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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
決戦! 兄と義兄 の巻

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百二十 鬼二郎、命をつなぎ、出世魚、出世する事

 大空高くに居た時にも大きいことは十分に見て取れた、だがその長い首がゆっくりと地上へと近づいてくると、下から見上げていた時よりも遥かに巨大な顔がそこにはあった。


 金色の鱗に赤い瞳、燃える様な真紅の鬣を揺らし、嶄龍帝は長くうねった身体の大半を空に残したまま、義二郎兄上の亡骸に接吻するかの様にその口を寄せる。


 兄上の巨体でもその口に比べれば小さく苦もなく一飲に出来るだろう、それほどの大きさの龍が降りてきたのだ、普通ならばパニックに成る光景だ。


 だがその光景に誰一人として声を上げる者は無く、皆が皆息を呑んだ、事情を知らない他の観衆から見れば、兄上の亡骸を食らい始末する為に降りて来た様にしか見えない、そんな凄惨な結果を想像したのだろう。


 だがその反応を他所に嶄龍帝は兄上の亡骸の寸前で止まると、ほんのすこしだけ口を開き、黒い闇の様な吐息を吹きかけた。


 その色を見て俺はそれがどのような意図による物か合点がいった。


 そうかどちらが負けるにせよ万が一の事を考え、この様な状況に備えて彼の龍が召喚されていたのか。


 お花さんの授業で習った精霊魔法の属性と色の関係では、黒は四属性複合『時』の属性を表わす色だ。


 あの出血ではもう助からないと俺は判断したが、『時』の魔法を用いて出血を止めつつ他の治療を施せばもしかしたら助かるかもしれない。


 そう確信し、俺がほっと一息付いた瞬間、辺りにどよめきが走った。


 龍の吹き付ける黒い吐息に包まれたまま、兄上の身体が倒れ伏した時の逆再生をしたかのように起き上がったのだ。


 そして吹き出し辺りに飛び散った血が逆流し、切り裂かれた首筋へと吸い込まれて行く。


 これは『停止』では無い『時』の魔法でも最上級だとお花さんが言っていた『逆行』だ!


 四属性複合魔法『時』の属性は、時間と空間に干渉する魔法だと習った、あの火災の日に体感した『転移』もこの属性の魔法である。


 時間に干渉する魔法は『加速』『減速』『停止』『逆行』の順に難易度が上がり、さらにその効果時間が伸びる程に加速度的により難しい魔法になると言う。


 精霊魔法の効果の上限は術者よりもその力を行使する精霊や霊獣の力に依存する、嶄龍帝はお花さんが契約している霊獣で最も強い力を持つ存在だが、その力の大半は火と水の属性で、次いで風が強く土は他に比べるとかなり弱い、と言う話だった。


 なので全ての精霊の力を均等に混ぜ合わせる必要が有る『時』の魔法、それも『逆行』は対象が小さな物であっても最大で五分が限界だと言っていた。


 兄上が切られてからまだ一分程、今回の場合兄上を救うには十分な時間である。


 兄上の身体から吹き出した血が全て戻り、傷が塞がる……いや、傷自体が無かった事になった時、嶄龍帝の吐息が止まった。


 そして虚ろだった兄上の瞳に光が戻る。


「うぉ! ああ……そうかそれがしは負けたのか……」


 兄上の主観では鈴木の刀を弾き飛ばしたタイミングだったのだろう、目の前に居た龍に驚き、それから一瞬思案し状況を受け入れた様だ。


「な、なんと! なんと! 鬼二郎が黄泉還りました! 二人の闘いを見守っていた嶄龍帝様が、首を切られ助からぬと思われた鬼二郎を癒やし、蘇生させました! 流石は神にも等しき龍です!」


