千二百十六 志七郎、成功を噛み締め食欲に沸き立つ事
「此処は……良し! テノチティトランの冒険者組合だ!」
冒険者組合に有る遠駆要石を集めた転移室は、基本的に何処も同じ様に見える造りをして居る、その為遠駆要石を利用した瞬間移動の魔法で有る『要石転移』で目的地に無事到着したかどうかを確認するには部屋を出るしか無い。
俺は転移室を出て其処がテノチティトラン王国の冒険者組合で有る事を確認すると、思わず快哉の声を上げていた。
無論、今回は四煌戌と一緒に此処へと転移して来てるので、帰りは遠駆要石を乗り継いで移動する必要は無く、ワイズマンシティの冒険者組合へ転移すれば済む話だ。
初の遠距離転移と言う事で、万が一前回と同じ様に四煌戌を置いて来てしまった場合に備えて、遠駆要石を乗り継いで帰れる場所と言う事でテノチティトラン王国を目的地にしたが、此の感じならばやろうと思えばアシャンティ公国へ転移する事も可能だろう。
テノチティトラン王国もアシャンティ公国もワイズマンシティから遥か南方の土地に有る都市国家だけ有って、向こうじゃ簡単に手に入らない様な物を取り扱う商店は幾つも有る。
逆に精霊魔法学会以外に大きな産業の無いワイズマンシティからでは、此方へ持ち込んで高値が付く様な品物が思いつかないので、彼処と此方を転移で行き来し行商する事で利益を得ると言う作は成り立たないが、小遣い稼ぎ位ならば可能だろう。
まぁ時属性の魔法が使える程の魔法使いならば、そんな吝嗇な小遣い稼ぎ等せずに冒険者や鬼切り者として魔物と戦う方が余程稼ぎは多い筈だ。
もしも安全で安定した収入を得たいと考えるならば、転移魔法持ちを抱えたいと考える商会なんかの雇われになると言う方法も有る。
火元国でも京の都に有る奇天烈百貨店で外つ国の商品を多数扱っている様な見世では、可也古い時代からワイズマンシティに留学生を派遣して転移魔法を覚えさせ、世界中の支店との流通通信網を構成していると言う。
ワイズマンシティに有る足下屋と言う見世も同様に独自の流通通信網を確保した世界商家とでも言うべき見世であり、京の都に本店を構える火元国でも上位に位置するだろう大商家だ。
と言うかワイズマンシティで火元国の商品が欲しければ足下屋を利用する様にと、お花さんが紹介した事を考えれば、他の転移魔法使いを抱える商家の手の者が留学する際に頼るのも足下屋と言う事では無かろうか?
つまりワイズマンシティで転移魔法を使った商売で利権を得ているのは足下屋と言う事で、子供の小遣い程度の稼ぎを得る為に大商家の財布に手を突っ込む様な真似をすれば、命が幾ら有っても足りないと言う状況にも成りかねないだろう。
俺が武士では無くりーちの様に商売人して身を立てる積りだと言うならば、何処かで大勝負を挑む必要も有るのだろうが、互いに利用し利用されの関係で有る武家と商家なのだから喧嘩を売っても良い事は無い。
まぁ儲ける事なんざぁ考えないで個人的な御土産なんかを買って帰るのが良いだろう。
農作物が殆ど取れ無いワイズマンシティなら、此処等で栽培されて居る新鮮な果物の類は、超が付く高級品の筈だし喜ばれないと言う事は無い筈だ。
「と、言う訳で此の街で新鮮な果物を扱っている見世を紹介して下さいな」
転移室を出て、冒険者組合の受付帳場へと向かった俺は、其処で暇そうに座って居た事務員らしきおっさんにそう問いかけた。
前世に読んだネット小説だと、冒険者組合の受付と言えば綺麗なお姉さんと相場が決まっていたが、此の世界だと大体の街で組合の職員は引退冒険者のおっさんだ。
そもそもとして肉体的に不利な女性が冒険者になると言う事自体が割と少数派で、女性冒険者が居たとしても強い魂力を必要とする術者の類で有る事の方が多い。
