千二百三十二 命が惜しければ事前の情報収集は欠かせぬ事
京の都の周辺に有る戦場は全部で七つ、江戸州の場合一つの戦場の中で大きく難易度が変わる様な場所は余り無いが、京の都の戦場は何処も深く潜る程に難易度が増して行くと言う。
そんな中でも浅層部の難易度が比較的低い順に番付は作られており、京の都周辺に住む者が若いウチに初陣を済ませる目的で潜る場所の定番なんてのはハッキリとしているらしい。
七つの戦場は難易度が低い順に『首縊り神社』『大鳳殿』『鬼塚の塔』『骨重山』『京下流水道』『紅蓮洞』『無縁塚古墳群』と言う感じである。
首縊り神社や大鳳殿に鬼塚の塔辺りは完全に人工の建造物だし、何なら首縊り神社は完全に神仙に絡む場所だと思うのだが……何処も戦国と呼ばれた時代以前から鬼やら妖怪やらが出る伝統的な戦場だと言うのだから仕方がない。
一応、何処の戦場にもどうしてそうなったのか……と言う起源を記した書物なんかは京の都で読み書き算盤を学ぶ際には、必ずと言って良い程に読み聞かせはさせられるらしい。
最も難易度が低いとされ子供達の初陣の場として定番の首縊り神社は、その名の通り遥か昔は真っ当な神社だったのだが、其処で祀られていた神様が過労と心労の末に社の張りに縄を掛け首を縊って亡くなったのだそうだ。
その際に溢れ出した怨念故か、鬼やら妖怪やらが出現する為の『穴』が空いた事で、神社の境内は勿論、周辺にまで魔物が現れる様に成ったと言う。
陰陽寮の術者や神仙ですらもその穴を完全に塞ぐ事は出来ないらしく、今では戦場として区切った上で空間を湾曲させる様な術を用いて、中の鬼達が外へ溢れ出ない様に間引きをしているのが現状なのだそうだ。
……そしてその最奥には、首を縊り命を絶った神の亡骸が魔物と化したモノが居ると言い伝えられて居るが、ソコまで辿り着いた者は殆ど居ないし、居ても生きて帰って来た者は更に少ないらしい。
そうして戻って来た者も、ソコで見たモノに関しては『恐ろしいモノを見た、アレは触れては成らないモノだ』と口を揃えて言うだけで、その詳細は今の所不明だと言う。
仮の名として『大妖:首縊り』と言う名称と討伐報酬六千両と言う数字は定められては居るモノの、ソレが布告されてから既に千年近くが経っているらしいので、そうそう討ち取られる事は無いだろうが『俺が討伐する!』と言う気概も今の所は無い。
出て来て大暴れする類ならば兎も角、完全に戦場の最奥に引き籠もって居るだけの無害とも言える存在を、危険を犯してまで討ち取る程に名誉欲も金銭欲も無いと言えば無いのだ。
比較的浅い領域に居るのは小鬼や鬼童子と呼ばれる雑魚の類に、小稲荷狐に化け狢と言った変化の類、危険といえるのは俺が向こうの世界へと飛ばされる切っ掛けにも成った山姥くらいだろう。
まぁ話を聞く限り、俺が以前戦った山姥と首縊り神社に出現する山姥では、明らかに大きさが違う様なので多分あの時戦ったのは特殊個体とかだったんだと想定出来る。
ソレでも山姥は義二郎兄上を軽く上回る巨体らしいので、重量が有りゃ当然攻撃力も強くなるので、浅層に出る魔物と言えども侮って良い相手では無い。
「一つ鬼や風車が出てくる中層辺りまでなら、今の貴方なら十分に戦いじゃぁ無く狩りになるでしょうね。それよりも奥へと行こうとすれば門番を倒さなきゃ成らないけれども……まぁ多分勝てはするわ」
中層を超え深層部『拝殿』に入る為には、境内を守る門番と呼ばれる類の魔物を倒さなければ成らないと言う。
この手の特定の領域を守る電子遊戯なんかで言う『中ボス』は、一度倒されると早いモノで二ヶ月、遅いモノだと一年は出現しない様になるが、ある程度期間を置くと復活するのが常らしい。
ちなみに首縊り神社に出現する門番は『名有りの権兵衛』と言う名前持ちで、元々は首縊り神社で祀られて居た神様の眷属だった霊狐だったと言う。
しかし主君の自殺に巻き込まれたのか、其れ共主君と道を共にする為に後追いを図ったのか、兎角真っ当な生命活動を止め完全に妖の類に堕ちたらしい。
