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十一 志七郎、挫折を知り、正義に燃える事

 帰り道は行きの三分の一ほどの時間で家に付くことが出来た。


 無論まだまだ幼い俺の足でそんな時間で走り抜けることは出来ない。


 少々農作業が長引いた事で夕飯に間に合わないかもしれない、と姉上が引く大八車に満載の野菜と共に俺を乗せたのだ。


 収穫されたばかりの新鮮なみずみずしい野菜が山積みにされた大八車はどう見ても軽いものではなく、大の大人が前後二人掛りで押すのが相応に思えた。


 だが200kgほどの荷物を平気で担ぎ歩く姉上である、舗装されているわけでもない決して完全に平坦な道という訳でもない道を、それら悪条件を物ともせず、その重量を感じさせること無くぐんぐんと進んでいった。


 ・・・・本当にこの姉上の身体はどうなっているのだろう? 幾らまだ涼しい春先とはいえ、この重量を汗一つかかずに結構な速度で引いている。


 決して筋骨隆々と言うわけではなく、むしろ手弱女たおやめという言葉が良く似合う華奢で小柄、それでいて出るところはしっかりと出ている現代風美人だ、少々古い表現だがまさにトランジスタグラマーという言葉が示すそれが姉上だ。


 だが、その見た目に反し大荷物を軽々と持ち上げるわ、素手で大地を抉るわと前世の世界では有り得ないほどパワフルだ。


 漫画ではないが庭石くらいは素手で打ち砕く、それくらいの事はできそうだ。


 色々と聞きたいことはある、どうしてこんなにもパワフルなのか、どれほど力持ちなのか・・・・。


 だが、それらは女性相手に聞くものとは思えず、口にすることは出来なかった。


 そうこう考えて居る内に、姉上の引く大八車は何時の間にやら家の門を潜り抜けていた。


 姉上が運んできた野菜はそのまま夕飯になるようで、俺を乗せたまま大八車は台所へと運ばれた。


 ネコミミの女中さんたちが野菜を横に、大八車を降りた俺はゆっくりと台所を見回す。


 流石に姉上も多少は疲れたのか、荷物を女中さんたちに預けると水の入った茶杯を手に台所に置かれた縁台に腰を下ろした。


「しーちゃん、今日はお疲れ様。助かったわ」


 ぐいっと、茶杯を呷り軽く息をつき姉上はそう言った。


「お疲れ様はこっちの台詞ですよ……、殆ど役に立てませんでした」


「あら、五つで親分さんに認められるなんて凄いことよ。あれ、何か事が起きれば猪山中間いのやまちゅうげん衆はしーちゃんの旗のもとに参陣するって事なんだし」


 護衛なんて必要なかった、あえて口にはしなかったその意図を読んでか、慰めるようにそう言った。


 正直耳が痛かった……、義二郎兄上との一合でこの世界でも自分の力は通じる、そう思い上がっていたのだと思う。


 だが、所詮今の俺は前世の記憶があろうと幼い子供にすぎない。姉上のその身体能力がこの世界の標準だとすれば、武芸に秀でたと称される義二郎兄上はまず間違いなくその上を行くだろう。


 ……花を持たされたか、それとも本当に想像以上だったのかは解らないが、それでも本当に護衛として役に立つとは思われていなかった、それだけは解る。


 必要だったのは、裃を身にまとった子供というそれだけだったのだ。




「志七郎、父上が呼んでおる。お主の防具を作るため採寸をせねばならん。夕飯を済ませてからで良いそうだが、あまり長く待たせるのは宜しゅうない」


 結局、俺が立ち直るというか思い直す事が出来たのはそれからしばらくの後、夕飯の支度があらかた終わった頃、義二郎兄上がそう呼びに来た故だった。


 その頃には姉上は部屋に戻ったのか既に居らず、女中さん達も食事を広間に運んでいるのだろう、台所には俺と兄上二人だけになっていた。


「義二郎兄上、あの……今朝は、俺に花を持たせたのですか?」


「あ? あぁ、今朝の立合いか。そんな面倒な事なぞ考えておらぬ。ただまぁ、お主を侮っておったのは事実だな」


 俺の言葉に一瞬、訝しむような表情を見せたがすぐに何かに気がついた様な表情で更に言葉を続ける。


「お主の剣技、あれは純粋に対人の為の剣だろう。踏み込みも体捌きも、よく修行した手練の者のそれであった。だがそれだけだ」


 対人の為の剣、前世においては当たり前の事だがこの世界では別なのだろう。以前宴席で見た数々の獲物、その多くが明らかに人間よりも巨大であり、そういうものを討つための技術わざがこの世界には根付いて居るはずだ。


