千二百三十九 民主主義の根幹は報道と教育にあると確信する事
「あー、ソレは西方大陸でも専制君主制の国では、割と良く聞く話デースねー」
ワイズマンシティへと転移し西海岸流侍道の稽古を受ける合間、一寸した休憩の際に火元国の直訴の禁止に関しての話をした所、トム師範がそんな感想を口にする。
どうやら専制君主制の国家では、何らかの陳情を上げる際には身近な上長へと話を上げ、ソレを更に上へと上げるかどうかは其の者の判断に委ねられる……と言うのが割と普遍的な取り決めの国が多い様で、そうした筋目を外した直訴は基本的に犯罪らしい。
火元国の様に正論だったとしても確定で死罪と言うのは割と稀だそうだが、決して聞かない話では無いそうだ。
対して向こうの世界の日本を知っている身としては制限的な物に思えるが、ソレでも一応は民主主義国家を名乗っているワイズマンシティではどの様な扱いかと言えば……
「ワイズマンシティの国籍を持たない留学生や、参政権を得るだけの税を納めて居ない二等市民には政治に口を出す権利は有りまセーン、一等市民ならば各政党の窓口に相応の献金を持って陳情に行くのデース」
と、何と言うか前世の日本よりも大分酷い金権政治が行われているらしい。
つかそもそもとしてこの都市国家で選挙権を得る為には、一定額の税金を納めるだけで無く軍に志願したりして、一定以上の貢献をワイズマンシティに対してする必要が有るのだ。
この都市で生まれたと言うだけで一等市民として認められる訳で無く、金持ちの子供として生まれたからと言って自動的に彼ないしは彼女が選挙権を得る事も無い。
軍役に志願しなければ成らないと成ると女性には圧倒的に不利に見える制度では有るが、ソコにはある程度配慮が有るそうで女性の志願兵は基本的に前線勤務に成る事は無く、市街地での警邏官等の治安任務に付く事に成ると言う。
ただ何故基本的に……なのかと言えば、女性の中にも精霊魔法学会の卒業生だったり、冒険者組合で一定の成果を上げて居たりすると、本人が前線勤務を望む場合があるからだ。
市議会議員選挙や市長選挙の被選挙権の要項には軍役の有無が明記されて居る訳では無いが、長いワイズマンシティの歴史の中で軍務に就いた事の無い者が市長に成った事は一度も無いと言う。
この世界の住人は常に魔物と言う脅威に晒され続けている訳で、軍務に就いた事が無いと言う事は魔物との戦いの矢面に一度も立った事が無いと言うのと同義である。
そしてワイズマンシティの市長には都市軍に対して強権的な命令を出す事が出来る権利が有る、ソレ故に軍の何たるかを知らない者の命令に従って国を守れるか! と言うのが大多数の一等市民の意見なのだそうだ。
無論、軍務以外の方法でも一等市民の立場を得る事が出来る制度が有る以上、法律上は軍務を経験していない者でも市長選挙に出馬する事は可能では有る。
けれども有権者である一等市民達が投票するかどうか……と言う点で、軍務経験者対軍務未経験者と言う構図に成った場合、今までの歴史では一度も未経験者が当選した事が無いと言うのは間違いの無い事実なのだ。
「ミーも一等市民の資格を得る為に三年軍務に就いて最前線勤務に志願した身として、戦いの場を知らない者に市長に成る権利は無いと思うネ。市議に成るにもこの国を守る現実を知っていて欲しいヨ」
ワイズマンシティは一定数の冒険者は定住しており魔物の被害も決して多い方とは言い難いが、立地としては世界の最西端の田舎町でもあり魔物を狩り尽くす程に冒険者が多いと言う訳でも無い。
そんな田舎町にも拘らず精霊魔法学会と、世界中からソコを目指してやってくる留学生と言う利権の塊は、近隣諸国に取っては喉から手が出る程に欲しい物で有り、同時に下手に怒らせれば自国が地図から消える危険な戦略兵器とも言える。
精霊魔法学会は軍とは別の組織では有るが、有事の際には市長の要請に従って戦力を提供すると言う取り決めが成されていると言う。
つまりワイズマンシティと言うのは、世界的に見れば辺境の小さな田舎の港街に過ぎないにも拘らず、留学生と言う金蔓が絶える事無く入って来る上に、下手な手出しをすれば手痛いどころでは無い報復が起こり得る……向こうの世界で言う核保有国の様な物な訳だ。
そう考えるとワイズマンシティに対して謀略を何度も仕掛けて来ていると言うニューマカロニア公国の公王は余程の阿呆なのか、それとも後ろ盾である南方大陸のマカロニア王国からせっつかれているのか。
いや……人と言うモノは得てして物事を自分基準で考えがちな生き物である、精霊魔法学会と言う特級の戦力を自分が手にしていたならば使わないと言う選択肢が無い、そう考えているからこそ他所に持たせて置くのが怖くて仕方ないと言う可能性も有るな。
その辺の事を考えると、ワイズマンシティの創始者で有り精霊魔法学会初代学長だった初代ワイズマン氏が、この都市国家の政治体制を民主主義国家としたのも理解出来る気がする。
恐らく初代学長は自分の子孫に限らず世襲で権力を持った者が腐敗したならば、学会の武力を使って大陸制覇とかそう言う危険な夢を見る可能性を危惧したんじゃなかろうか?
