


 俺と母上の会話が一区切りしたのを見計らい跪きながらそう言ったのは、我が中間の若手富吉だ。


「ご苦労様、口入れ屋の反応はどうだったい?」


 口入れ屋と言うのは、派遣会社の様な物で日雇い仕事だったり、重労働だったりで常雇以外の仕事を取り纏める者達だ。


 その大半は商家や武家に対して真面目に伝手を作り、仕事を得ては手隙の者に割り振り紹介料を得ると言う商売をしている。


 だが中には人攫い同然に人を集め、蛸部屋や遊郭に押し込んではその稼ぎをピン撥ねする、と言うヤクザ者達もいるらしい。


 無論、富吉が行ってきたのは真っ当な方の口入れ屋らしいが。


「それが……、一足遅かったって話です。もう半月前なら、富田の連中も多かったらしいんですが、大半は廻船問屋や海沿い藩が雇い入れちまったって話でさぁ」


 思った通り、流出した人材の多くはその技術を手に新たな雇い主の下へと行ってしまったらしい。


「大半って事ぁ、少ないながらも拾えたのかい?」


「へい、何人かには話を入れてくれるそうですわ」


「そ、なら良いわ。流石に細かい技術については又爺だけじゃ不安な部分も有ったしねぇ」


 ほっ、と安心したかのように胸を撫で下ろしながら、そう言葉を返すと母上は下屋敷を後にした。


 猪山藩中間部屋の賭場で酒と肴の売上が驚く程に増え、客の大半が博打を打ちに来たのか呑みに来たのか解らなく成るのは、それから暫く後の話で有る。




 我が家の場合は兄弟全員が何らかの生業を持っているが、それは飽く迄も『自分の小遣いは自分で稼ぐ』と言う猪河家の家風に依るもので、普通の武士は領地から上がる税収か、主家から頂く俸禄に頼っている。


 だが我が猪河家の博打、石井家の料理、骨川家の珍味、と下屋敷の中間部屋を舞台とした稼ぎにも色々な方法が取られている事を、この数日で学ぶ事が出来た。


 下屋敷を持つのは大名だけなので、旗本や御家人と言われる様な所謂直臣達や他藩の家臣達が、鬼斬り以外に同様の方法で収入を得ているかは解らないが、それでも少しだけこの世界の、この国の事が解った様な気がする。


 流石にまだまだ幼いこの身では中身が幾ら大人とは言え、なんでも出来るなどと驕るつもりは無い。


 だが少しは俺にもどんなことが出来るか少しは見えて来た気がする。


「信三郎兄上、他所の中間部屋では他にどんな事で稼いでいるかご存知ですか?」


 夕食の後の茶を啜りながら、なんとは無しにそう問いかけた。


「んー、確か池波藩は道場を町人にも開放し武芸の伝授をしておじゃるな……。後は永田藩では貸本の様な事もしておじゃる」


 その他にも刀剣や美術品を収集しては転売すると言った古物商の様な事をしたり、屋敷の中の川で魚を繁殖させて釣り堀にしたり、錦鯉や金魚、すっぽんなどを繁殖させてる様な家も有るらしい。


「……なんか武士の副業を禁じるって話は何処へ行ったと言う感じですね」


 少なくとも前世(まえ)で公務員が同様のことをやっていれば間違いなく処分対象になりそうな話だ。


「ぶっちゃけた話、家禄だけでは生活は兎も角、趣味や趣向に銭を回す余裕があるのは稀な話でおじゃる。我が藩は借財を禁じているが故問題に成らぬが、他所では高禄を食む者でも借財塗れで首が回らぬと言うのはよく聞く話でおじゃる……」


 下手をすると大名家自体が『大名貸』と言って大店からの借金を山程抱え、その利息を返すので手一杯と言うケースも有るのだそうだ。


「中間の稼ぎがある程度確立されている藩はそうでもおじゃらぬが、それが出来ておらぬ所は借りた銭で新たな稼ぎを模索し、転けて借財を膨らませておじゃる」


 俺の記憶が確かならば幕末には、大名の借金踏み倒しが横行しそれが明治維新に繋がった

 と言う説も有ったと思う。


「武士と商人では身分差も有りますし、踏み倒しとか有りそうな話ですよねぇ」


 と、そんな疑問を口にすれば、


「大名貸が認められておるのは幕府の御用商人だけでおじゃる。踏み倒しなんぞすれば、それは幕府に筒抜けでおじゃるから、下手をせずとも改易なりの重い沙汰が有りそうなもんでおじゃるな」


 とあっさり答えが返ってきた。


「あれ? でも確か家の御用商人、悟能屋からは参勤の費用を借りてませんでしたっけ?」


「あれは年貢米を銭に替えるまでの間の事で、領内の商人に用立てて貰うのは御用金の範疇でおじゃ」


 御用金って確か返す必要のない、強制徴収じゃなかったか? 米と言う担保が有るから取りっぱぐれが無いし問題無いと言う事だろうか……。


 今一つこの辺の匙加減はまだ理解出来ない……。

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