千二百十八 志七郎、叱られ犯罪組織に付いて知る事
「あーた! 本当に阿呆じゃないの! 此の街でそんな物見せびらかして歩いたら、犯罪組織連中に襲ってくれって言ってる様な物でがしょ!」
なんとかかんとか荷物も無事にワイズマンシティの冒険者組合の転移室へと、要石転移の魔法で戻る事に成功した俺は、組合から比較的近い所に有る足下屋へと土産を届けにやって来た。
すると番頭さんが慌てて店主を呼び、店主が開口一番そんな言葉を口にする。
酷い塩害の所為で極々限られた農作物すら限りなく少量しか栽培する事の出来ないワイズマンシティに置いて、干し野菜や乾燥果物なんかはある程度輸入品が入って来るが、生の野菜や果物は超が付く高級品だと言う。
「ウチも火元国から来ている人が年末辺りにはどーしても欲しいって言うから、鏡餅と一緒に蜜柑は火元国から転移魔法で輸入してるけど、ソレだって可也のお代を頂戴してるのよ? 生の果物なんて此処じゃぁ金貨積み上げて買う物なんだから!」
そう言う足下屋の店主は性別は男性では有るが性自認は女性で、尚且つ性転換施術の様な物は受けていないので所謂オカマである。
俺が生きていた頃の日本では医術としての性転換は可能では有ったが、保険適用が無く莫大な費用が必要となる物だったし、そもそもとして其れを行う為には性同一性障害として精神科医の診断が必要だった様に思う。
その為、国内で手術するよりも渡航費用も含めて安上がりで済むモロッコやタイでの手術が好まれた……と言うのは、某ニ丁目のBARで飲んだ時に聞いた話だ。
向こうの世界と比べ医療技術の発展が大分遅れて居ると言って間違いない此の世界で、外科的手法で性転換を行う事は出来ない。
けれども其処は其れ、幻想世界特有の解決方法は幾つか有ると言う。
一番代表的で尚且つ確実なのが世界樹の神々に相応の奉納点と御布施を支払い『性別を書き換えて貰う』と言う方法だ。
医療が発達した|前世の世界の外科的手法では、確かに身体の形は異性の其れに変える事は出来たが、生殖能力までも異性の其れにする事は出来なかった。
しかし世界樹の神々が権能を振るい書き換えた場合には、新たな性が産まれながらの性で有る彼の様に、男性ならば女性を孕ませる事も出来るし、女性ならば妊娠し出産に至る事も可能だと言う。
世界に店舗を展開する足下屋程の豪商ならば氏神様を祀って居ても不思議は無いし、そうした存在を通じて性転換をしていても不思議は無いと思うのだが、其れをせずにオカマに甘んじて居るには理由が有る。
確かに世界樹の神々の権能を使えば性別を入れ替える事は出来るのだ、但し入れ替わるのは性別とその性に合わせた身体的特徴までで、顔の造りは基本的にそのままなのだ。
……大変失礼な事は理解した上で敢えて言うが、足下屋の店主は女性と見紛う様な美形と言う訳では無い、何方かと言えば某ニ丁目界隈でも『あんたブスよねー』とお互いに自虐し合う様な容貌である。
それ故に彼女達は、高い銭と莫大な神々への貢献を果たしてまで、性別を入れ替えたいとは思わなかったそうで、オカマで有る事を甘んじて受け入れているのだと言う。
「まぁあーし見たいなオカマもちゃんと女性として扱って、こんな高価な御土産を持ってくる辺り、あーたは小さいながらも本物の紳士なんでしょうけれど……ね。でもだからって犯罪組織連中に悪い気を起こさせる様な真似は駄目よ駄目駄目」
ちなみに彼女へ御土産を買ってきたのは、転移魔法を完全に身に着けてから、火元国と此方を行き来し西海岸流侍道を習得するのに、此処の近くに有る道場へと通う都合上、此の見世にも何かとお世話になると思ったからだ。
実際、西海岸流侍道の道場に使われている屋根瓦や畳なんかは、大分昔に足下屋が火元国から取り寄せた品らしいし、あのオンボロ道場を再生させる可能性を考えると、此処と懇意にして置いて損は無い。
そんな打算から彼女への土産として持ってきたのは、シルバ商会の品としては比較的安価だった西瓜と実芭蕉だ。
勿論、実芭蕉は二百本近い数が連なった房を丸ごと進呈すると言う訳では無く、十本程度に切り分けた分を渡して有る。
其れでも此処ワイズマンシティで買おうと思えば三千金貨……火元国の通貨にして一両《約十万円》は下らないと言うのだから、確かに四煌戌の背中に積まれた果物の山は値千金の宝の山と言って間違いないだろう。
