千二百三十六 放る物と牛タンを食らいすき焼きを考える事
肉の焼ける香りと滴り落ちた脂が焦げる匂いが充満した店内には、給仕の女性以外に女性の姿は無く、客は男性しか居ない。
火元国において外食は基本的に贅沢な行為で有り、同時に武家の子弟にとっては旅先以外での外食は『自分は自炊も出来ない間抜けです』と喧伝している行為として忌避される文化が有る。
貧乏長屋等と呼ばれる様な場所に住む町人階級の者だと、火事を避ける為に火の使用自体に規制が有るが故に、長屋で共用する飯炊き用の竈で朝の内に一日分の飯を炊く以外に火を使わず、おかず何かは煮売屋と呼ばれる惣菜屋で買うのが普通だ。
この辺は田畑を継ぐ事が出来ない農村の次男坊三男坊何かが、一旗揚げる為に江戸へと出て来る者が多く、男女比率が奇怪しな事に成っている為に料理一つまともに出来ない男が多いと言うのも原因には成るだろう。
武家の子弟の場合には、戦場で自分の飯の支度も満足に出来ない様では、まともな戦力として数えるのは難しい……と言う様な思想が此方の世界には有る為、料理は立派な武芸の一つとして数えられており出来て当然と言う風潮が有る。
其の為、誰かに招かれ仕方無く……と言う体を装いお忍び姿で出掛けるか、もしくは『この見世は我が家が後援している』と言う様な関係性を誇示する目的以外での外食は基本的に憚られるのが普通なのだ。
同様に女性の外食も『私は料理が出来ないズボラな女です』と喧伝している様なモノ……と言う感じで忌避されると言う。
江戸と言えば蕎麦と言うのは前世の世界でも今生の世界でも同様で、拉麺屋や焼き肉屋何かが普通に有る江戸市街地でも一番多いのは蕎麦屋なのだが、担ぎ屋台で外営業をしている様な見世なら兎も角、女性が見世に入れば不良娘扱い間違い無しだそうだ。
向こうの世界でも家族連れならば兎も角、女性が一人で焼肉屋だの拉麺屋だの牛丼屋だのに入るのは、割と障害物が高いとか聞いた事が有る。
まぁその辺も女性の社会進出に合わせてか、俺がくたばる前辺りだと大分雰囲気が変わって居た……とか聞いた覚えは有るが、結局の所『男は外で働くから外食しても仕方が無い』と言う様な社会構造の問題だったんじゃないだろうか?
あと焼き肉に関しては単純に『服に匂いが付く』と言うのも原因の一つだろうがね。
「おし焼けて来たな……頂きます!」
炭火の入った七輪に乗せられた網の上で焼かれる放る物と牛タンに火が通って来たのを見計らい、俺は合掌しそう口に出してから一礼して麦飯の入った茶碗と箸を手に取る。
夕飯は放る物と牛タンに麦酒じゃなかったのかって? そりゃ空きっ腹に酒はアカンでしょ。
恐らくは前世の身体より肝臓が強いとは思うのだが、ソレにしたって未だ身体の出来上がって居ないガキなのだ、胃袋に余裕が無いなら兎も角食えるなら食ってから飲んだ方が多少はマシな筈だ。
と言う訳で、先ずは飯と肉を鱈腹食って一心地付いてから麦酒を頼む事にした訳である。
……にしても前にお祖父様と一緒に来たこの見世の放お物は本当に美味い、味噌ダレに漬け込んだモツの脂は炭火で焼くと程よい加減に溶け落ちて、火が通った物を飯の上に乗せて一緒に頬張ればソレだけで御馳走言える程の味わいが口の中に広がるのだ。
濃い味付けの味噌放る物と一緒に牛タン塩を食べるのでは、タン塩が負けてしまうかと思えばそんな事も無い。
ここの牛タン塩は程よく効いた塩加減ながらに、味噌放る物を食った直後でも負けない位に、しっかりとした脂と赤身の旨味が濃縮されて居るのだ。
前世にもネギ塩牛タンは好物の一つであり、焼肉屋に行けば必ず注文する品物の一つだったが、ここのコレは少なくとも俺が住んでいた千薔薇木県にも有った全国チェーンの比較的お安い価格帯の店とは比べ物に成らない程の美味である。
都内に出張へと出た際に何度か行った高級焼肉店のソレ、或いは仙台まで出掛けて食べた有名店の牛タン焼きと同等級の肉質なのではなかろうか?
此方の世界は向こうの世界と違ってソコまで品種改良だの、生育技術だのは発展していない筈なんだが……強けりゃ強い程に美味いと言う魔物肉だけでなく、家畜の類もなんだかんだで格が高いんだよなぁ。
恐らくは家畜と言えども先祖にそこそこ格の高い魔物の血が入って居たりするのでは無いだろうか?