そして無事に引退する……と言う女性冒険者の大半は、同じ一党の男性と世帯を持つ事で家庭に入る場合が大多数を占める。
無論、中には肉体派の女性冒険者なんて言う珍しい例が全く無いと言う訳では無いし、御一人様を貫いたままで引退する女性冒険者が一人も居ないと言う訳では無い。
けれども……此れを前世の世界で言えば先ず間違い無く免職物の炎上を引き起こす発言では有るが、結婚する事無く老いて行く者は男女問わず何処かが奇怪しいと言われても仕方無いと言うのが此の世界の常識だ。
此の世界では一夫一婦が当たり前と言う事も無く、甲斐性さえ有れば二人、三人と側室や妾を持つのは割と当然の事とされており、父上や御祖父様の様に『女房は一人居れば良い』と言う男は少数派と言える。
……まぁ父上は母上の尻に敷かれて側室を持つ事が出来ず、御祖父様は性的嗜好が特殊過ぎて側室になる様な相手が居なかっただけと言う可能性も零では無いが、その辺は二人の名誉の為にも俺の腹の中に飲み込んで置こう。
「坊主、この辺じゃぁ見かけねぇ面だな。そのクソでかいワンコロを見る限り、ワイズマンシティの精霊魔法使いか? って事ぁ土産にでもするって事なんだろうし、一寸値は張るがシルバ商会で買うのが良いかもな。金貨を節約するなら市場に行きな」
恐らくは現役時代には戦士系統の職業だったと思わしき、顔に向こう傷の有る受付のおっさんは、礼儀も何も有ったもんじゃぁ無い口振りでは有るが、内容自体は丁寧な案内をしてくれた。
「今の時期なら万寿果や檬果辺りが美味いぞ、後はテノチティトランと言えば西瓜だな当たり外れが激しいが、シルバ商会で買えば甘い奴を確実に手に入れる事が出来る筈だ……高いがね」
お! 西瓜は嬉しい、実は前世から通して俺の好物の一つに西瓜は常に上位に入って居るのだ。
残念ながら前世の日本でも今生の火元国でも西瓜は夏にしか手に入らない食べ物だが、常夏の国であるテノチティトラン王国では年中西瓜は流通して居ると言う。
向こうの世界の日本では真冬にビニールハウスで育てるなんて試みが有るとか聞いた事は有るが、残念ながら俺が生きている間に手頃な価格で売られている……なんて事は無かった。
しかし此方の世界ならば転移魔法を物にした暁には、何時でも好きな時に此処へと転移してくれば、状態の良い西瓜を簡単に手に入れる事が出来ると言う事じゃないか!
甘く香り高い西瓜で有れば産地や値段を問わず買っていた前世の俺だったが、高い値段を出しても時折ハズレを引くのが西瓜の厄介な所だった。
まぁ逆に安い値段でも当たりを引ければ、美味い物が食えるのも良い所と言えばその通りだ。
高い値段を払えば当たりを引く確率が上がり、逆に安けりゃハズレの確率が上がる、大概の食い物はそう言う物だろう。
なお植物の分類としては西瓜は果物では無く野菜の区分だそうだが、俺の中で有れは果物と言う認識なので、果物としての西瓜が欲しい。
世の中には漬物にする為の西瓜なんて物も有るらしいしな。
つか西瓜が有るなら多分舐瓜も有るよな? 俺の好みで言えば舐瓜は然程好きでは無いが、甘い舐瓜を好む女性は割と多かったと思うのでお花さんやお連への土産としては有りだろう。
南国の果物と言えば実芭蕉も外せない所だが、アレも植物の分類としては木では無く草で正式には果物では無く野菜らしいんだよなぁ……。
「有難うございます。西瓜好きなので一寸高くても良い物を買って帰りますよ」
甘くて美味しい西瓜や実芭蕉を脳裏に思い描きながら、受付のおっさんが描いてくれたシルバ商会への道を記した地図を受け取りながら、俺は深々と頭を下げてお礼の言葉を口にし、四煌戌に乗ったままで冒険者組合を後にするのだった。




