千二百三十三 京の都の戦場を見て鬼切り者の稼ぎを考える事
京の都の西、桂川と呼ばれる川を挟んだ先の大枠では未だ京の都の範疇で有り、地元民からすれば京の都の外で有る外京と呼ばれる地域の一角にある町中に鬱蒼と茂った森……ソコこそが首縊り神社である。
恐らくはここが未だ真っ当な神社だった頃には鎮守の森とか呼ばれた神域だったのだろうが、今では鬼や妖怪が跳梁跋扈する戦場だ。
向こうの世界ならばこの先は危険だと分かり易い様に金網の壁なんかで仕切られているであろう場所だが、パッと見る限りでは周囲に石畳の道路を一本挟んで直ぐに建物が有る極々普通の町の中の森でしか無い。
こんな場所ならば何処から鬼やら妖怪やらが漏れ出ても不思議は無いが、ソコは火元国の術者達を取り纏める陰陽寮の御膝元、しっかりと結界を周囲に張り巡らせる事で、内部の圧力が結界の限界を超えない限りは鬼達が外へと出てくる事は無いと言う。
そんな森の一角に有る灰色の石材で出来た所々に緑色の苔むした鳥居が、外界と戦場を隔てる唯一無二の出入り口である。
「御無礼致す、御役目に拠り誰何させて頂く、鬼切り手形或いは冒険者組合の組合員証を御提示頂こう」
大薙刀に胴丸鎧を纏い頭には兜では無く烏帽子を被った武士とは少々装いの趣は違うが、武に生きる役人であると思わしき者……恐らくは検非違使と呼ばれる京の都の警備を担う御公家さんだろう者達が鳥居の前に屯し警備をしていた。
「お勤めご苦労さまです、手形改めですね。はい、コレでお願いします」
前世の世界だと『ご苦労さま』と言う言葉は目上の者が目下の者を労う時に使う言葉で、同輩や目上に対して使うのは失礼に当たる……何ていう商売慣習を、当たり前の様に振りかざしている者が偶に居たが、コレは別段失礼でも何でも無い。
コレが失礼に当たるならばソレこそ、刑務所でお勤めを果たして出てくる暴力団員に対して、出迎えの若い衆が『兄貴、お勤めご苦労さまで御座んした』なんて台詞を吐けばその場でボコボコにされなきゃ奇怪しいと言う話になる。
無論、世間と暴力団の世界では常識が違う……なんて言う事は多々有るだろうが、コレに関してはどっかのエセマナー講師が提唱したのがいつの間にか定着してしまった……と言うパターンなのだと思う。
「……確認が取れました、江戸からわざわざ遠征で、しかも彼の猪山は猪川家の御子弟とあらば中層まで向かわれるのでしょうが、つい先日『名有りの権兵衛』は討伐されています故に、拝殿への関門は無い状態です。くれぐれも深入りせぬ様ご注意を」
江戸州だと割と広い範囲に無数の戦場が有る為か、一つひとつの戦場にこうして門番を立たせるような事はしてないし、討伐報酬の支払いなんかも基本的には鬼切り奉行所へとこっちから出向いて精算するのが普通だ。
けれども京の都の場合は江戸の市街地とほぼ同じ程度の広さの中に七しか戦場が無い……と言う特殊な立地からか、各戦場の入口にこうして守備隊を置いて、彼等が入る際の受付と、出る際には精算を行ってくれるらしい。
外つ国だと大概は江戸州と同じ様に、討伐報酬の精算は冒険者組合の事務所へと出向いて精算して貰う場所が大半なので、火元国の外から来る冒険者は京の都の子の制度に割と驚くんだとか……
兎角、そんな感じで受付を済ませた俺は、早速四煌戌の背に跨がり左肩に焔羽姫を乗せた状態で石の鳥居を潜り戦場へと足を踏み入れる。
外からはただの森にしか見えなかったが中へと入ると外から見た以上に広い空間に、赤、青、白、黒、黄の五色に染め上げられた鳥居が乱立するとても奇妙な光景が広がって居た。
一応、事前にお祖母様に聞いた話の他に、京の都の本屋で売っていた虎の巻も買い入れソレを読んだ事で、その鳥居がどういう機能を持っていているかは分かっている。
この神社の境内は空間が歪みに歪んでおり、真っ直ぐ先に見えている本殿へそのまま進もうとしても、鳥居をくぐった時点で別の場所へと飛ばされる様に成っているらしい。
其の為、先へと進もうと思えば正しい順番で五色の鳥居を潜って転移を繰り返さなければ成らないのだ。
更に厄介なのはその順番が季節に寄って変化すると言う事で、間違えた鳥居を潜ると入口に戻されるのは未だ良い方で、通称『お仕置き部屋』と呼ばれる無数の鬼や妖怪が溜まっている空間へ転移したりする事も有ると言う。
中には確定で『妖怪宝箱』が居る空間に転移出来る順番も有ったりするらしいが、ソレは残念ながら虎の巻には記されて居なかった。
それ相応の実力が有る鬼切り者や冒険者ならば、わざとお仕置き部屋へ入って討伐報酬と素材美味しいです、なんて真似をする事も出来るそうだが浅層でソレをやっても今の俺ではただの虐殺でしか無く、実入りも殆ど無いので回避安定だ。
正しい道順と確定でお仕置き部屋へ行く道順に関しては、虎の巻にきっちり記載されて居る辺り、宝箱への道順は誰しもが分かったとしても秘匿して居るのだろう。
まぁ宝箱の中身は基本的に近隣の戦場で亡くなった人の遺品なので、引きが良ければ各地の戦場で深層部に至った様な強者が残した武具や素材なんかが手に入る事も有るが、引きが悪けりゃ初陣の小僧っ子が身に着けて居た様な中古の安物が出る事も有る。
他にも何時ぞや俺が巻き込まれた様に、名の有る御家の者の遺品とも成ればソレをどんな手を使ってでも取り戻したい、或いは何等かの謀略の為に手に入れたい……なんて案件も有るだろうし、宝箱を手に入れるのも良し悪しなのだと思う。
……お忠が入って居た様に宝箱の中に人間が入っている、なんてのは流石に希少案件だろうけどな!