ソレに選挙権に制限を付けているのも、苦労して手に入れた物を大事にしない者は居らず、生まれながらに当たり前に持っている物だと有り難みが分からない……と言う様な事に成るのも想定していた様に思う。
俺がくたばる前の日本では若者の政治離れ……なんてのが問題視されていたし、選挙を繰り返す度に投票率が徐々に下がっていると言う様な話も聞いた覚えがある。
何の苦労も無くただ成人すれば選挙権を与えられるが、そもそも政治の仕組みやら何やらを義務教育で習った範囲の知識で判断する事等無理な話だ。
俺が若い頃に有った郵政改革を巡る解散総選挙の時なんか、国民が完全に報道に踊らされていた様に思う。
……公共の社会基盤なんてモノは、儲かるならば民間が勝手にやる筈なのだ、儲からないからこそ国家が税金を投入してでもやらにゃアカン物の筈である。
ソレを無理やり民営化した所で不採算部分を切り捨てる形での延命は行われるだろうが、何時かは何処かが破綻するのは考えるまでも無く解かる事だと思う。
実際、郵政よりも以前に分割民営化した国鉄は、採算が取れている地域の利益で不採算地域を支える構造だった筈が、分割して独立採算にした事で不採算地域の鉄道網はガタガタに成っていた覚えがある。
公共交通機関が細くなれば地方から人が減るのは当然の事で、出張で北海道へと行った際には、都市部は兎も角地方路線がガタガタに成り、その不便さから若い者は皆札幌へと出ていく……と言う話を耳にしたもんだ。
民主主義ってのは全ての有権者が君主足り得る知見を持っている事が前提……と言う極めて難しい政治体制で有り、ソレを十全に活かす為に必要なのは有権者と成る国民への万全な教育である。
……けれども日本の教職員って少なくとも俺が学生だった頃には、所謂『左巻き』の思想に染まった輩が決して少なく無かったからなぁ。
親父が自衛官だった俺や兄貴はその手の教師……いや狂師に目の敵にされたりもしたが、曾祖父さんが警察組織に伝手を持ち続けている事は地元じゃ割と有名だった事も有って、実害が出る程では無かったがね。
「ワイズマンシティの一等市民は精霊魔法学会か士官学校で、政治に関してもある程度の教育は受けて、その上で何処の政党が自分の考えに一番近いかを考えるんだ。ちなみにミーはポテ党でもシフ党でも無く、チョコミン党の支持者だヨ」
ワイズマンシティは現在ポテ党とシーフー党が二大政党と呼べる程の支持を集めて居るが、トム師範が支持している様な小政党が全く無い訳では無く、市長選挙には絡まない物の市議会議員は何人か居ると言う。
……と、そこまで聞いて思ったのだが、ワイズマンシティの一級市民の割合ってどれ位なんだろう?
下手すると古代ローマとかで行われていた原始的な民主主義と同程度しか有権者が居ないとか言うオチだったりするんじゃね?
まぁソレくらい有権者の質が高ければ少なくとも衆愚政治に陥る可能性は低いと言えるかもしれない。
そんな感想を抱きながら、俺達は休憩を終え稽古の続きを始めるのだった。