「お主の剣には氣が乗って居らなんだ。まぁ未だ幼いお主ならばまだ氣功が使えぬとも当然、長じれば自ずと使えるようになる」


「氣功……ですか?」


「ぬ? お主の過去世では氣功使いは居らなんだのか? まぁ、居ればそう驚かぬか……あぁ! それで落ち込んでおったか。礼子のあれは異能の類だ、武芸の腕前を競うならば兎も角、純粋な力比べではそれがしでも敵わん。あれは常人の数倍氣を内包しているのだ」


 義二郎兄上の説明によると、氣功というのはこの世界では一般的な概念で武芸で身を立てるならば必須となる技術らしい。


 ある程度以上年かさで武士の子ならばたとえ女でも使えて当然で、町人でも武芸を教える道場に通えば使える事も出来るようになる事も有るらしい。


 その効果は身体能力の向上が主たる物で、氣を巡らせた一撃は氣を纏わぬそれに比べ時に数倍以上の力を発揮するのだという。


「まぁ、あれと比べるな、あれは一種のバケモノだ。もっとも、かくいうそれがしも余所から見ればバケモノの類だそうだがな。ほら、はよう飯を食ってこい父上が待っておるぞ」


 ガハハと豪快に笑いそう言うと、兄上は乱暴に俺の頭を撫で回した。




 兄上に促され早々に食事を終えた俺は、御用商人と父上が面会しているという応接間を目指し歩いていた。


 玄関にほど近いその部屋周辺は、体面を気にしてだろう知識の無い俺でも高価な物と解る壺や絵画、剥製などが所々に飾られ中々に歩きづらい、下手に急げば何を引っ掛けるか解らないのだ。


 そのせいもあってついつい足音を潜めてしまう。


 夕飯を済ませたこの時間帯は家臣達も皆、長屋の部屋に戻っているらしく辺りに人の気配はなく静かなものだ。


 だからだろう目的とする部屋にはまだ距離があったが、その部屋から話し声が聞こえてきた。


猪河ししかわ様いつも、お引き立て誠に有り難うございます。当家が安寧に商いが出来ますのも全ては猪山藩の方々が贔屓にして頂いてる故でございます」


「御用商人を贔屓にするのは当然のことであろう。お主が居らねば我が藩が得られる税を銭に変えることすら出来ぬわ」


 どうやらあまり遅くなったわけではなく、まだ会話は始まったばかりらしい。


「いえいえ、それをご理解頂けぬ武家の方と言うのは思いの外多いのですよ。我々商人を便利な道具としか思っていらっしゃらない、そんな方々がね。我々は利益を与えて下さる方の下に集い、与えられた利益の一部をお返しするだけにございます」


「お? 悟能屋、コレはなんじゃ?」


「猪河様のお好きな、黄金色の菓子にございます」


 ……これは、贈収賄の現場だろうか?


「ほほぅ、黄金色の菓子とな……おおぅずしりと重い、コレは美味そうじゃ。悟能屋、お主も悪よのう」


「いえいえ、当然の気遣いでございますれば……」


 ……間違いなさそうだ。父上は名君の類だと思っていたのだが、商人から賄賂を取るような真似をしているとは思っても居なかった。


 立ち聞きの様になってしまったが、その結果仮にも人の上に立つ者に有るまじき行為を知ってしまえば、俺は自分自身を止められない。


 サラリーマン警察官だと思っていたのだが、どうやら自分で思う以上に俺には正義感というものが有ったらしい。


「父上! 見損ないました!」


 障子を音を立て開き、俺は声高にそう宣言した。

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