 精霊魔法には傷や病気を治す魔法は存在しない、結果だけを見るならば確かにそう見えるが、その術理は全く別の物なのだと言う。


 治癒や死者蘇生は本来ならば神に仕える者達が使うと言う『聖歌』と呼ばれる術の領分なのだ。


 それこそ聖歌の使い手がこの場に居れば、例えその使い手が然程優れた者でなくても、即死さえしなければなんとかなる、それくらい優位性が有るのだそうだ。


 だが聖歌の使い手は幕府の術者締め出し政策により江戸には居ないのが現状である。


 例の火災で締め出し政策自体は取り止めが決まり、術者の誘致と育成は始まっているらしいが、それが形に成るまではまだまだ時間が掛かるのだろう。


 そんな事も有ってか、江戸ではまだまだ『術』全般に対して認知が進んでいない、きっと今のは精霊魔法と聖歌の効果をあえて混同する事で、観衆に対して術の有用性を示す一種のプロパガンダなのではなかろうか。


 俺がそんな事を考えている内に、目の前で起こった奇跡の様な光景に観衆の声はより大きな物となり、役目を終えた嶄龍帝は紅に染まった空へと飛び去っていった。




 龍が姿を消すと空は元の青ではなく夕日の朱に染まっていた。


「改めて宣言する。勝者、鈴木清吾! 事前の取り決め通り、猪山藩猪河家長女礼子姫の婚約者は、鈴木清吾と決定した。この決定に異議を唱えるならば、この勝負の立会人たる俺と一戦覚悟してもらおう」


 西から差し込む光の中で一郎翁が堂々たる声でそう宣言する。


 大歓声の中から異論や異議の声は上がらず、二人の健闘を称える声や、清吾を祝福する声が聞こえていた。


「また鈴木清吾の父親として我が子清吾の名替えを神々に申請する、神よ今の勝負を照覧召されたならば、そのお言葉だけでもこの場にお示し下さい」


 一郎翁がそう更なる言葉を口にした時、再び観衆に動揺が走った。


 この江戸で神々と対話出来るのは万大社の境内だけ、それが一般的な認識だ。


 神々の力を借り術を行使する聖歌の使い手ならばその限りでは無い、とは書庫で読んだ本に書かれていた事ではあるが、一郎翁は術者では無い。


 その他に例外があるとすれば、神の加護を授かった者が加護神に祈る事だが、一郎翁はそれすらも蹴っ飛ばしたと言う逸話が有るくらいなので、その線も無い筈だ。


 他の誰かが言った事ならば、何の返答も無いのが当然で、それを口にした人間に対しても『思い上がりも甚だしい』と冷笑を浴びる事だろう。


 だが相手はあの一郎翁である、何が起きても『一郎だからしょうがない』のだ。


 静まり返った観衆の中からごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。


 数瞬の沈黙の後、何も起こらない事に観衆の気が緩み掛けたその時だった。


「その申請を承認しよう……、そして優れたる武勇の担い手としてその者に我、誉田ほんだ童門どうもんの名の下に加護を授けよう」


 何処からともなく、重々しい声でそんな言葉が聞こえて来た。


「おおっと! これは、なんと! 神の声が、武神誉田様のお言葉が! 私には確かに聞こえました!」


 神の物と思しき声はこの場に居る皆に聞こえた様で、観衆のどよめきと共に興奮したアナウンサーがそう捲し立てる。


「我が子の新たなる名は『伏虎』鈴木伏虎と命名致します。清吾よ改名と加護を受け入れるならばその意を示すがよい」


 一郎翁の言葉を精も根も尽き果てたと言うような表情で聞き流していたらしい鈴木は、そう呼びかけられて弾かれた様に顔を上げた。


「……紙一重の攻防が続いた故に無理も無かろうが其方は勝者だ、勝者は勝者らしく振る舞わねば敗者を貶める事に繋がる、我が加護を受けるならばその理をわきまえよ」


 神の声すら耳に入っていなかった様子の鈴木に、武神 誉田様の呆れた様な声が響き渡る。


「バカ息子が……神の御前で恥を晒しおって……。お前の名を伏虎と改め、武神の加護を得る、それらに異論なければその意を示せ」


 改めて改名と加護を得る旨を一郎翁が告げると、


「はっ! 申し訳ありません……。拙者は本日この時より鈴木伏虎と名乗り、そして成し得る功績の全てを加護神たる誉田様に捧げる事を誓います」


「誓約は成った。武人鈴木伏虎よ、その腕を磨き我と闘う日が来る事を楽しみにしている」


 決闘に勝利し、神の加護を受け、大名の姫を娶る事が決定したこの時、彼は『七光』の名を返上したのだった。

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