元神の使いとは言え、既に世界樹との接続は切れて居るそうで、神仙の術やら聖歌やらを使う様な事はなく、その身に宿した怨嗟の炎を撒き散らす三尾の化け狐は、ソレを討伐出来れば京の都では一人前……と言う目安にも成っているそうだ。
但し件の妖狐を倒したからと調子に乗って拝殿へと上がり込めば、深層部に相応しい協力な化け物達のお出迎えが有り、多くの若武者が帰らぬ人と成っていると言う。
「深層部へ一人で行くのは正直自殺行為よ、彼処は出現する鬼や妖怪の強さもそうだけれども、ソレ以上に多くの罠が待ち受けて居るわ。私も若い頃に旦那様と一緒に踏み込んだ事が有るけれど、危うくあの場で討ち死にする可能性も有ったもの」
お祖父様は火元国……いや世界でも上から数えた方が早いであろう使い手で有り、大概の鬼や妖怪には負けない剛の者だ。
そんなお祖父様が若い頃の未熟な時期とは言え、命からがら逃げ出すしか無かったと言うのであれば、その危険性は想像を絶するに値するモノが有る。
「でもだからこそ、ソコで手に入る素材なんかを求めて、外つ国の冒険者まで海を渡ってやってくるんですけれどもね」
京の都周辺に有る七つの戦場は、浅層中層くらいまでに出現する鬼や妖怪は、一部の名有りを除いて他の土地でも場所に寄っては出現する事も有るし、銭でその素材を手に入れる事も決して不可能では無い。
けれども深層部に出現する魔物の多くは京の都特有のとも言える存在で有り、ソコで取れる素材の大半はべらぼうな値付けをされた上で、主に北方大陸の錬玉術師達が買い求めるのだそうだ。
なお名有りの権兵衛の様な復活する魔物は、基本的に素材を剥ぎ取る事は出来ないが、討伐する事で他の鬼や妖怪が出現する頻度が下がるそうで、戦場から魔物が溢れ出ない為にも積極的に討伐される様に割と高めの討伐報酬が設定されて居るらしい。
そして得られるのは討伐報酬だけでなく、極々稀にでは有るが倒した後に『妖怪宝箱』が出現する事があり、その中には大概は権兵衛ゆかりのモノと思われる武具の類が入っている事が有るのだと言う。
どういう理屈でソレが出てくるのかは全く解明されては居ないが、世界に一点しか無いモノと言う訳では無いが、ソレでも希少品である事に間違いは無い為に、復活する時期には多くの冒険者や鬼切り者が我先に……と討伐を目指すのだそうだ。
今の所確認されて居るのは『犬神の大薙刀』『火振の鉾』と呼称される二本の武器と、『火狐の革鎧』に『水無の具足』と呼ばれる防具二種らしい。
其れ等の武具の他にも『茶碗』やら『花入れ』やらの茶道具なんかが入っている事も有る上に、そうした物も流す所に流せば最低でも数十両、希少品と鑑定されたならば下手をすれば千両箱を積み上げて買い取り……なんて事も有り得ると言う。
「まぁ流石にソコまでの品物が出るのは、私が知っている限りでは二回、多分私が知恵ある獣になる前の話まで含めても、そうそう多くは無いでしょうね」
ソレでも千両超えの品物を手に入れる事が出来る可能性が有るならば、多くの冒険者や鬼切り者が命を掛けて挑む理由には十分である。
前世の感覚だと一億円は確かに大金ではあるが、平均的な生涯年収が二億少々だった筈なので、ソレだけだと一生遊んで暮らすには少々足りない額面だ。
けれどもこちらの世界の場合、食費が贅沢をしなければ向こうの世界よりも圧倒的に安い為、千両も有れば町民階級の者が夫婦と子供二人で慎ましく暮らす分には十分に足りる額面だったりする。
……百両盗めば死罪と言う法律も有ったりする辺り、やはり金銭的な価値観や命の値段と言う意味では、向こうの世界とは大分ズレて居るんだろうな。
ただ……同じ様に命懸けの仕事である蟹の遠洋漁船が年収六百万~千五百万程度だと言う話も有ったので、同じ命懸けの一攫千金ならばこちらの世界の方が割が良いのでは無いか? と思わなくも無い。
死亡率や大怪我をする確率何かを考えれば、まず間違い無くこっちの世界の方が過酷なんだろうけどね。
「詳しい話を有難うございます、転移を覚えて行き来が簡単に成ったので、また折を見て顔を出しますね」
と、そんな話を聞いて、俺は取り敢えずは首縊り神社中層の最奥である境内まで向かう事を決め、お祖母様の屋敷を後にするのだった。




