千二百十三 志七郎、駄目出しをされ風俗を考える事
「……四十点」
宿を出て近くの出店で朝食を終えた俺は、冒険者組合から遠駆要石を使ってワイズマンシティの冒険者組合を経由し、精霊魔法学会へと帰って来た。
そしてお花さんの所に顔を出すなり少々辛口の採点が飛んで来る。
「貴方が目的の場所へと飛べた事は先ず喜ばしいわ其の部分では成功だしね、でも霊獣を置いて転移したら駄目じゃない。再召喚しようにも送還しなけりゃどうしようも無いし、送還は近くに居なければ出来ないじゃないの」
ため息と共に言われた駄目出しは完全に的を射た物で俺はぐうの音も出なかった。
俺が今まで練習で使って居た視界転移は、その名の通り自分の視線が通った範囲内にしか転移しないし、氣で視力を強化した先のギリギリ見える場所への転移なんて真似はした事すら無い。
その為、俺は自身が転移する事ばかりに気を取られた呪を編んで居たらしく、四煌戌をその場に残したままで俺だけが単独でニューマカロニア公国の冒険者組合へと転移して居たのだ。
お花さんが俺に転移を実践して見せた際には、其れらしい霊獣や精霊の姿は無かった物だから、彼等も一緒に転移しなければ成らないと言う考え自体がすっぽりと抜け落ちて居たのである。
「まぁ私も態と貴方に此の子が居るのを見せない様にして居たから、此の失敗は或る意味で当然の事なんだけれどもね。ただもしも此れが大陸を渡る様な超長距離転移だったなら、霊獣との再合流は可也苦労する羽目に成ったわよ?」
と、そう言いながら彼女は然程大きくは無い胸の膨らみの間から、一匹の小鼠にも見える霊獣を取り出して見せた。
「此の子はお忠ちゃんが連れている鏡化消鼠の下位種族の消鼠と言う魔物の霊獣で、霊力自体は鏡化消鼠より弱いけど属性は同じく消を構成する三属性を持っているわ」
魔法や術を打ち消す属性で有る消は火+水+風の三属性で、後は土属性を加える事で『時』属性を生み出す事が可能に成る。
恐らくお花さんはあの消鼠を常に懐に忍ばせ、土の下位精霊を召喚した状態を維持する事で、何時でも簡単に時属性の魔法を使える様にして居るのだろう。
「前にも話たと思うけど転移魔法は下手な構成の仕方をすれば、素っ裸で転移する羽目にも成る不安定な物よ。精霊は距離に関係無く着いて来て力を貸してくれるけど、霊獣はそうは行かないから呪文の構成はしっかり練らなきゃ駄目ね」
うん、前に座学として授業を受けた際に戦闘中に撤退の判断を下し速攻で転移の魔法を編んだ結果、仲間達は無事に帰還出来たが装備品やらなんやら持ち物を全部その場に残してしまう……なんて案件の話は聞いて居る。
今回の俺の失敗は其れに近い物で、自身と手回り品はきっちり転移させる事が出来たが、四煌戌をその範囲に組み込むのを忘れて居た……と言った所だろう。
「まぁ其れでも隣町までとは言え遠駆要石への転移自体は成功したんだから、後はその時その時で必要な物をしっかりと転移に巻き込む様に呪文を幾つか練って置くのが今の課題ね」
お花さん曰く、彼女も転移に関しては幾つかの定型文を事前に用意し、其れをそのまま使ったり、少々の改変を入れる事で間違いの少ない転移を実現して居るのだそうだ。
とは言え、此れが個人用電子計算機でも使っているのであれば、簡単に転写も出来るだろうが、精霊魔法は口頭で其れを詠唱する必要が有る。
短縮詠唱や無詠唱なんかの高等技術だって、事前に何度も契約している霊獣と呪文の内容を擦り合わせて置く事で、特定の合図を切っ掛けに魔法を発動して居ると言うだけで、根幹と成る呪文に間違いが有れば事故る時は事故るのだ。
「貴方の場合はあのワンちゃん達が可也忖度してくれているから事故が無かっただけで、視界転移だって下手をすればポロリ所か、モロリだって有り得たんだからね」
視界転移に関しては短縮詠唱での発動も可能だと自惚れていたが、其れもお花さんから見れば四煌戌が可也気を使ってくれているから成立して居るだけで、今の呪文の構成だとハミ珍では済まされず諸珍も十分に有り得る状態だと言う。
其れにしても……男なら全裸になろうと装備品さえ回収出来りゃ然程の危険性でも無いが、女性にとっては可也の危険性を孕む物と言えるのでは無かろうか?
