千二百二十三 志七郎、友人の相手を知り色々と思う所有る事
「なんじゃこりゃぁ!?」
新しいノートPCに保存されて居た『私達結婚しました』等と言う文言の書かれた年賀状用の写真を見て、俺は思わずそんな言葉を声を大にして叫んでしまった。
芝右衛門の方はまぁ良い……若い娘さんを捕まえたと言う事に思う所が無い訳では無いが、本吉が好む様な事案な女性と言う訳では無いので自由恋愛の範疇だろう、問題はもう一人の方だ。
あの『つるぺたすとん』を至上と身内の間では公言して居た本吉が、前世に何処かで見た覚えの有る……恐らくは何処かの合同捜査本部に出向した際に会ったであろう凛々しい系の美人さんと一緒に写って居る写真が入って居たのである。
直接会話をした記憶までは無いので何処の所属だったかは解らんが、制服組では無かったと思うので恐らくは何処かの所轄から出向して来た遣り手の刑事だったのだろう。
そんな人物があの本吉と接点を持った理由が想像出来ず一寸……いや大分……可也……とんでもなく驚いたのだ。
でもまぁアレも向こうの世界では時折出現すると言う魔物を狩る事を、悟りを得る為の修行の一環としていた退魔僧と言う生き方をして居たらしいし、そっち側で何等かの出会いが有ったのかも知れないな。
とは言え……写真に写った二人の表情を見れば、此れは本吉の方から迫ったのでは無く、彼女の方から捕食したのだろうと言う事は何と無く想像が付いた。
笑顔の中に見える目元が可愛らしい家猫と言うよりは世間を逞しく生き抜く野良猫……もっと言ってしまえば虎や獅子辺りの大型肉食獣を思わせる、肉食系の其れを思わせる鋭さを隠しきれて居ないのだ。
俺の想像通り彼女が刑事だと言うのであれば、その職業柄荒事に通じるのは当然と言えば当然の事だし、パッと見た感じ俺の享年に近い位の年頃に見えるので婚活的な意味で焦りを感じ肉食化した可能性は十分に有る。
晩婚化が進んでいた向こうの世界の日本だが、子供を儲けようと思えばどうしたって生物学的な年齢の縛りと言う物から逃れる事は出来ない。
『命短し恋せよ乙女』とは良く言った物で、母体が健康に子供を産める年齢は本当に限られた期間の間でしか無く、男女平等論に嵌まってその期間を浪費し、振り返って見れば婚活市場に自分の価値は残されていなかった……なんて話は割と良く有る事だ。
個人的には男女の間に能力的な差が有る以上は役割分担が行われるのは、当然の事と受け入れた上で公の場では公平公正に扱うべきだと思う。
ただ……俺の所属して居た捜査四課でも、性犯罪に関わる案件だと女性の意見を丸呑みしてしまう事が割と多く有った。
此れは俺自身反省しなければ成らない事だと思うし、検察や裁判所も何考えてんだと思う事なのだが、事性犯罪に限っては物証よりも証言に重きを置きすぎる案件が多々有ったのだ。
捜査四課が絡む時点で犯人が暴力団員か若しくは被害者が暴力団員の情婦なので、暴力団同士の抗争に巻き込まれた女性と言う立場の場合が多く、嘘を吐いてハメる様な危険な真似はしないと言う前提で捜査して居た部分が無いとは断言出来ない。
暴力団の争いの中で自分の情婦を使って相手の組員を誑し込ませて、其れを理由にケジメを取る……等と言う美人局的手法は割と典型的な手段の一つだが、そうした行為の場合には基本的に警察に話が来る事は無いのだ。
自分の情婦が性犯罪の被害に遭って、其れを自分でケジメを取らずに警察に丸投げする様な者は、暴力団の社会では『腰抜け』や『腑抜け』扱いされ、後々の生活にすら支障を来たす事に成る。
つまり警察が介入して居る時点で、何等かの理由でその女性を守る、若しくは利用していた筈の男がケジメを取る事が出来ない状態に成っていると言う事だ。
それ故に警察に嘘を吐いて誰かを嵌めたとしても、其奴自身が刑期を終えて出て来た時に、自分を嵌めた女を許すだろうか?