とは言え俺は此の街では『小さなお医者さん』なんて二つ名で呼ばれる程度には有名に成った物で、それ相応に街の情報に通じているであろう犯罪組織の連中が襲ってくるとは思えない。
「ワン一門ともドン一家とも相応の関係を築いてますし、早々俺を襲う様な者が居るんですかねぇ?」
此の街の二大犯罪組織と呼ばれているワン一門とは懇意と言って良い間がらだし、ドン一家の上の方にも顔見知りと呼べる者は相応に居るのだ、故にそんな言葉を口にしたのだが……
「ほんっとに……あーた、外つ国の犯罪組織を火元国の任侠者見たいな義理人情が通じる連中だと思っちゃ駄目よ。其れに下っ端連中なんて上の交友関係なんて知りやしないんだから、目の前に宝の山が有ったら食い付くのがチンケな珍比良のやる事よ?」
曰く、外つ国の犯罪組織と言う物は火元国の任侠者同様に一家を名乗っては居る物の、実際に一家の一員と成っている構成員は割と上級の幹部級の者達だけで、下っ端構成員は其の辺の破落戸や珍比良なのだと言う。
火元国の任侠者達は一家の名前を背負わせる以上は、一家の一員として恥ずかしい真似をしない様に早々に『躾』をするのが当たり前だが、外つ国の犯罪組織では一家の一員として認められた者以外にそうした教育の様な物は行われて居ないのが普通らしい。
其れでも下っ端が勝手に先走って上の面目を潰す様な真似をすれば粛清される未来が待っているので、恐らくワン一門やドン一家の傘下に居る者に俺が襲われると言う事は早々無い筈だ。
ただ此処で問題になるのはワイズマンシティに有る犯罪組織が其の二つだけでは無いと言う事である。
曰く学会に実家の金とコネで入ったは良い物の、禄に勉強もせず落ち零れ魔法なんか使えやしないのに学会生と言う肩書きだけで威張り散らす『ディビエイト』と呼ばれる連中がこの辺には割と居るらしい。
他にも娼館街の方に行けば『ドールズ』と言う娼館や綺麗なオネェさんの居る飲み屋に、そうした特定の拠点を持たない夜鷹達の元締めとも協同組合とも言える連中なんかも居ると言う。
更に言うならば名も無い小さな集団は今日も何処かで産声を上げては、大手に吸収されたり短い生涯を終えたりと、ワイズマンシティの裏社会と言うのは割りかし混沌とした物なのだそうだ。
故に二大勢力と懇意にして居るからと此の果物の様な宝の山を見せつける様な真似をすれば、短絡的に儲けが欲しいと考える連中や美味い物が食えるならば後先考えないなんて連中が束に成って襲って来ても不思議は無い。
「あーたならそうした連中を簡単に畳んじゃえるのは解るけど、要らない騒動を呼び込むのは誰の為にも成らないし、犯さなくて良い犯罪を馬鹿に犯させるのもお侍のやるこっちゃないでしょう?」
あー、うん、確かにそうだ、一寸……いや、可也反省しなければ。
世の中には目の前にお宝が有れば、捕まると解っていても手を伸ばしてしまう輩が居る事は、前世の警察官としての仕事の中で嫌と言う程よく知っている。
盗れそうだから盗ったなんて言う犯行計画も何も有ったもんじゃぁ無い場当たり的な犯行で逮捕された『万引き犯』は、千戸玉中央警察署の所轄だけでも毎日数えるのが馬鹿らしくなる程に居た物だ。
万引きは立派な窃盗で捕まった場合には示談が成立せず前歴が有れば、良くて五十万円以下の罰金、下手すりゃ十年以下の懲役だ。
学生なんかがとっ捕まった場合には、阿呆な親が『子供には将来が有る』なんて事を言い出したりもするが、『人の物を盗ってはいけません』と言う最低限度の躾すら出来なかった親の責任は重いと思う。
けれども此方の世界は前世の日本と違って遵法精神なんて物は有って無い様な物なので、店主の言う事は間違って居ない。
「そんな山の様な果物を腐る前に配っちゃうってんだから、送り先は此の街の中でしょう? そっちの舐瓜を手数料代わりにくれるなら、家の見世で配達して上げるわ、其の方が余計な騒動に巻き込まれないでしょう?」
……言っている事は確かに正論だと思ったが、其処でそんな提案が出てくる辺り、彼女はやっぱり生粋の商人なのだな、俺はそんな事を思いながらため息を一つ吐くと御所望の舐瓜を差し出したのだった。