此方の世界じゃぁ大半の国で前世の日本の様に『公然わいせつ罪』なんて法律は制定されて居ない。
火元国でも夏場にゃ半裸どころか全裸で軒先で涼んでいる男共の姿は、何処でも割と見かける物だ。
町人階級でも裕福な家庭の娘さんなら早々そんな真似はしないが、貧乏長屋と呼ばれる様な所では、乳をほっぽりだして涼んでいる女性の姿も然程珍しい物では無いと言う。
まぁ江戸の街では比較的安い値段で営業して居る銭湯は入り込み湯と呼ばれる混浴が普通なので、見られる事に対して前世の日本程の忌避感は無いのだとは思うが、其れでも一寸自由が過ぎるのでは無かろうか?
とは言え、褌も買えない一般町民だとぶらぶらさせたままで居るのも割と普通の事なのだから、仕方無いと言えば仕方無い話なのかも知れない。
「……息子さんが元気に成ってから色々大変なのは解るけど、そうやって私の話の最中にも余所事に気を取られるのは良くない兆候よ? サクッとどっかのお見世で済ませて来るのも検討した方が良いんじゃない? 知り合いがやってる良い見世紹介する?」
久々に考えている事が完全に顔に出ていたらしく、お花さんは呆れた表情でそんな言葉を口にする。
見た目は十代半ばの少女にしか見えないが、こう見えて彼女は三百歳を超える経産婦なのだ。
男の性がどう言った物なのか、実感として知っている訳では無いとは思うが、それ相応に経験や知識として知っていてるのは当然の事だろう。
ましてや彼女は一朗翁と言う稀代の英傑の母親なのだ、彼が未婚の若い頃にそっち関係で何の経験や逸話が無いと言う事も無いだろう事は想像に難く無い。
お花さんの紹介で有れば変な見世と言う事も無いのだろうが……其れでも商売でそう言う事をして居る女性に対しては『職業として貴賤は無い』とは思うが、自分が相手をして欲しいと思えないのは、やはり前世から引き摺っている偏見の類なのだろうか。
「いえ、申し訳有りません。どうせなら火元国に帰ってから吉原辺りの良い見世で……と言うのも有りだと思うので、今回は自力できっちり自制します」
吉原云々は断る為の口実に過ぎないが、そんな事を口にしてから俺は自分の顔を両手で挟み込む様に張り、その痛みで脳内を一旦綺麗にする。
「そう? なら良いけれど……繰り返しに成るけれどもう一度言うわね。転移の魔法には事故は付き物だけれど、其れは呪文の構成次第で幾らでも回避する事の出来る物よ。私程自由にとは早々行かなくても、貴方なら其れに近い所までは行ける筈よ」
赤青緑黄その四色の精霊を単独でその身に宿す四色の霊獣は、此の世界を見渡して見ても非常に稀有な存在で、お花さんですら契約して居るのは火元国の守護霊獣の一体とも言われる古龍の一体だけなのだ。
四煌戌は未だ成長途中の霊獣であり、最高の状態まで育った場合に何処までの霊力を持つ事に成るかは解らないが、彼女の見立てでは古龍と同等まで育つ可能性は十分に有るという。
「超時空太猴さえ見つかれば、古龍をも超える時属性魔法の深淵に辿り着く事は出来ると思うんだけれども……本当に此の世界に居るかどうかも怪しいからねぇ。下手をしなくても貴方の方が時属性に関しては私よりも上に行く可能性は十分に有るわ」
遠い目で明後日の方向を見ながら、何処に居るとも知れない霊獣を探す旅路を思う彼女は、俺に対して『だから頑張んなさい』と目線で示すと、其の儘部屋の出入り口へと視線をやり出ていく様に指示したのだった。