もっと言ってしまえば嵌められたのが下っ端ならばまだしも、ある程度人を動かせる立場の者で有れば、兄貴分が嵌められたケジメを取る……と動く可能性は決して少なく無い。
故に暴力団員に性的暴行を受けた……なんて事を言う女性が居たとしたら、警察側としては一定期間は身辺警護をする必要も出て来たりもするので、本来ならばしっかりと裏取りをするべきだったんだよなぁ。
けれども警察全体に漂っていた『性犯罪は疑わしきは罰する』と言う空気感の影響を、俺も知らないウチに受けて居たのか、そうした案件に関してはこうして思い返すまで疑問にすら思っていなかったのだ。
まぁ、所属していた署の所轄では、少なくとも俺が配属されてからそうした案件が起こった事は無いので、直接問題が有った訳では無いけれども……うん自省しなければ。
それにしても……本吉の相手に目玉が飛び出る程に驚いた所為で今一つ衝撃度に欠けるが、芝右衛門の相手も中々に以外と言えば以外だったな。
彼奴は若い頃から一貫して母性が溢れた体型の女性が好みで、猫喫茶を継いでからも店で働く時間労働者の女性も胸で選んだだろ!? と言いたく成るような娘さんだった。
にも拘らず、今回の写真に写っている女性は胸元の開いた婚礼衣装姿を見る限り、比較的慎ましやかな体型の様に見える。
要するに何方も性的嗜好と結婚相手は必ずしも一致しないと言う事なのだろう。
『美人は三日で飽きて、不細工も三日で慣れる』なんて言葉も有る通り、結婚に置いて重要なのは見目よりも内面の相性だと言う事である。
……とは言え相手を性的に見る事が出来なければ家族計画にも支障が出る訳だし、其処はまぁ難しい所だろうな。
今は未だそう言う視線でお連を見る事は出来ないが、彼女がもう少し成長し出る所が出て来たら、一緒の布団で寝る様な真似は難しいだろう。
いや此れは誤魔化しだな、今の時点で既にお連に対してそう言う興味を持ってしまって居るから、毎晩の様に便所にノートPCを持ち込む羽目に成っているのだ。
でもだからと言って彼女の純潔を奪う様な真似をするのは流石に早すぎる。
例え其れが紗蘭に提案した儲け話の商品が手元に届いて居たとしても……だ。
と、ノートPCに保存されていた写真を見て居てふと気がついたのだが、此の新しい方のノートPCにはどうやら写真や動画を取る事の出来る受像機が内臓されて居るらしい。
「お連、一寸此方に来て此処を見てくれるか?」
仕事で使う事が有った割には電子計算機に疎い俺では、直ぐに写真や動画の撮影をする為の操作をする事が出来なかったが、少しの時間色々と弄った結果其れらしい画面が起動したのでお連を呼ぶ。
「はい? お前様どうなさいました?」
既に寝る支度を整えていたお連は髪を解き白い襦袢だけの姿だったが、現実の幼女に手を出す事は無いと言って居た本吉を信じて置く事にする。
「え? 此れ鏡ですか? 連達が映ってますよ!?」
画面の中に居る自分の姿を見て驚く彼女と、そんな彼女に対して微笑を浮かべている自分。
彼女の肩に手を置いて二人の顔がはっきりと写る様に立ち位置を調整し、マウスで撮影ボタンを押す。
パシャリと言う電子合成された音が鳴り響き、俺達二人の姿がノートPCの中に電子情報として記録されたのを確認する。
「うん、よく撮れている。此れは写真を取る事も出来るんだ。お連と俺の姿を遠い世界に居る友人達にも見せたくてね」
その姿を切り取った一枚を俺は記録媒体に入れて紗蘭に託し、向こうの世界へと届けて貰おうと思ったのだ。
「え!? そんな大事な事ならこんなだらしの無い格好じゃなくて、もっときっちりした姿で撮って欲しかったです!」
幼くとも女は女と言う事か、お連は自身の胸元を隠す様に両手を交差させると、一歩下がってから俺に対してそんな抗議の声を上げたのだった。