今日、京の都に住んでいるお祖母様の所に持って行った黄金牛なんかはその代表格とも言える存在で、野生のソレは下手に高レベルの冒険者が徒党を組んで戦った場合には死者が出る事も有る様な相手なのだ。
けれども黄金牛自体は然程獰猛な魔物では無く、今日俺が一つ鬼に対して行った様に、確実な対処方法を実践する事で然程の危険を犯す事も無く屠殺する事も出来る相手でもある。
そうした技術が有るが故に黄金牛は魔物で有りながら通常の家畜同様に、繁殖させ肥育し屠殺する……と言う流れが現地では出来ているそうな。
火元国でも特に酪農に関して発展していると言う千田院藩でも、国内は勿論、外つ国からもそうした味が良くソレで居て飼いやすい魔物を導入しようと言う動きが全く無い訳では無いらしいが、今の所は上手く行っていないらしい。
まぁ今育てている和牛? っぽい牛でも十分美味いと思うのだが、黄金牛の様に上には上が有ると言うのを知ってしまうと、ソレを手に入れたいと考えるのは人間の性と言う物だろう。
ましてや此方の世界は向こうの世界と違って著作権やら特許やらの概念すら怪しい世界だ、他所からそうした魔物を直接輸入しようとする試みは何度も繰り返されている筈である。
にも拘らず上手く行って居ないのは、環境の違いとか育成のノウハウが上手く移転出来ていないとか……その辺に理由が有るのだろうか?
「すみません、放る物四人前と牛タン四人前と……あと良く冷えた麦酒を下さい。それと……千田院では外つ国の牛とか仕入れて育てるとかそー言う話って無いんですかね?」
大きな拉麺用と思わしき丼に日本の昔話を題材にした漫画動画なんかで見たような、てんこ盛りにした麦飯を食い尽くした俺は、肉のお代わりと今度は飯では無く麦酒を頼む事にする。
ついでに町の噂程度でも、そうした海外産の良い肉牛を仕入れるとかそう言う話が無いかを尋ねて見た。
「えっと……おらがまだ生まれる前ながら詳しくはしんねぁーけれど、三代前の御殿様が上様と外つ国さ行ったときに、美味しい牛肉食ったがら千田院でべご育でるようになったと聞いでるね、ほんではお代わりは直ぐにおたがぎします」
三代前の御殿様の頃……って事は千田院の畜産業って未だ百年も歴史が無いのか。
でも考えて見れば、向こうの世界で和食の代表として上げられる『寿司』『天ぷら』『すき焼き』も、天ぷらは最低でも戦国時代まで歴史を遡れるが、寿司は江戸時代中期、すき焼きに至っては現在の形に成ったのは昭和に入ってからだと聞いた覚えがある。
いやすき焼きの原点とか諸説あるのは知っている、江戸時代辺りに農村部の貧しい農民が農具で有る鋤を鉄板代わりにして肉を焼いて食って居たのが原点だ……なんて説も有った筈だ。
けれども大々的に『すき焼き』とか『すき煮』とか言われる今現在の形に成ったのは、明治維新後に成って東京で流行った『牛鍋』が原点だと言う話も有った筈である。
どちらにせよ薬食等とと呼ばれる様な形で病気なんかの際に滋養を付ける為、と言う様な理由付け無しでは明治維新までは肉を食うのは基本的に憚られて居たのは間違い無く、百獣屋と呼ばれる見世以外では食べる事は出来なかったと聞く。
ちなみに馬肉を桜、鶏肉を柏、猪肉を牡丹、鹿肉を紅葉、兎肉は月夜と……どっかで聞き覚えの有る隠語が用いられて居たのは、飽く迄も表向きは肉食では無く薬を煎じて居る……と言う言い訳の為だと聞いた覚えが有る。
特に肉食が忌避されて居る訳でも無い此方の世界でも同じ隠語で牡丹鍋とか出して居る見世が有るのは、多分向こうの世界から此方へ来た者の影響だったりするんだろう。
兎角、歴史然程歴史的には深いとは言い難いすき焼きやトンカツなんかが、和食の代表格の様に扱われている辺り、大事なのは歴史の長さでは無く如何に大衆に受け入れられているか……と言う事なんだろうな。
「はい、はい、お代わりおまだせした。あと麦酒です飲み過ぎねぇよにな」
と、そんな事を考えている間に給仕の女性が。放る物と牛タンが乗った皿と麦酒が入った木の盃を運んで来たので、俺は思考を中断し肉を焼き麦酒を味わうのに集中するのだった。