そう言う意味でもド素人でも買う事の出来る虎の巻には、宝箱へと至る道順は書かれて居ないのではないかと推測出来るが、推測は飽く迄も推測で有って憶測の域を出る事は無い。
どちらにせよ答えが分かっている訳では無いし、当たり外れの有る宝箱を狙ってわざわざ試行錯誤するのも俺にとっては時間の無駄だろう。
今日は飽く迄もコレから暫くの間の稼ぎと経験を積む場として、京の都の戦場に軽く一当てするのが目的だ。
ただ入った時点で既に気が付いたが、流石は京の都の中でも初心者向けとされて居る戦場の浅層部だけ有って、俺よりも幼い子供が小鬼なんかを狩っている姿が、ここからでも両手の指で数え切れない程に目に入る。
小鬼と一口に言っても実の所は一種類の鬼と言う訳では無く、赤鬼だったり青鬼だったり緑色の肌をした所謂『ゴブリン』だったり……と、その地域や戦場に依って特色の有る姿をしているものだ。
ただそうした者達が小鬼と一括りにされるのは、大体体格が人間の子供と同じ程度かソレより少し大きい位の種族で、尚且つ『角』以外に有用な部位が全く無いと言う共通点が有るからである。
小鬼よりも弱いとされる犬鬼ですら、毛皮はそれ相応に価値を見出されて居るが故に小鬼とは別種の魔物として扱われるが、角の効能や価値は小鬼と全く変わりは無い。
弱いからか其れ共素材にそれなりの価値が有るが故に、高い討伐報酬を掛けずとも勝手に狩られるからか、火元国に出現する鬼に区分される魔物の中では犬鬼の討伐報酬が最も安く、その額たったの四文である。
まぁ討伐報酬なんてモノは、鬼切り者や冒険者にとっては刺し身のツマの様なモノで、本命は飽く迄も素材や食材になる部位を剥ぎ取って買い取って貰う事で得られる収入だ。
けれどもソレだけだと小鬼の様に角以外に何ら価値の無い魔物は狩る価値が無い……と放置される事になるが故に、間引きを進める必要性から比較的高目の討伐報酬が設定されて居ると言う訳である。
ちなみに小鬼の討伐報酬は一朱に設定されており文銭換算で二百五十文だと言うのだから、その差は可也大きいと言えるだろう。
……まぁ犬鬼を毛皮に傷を残さない様に綺麗に倒した場合には、一匹で一朱を越える買い値が付く事もまま有る事を考えれば、犬鬼を丁寧に狩るのと小鬼を乱獲する手間の差をどう考えるかと言う問題に成ってくる。
組み討ちやら絞め技何かを駆使して綺麗に仕留める自信が有るならば、犬鬼を狩る方が儲けが出るだろう。
なお犬鬼の毛皮は主に防寒具の材料としての需要は相応に有るが、防具の素材としては貧弱過ぎて子供向けの革鎧にすら成らないらしい。
ソレだけの手間を掛けるくらいならば、ソレこそ無尽蔵に湧き出る様に出てくる小鬼をズンバラリンと乱斬りした方が収入と言う面だけ見れば楽と言えば楽かもしれないな。
そんな事を考えながら、俺はその思考の通りに小鬼を只管倒して稼いで居るであろう元服前の子供達の邪魔に成らない様に注意しながら、虎の巻に従って中層へと向かうのだった。




