千二百十一 志七郎、転移に成功し豪華夕食を楽しめない事
……お花さんやお連の色香に血迷う事無く何とか無事に過ごせて居るのは、本当に向こうの世界から御土産を持たせてくれた親友達の御蔭だろう。
そんな事をしみじみと感じながら毎晩息子さんの世話をしつつ転移魔法の修練をする日々を続けて大凡一週間、俺はとうとう比較的近い場所に有る遠駆要石への転移に成功した!
此れが空想科学の世界だったなら、安易な転移と其の失敗は意図しない場所への転送と言った危険が伴う物だが、世界樹の恩恵も有ってか、失敗しても多少疲れる程度で事故が起こる様な事は無い。
と言うか全ての魔法や術と言われる類の物に瞬間移動の類が存在すると断言出来る程に、普遍的な技術で有る以上はそうした危険に対する対策は事前にしっかりと世界樹の方に組み込まれて居るのだろう。
するとこうして事故無く訓練を続ける事が出来たのは、我が猪山藩猪河家の氏神で有る天蓬大明神の御力添えと言えなくも無いのか?
まぁあの神様が何を司っているのかも知らんし、絶対にそうとは断言出来ないが『鰯の頭も信心から』なんて言葉もあるし『有り難い物は取り敢えず拝んで置こう』と言う前世の日本人気質を発揮し、火元国が有るであろう東に向かって軽く頭を下げて礼をして置く。
「さて……詠唱通りの効果がきっちり出たなら、此処はワイズマンシティの冒険者組合の転移室では無い筈だが、予定通りニューマカロニア公国へと来れたかな?」
始めての転移先にニューマカロニア公国を選んだのには特別な理由が有る訳では断じて無い。
此の都市国家に有る黄金真珠劇場でノーパンフレンチ・カンカンを鑑賞しに来たなんて事は絶対に無い。
懐具合に余裕が有るからと言って、此の街に有る西方大陸でも一、二を争う高級娼館で今生の童貞を捨てようなんて事は露程も考えてすら居ない!
……うん、本当だ。
信じて貰えないかも知れないが、やはり『始めて』と言うのは或る意味で特別な物だし、幾らそうした手管手練に優れ尚且つ色事だけで無く勉学教養の類に迄通じた高級娼婦とは言え、商売でソレをして居る人で捨てるのは何か違うと思うのである。
ちなみに前世でも大学時代や警察学校、更には交番勤務から捜査四課に配属された後にも、利害関係者からの色仕掛けに耐性を付ける為、と言う名目で先輩達にそう言う店に誘われた事は有るのだが……同じ様な理由で断ったのだ。
其の話をすると悪友の片割れからは『そんなだから死ぬまで童貞だったんだよ』と呆れられるだろう事は容易に想像が付くのだが……性分なのだから仕方無い。
と、言うかその手の遊びをしなかった者程、一度そう言う店にハマると箍が外れて身持ちを崩す……と言うのは、洋の東西問わず例を出そうと思えば枚挙に暇がない程だし、俺はやはり一人の女性をしっかりと愛する方が良いと思うのだ。
……前世の世界でも『日本の政治家は色仕掛けに弱い』と言う話はちょくちょく耳にしたし、お隣の大陸国家へ行くとそうした接待が普通に行われているなんて話も有った辺り、身綺麗にし過ぎるのも良くないとも思わなくも無いんだけれどもね。
まぁアレは恐らく日本の政治家がその手のお店で遊ぶ様な事をしたならば、美味しい餌を見つけたと言わんばかりに食いついて来る報道機関の類が居る所為で、安心して遊べないと言うのも原因の一つなのでは無いかと睨んで居る。
とは言え地方の県警本部で捜査四課に居た身としては、都内には政治家や報道機関関係者に芸能関係者何かを相手に、機密保持を遵守する事でそうした『遊び』を提供する店が有ったと言う事実は把握して居たりもするが……裏には暴力団が居るんだよね。
連中も秘密は秘密だから金に成ると言う事はしっかりと理解しており、弱みに漬け込む様な真似をすれば信用を失いボロい商売を失う事に成る上に、下手をせずとも関係者は全員お縄を頂戴する事に成ると知っているので安全は安全なんだ。
ただ……まぁ、捜査四課と言う立場上相手は完全に利害関係者に成ってしまうので、知っていても遊びに等行く事は出来なかったがね!
しかし話半分に聞いても其処で掛かる金は江戸時代の吉原程では無いが大金は大金だったので、幾ら衆参議員の先生と言っても早々大枚叩いて遊びに行くと言うのは難しかった様で……だからこそ色仕掛け外交が通ってしまうのだろう。
そんな向こうの世界の政治の話は兎も角として、転移室を出て其の足で組合の外まで出ると……其処は予定して居た通りにニューマカロニア公国の冒険者組合だった。
「うん無事成功! ……は良いが、流石に一寸疲れたな。日も落ちて来て帰るには少し辛いし、今夜は此方で宿を取る事にしよう」
誰が聞いている訳でも無いのにそんな言葉が口を突いて出たのは、やはり心に疚しい事を抱えている証拠だったのだろう。
……そんな事が脳裏を過る中、俺は一旦冒険者組合の中へと戻ると帳場へ向かい今日の宿を紹介して貰うのだった。
「「「乾ぱーい!!!」」」
行為に至ら無ければ問題は無い……綺麗なお姉さんが居るお店で夕飯を取るだけならば無問題!
なんて言う浮気の言い訳がましい事を考えながら素泊まり食事無しの宿を取った俺は、其の宿で聞いた評判の良いお見世へと繰り出した。
銭なら有るんや! 等とは言わなかったが、金貨を多めに入れた小袋を出して『此れで出来る精一杯の贅沢を』と言った所、南方大陸風の献立四人前と綺麗と可愛いと格好良いお姉さんがお出しされた訳である。
「いやー、こんな御大尽がウチの見世に来るなんて久し振りでねぇ。アタシ見たいなのが同席させて貰ってこんな上等な食事まで御馳走に成るなんて本当に悪いねぇ……その分サービスはするよ坊や」
……個人的に一番好みなのは格好良いお姉さんだが、この人は多分下手に近づくと火傷じゃ済まない人だ。
どう考えても冒険者上がりか軍隊上がり……もしくは犯罪組織上がりの、鉄火場に成れた人の雰囲気を纏って居る。
そんな女性が態とらしく科を作って見せたのは、恐らく彼女は此の見世の用心棒的な立場の人物で、稼げる冒険者……つまりは暴力で生きてる小僧を相手に『力で好き勝手出来ると思うなよ』と言う牽制なのだろう。
「……本当に此の葡萄酒私達だけで呑んで良いんですか? 此れだけでも私のお給料一ヶ月分近いですよ? え? 冒険者が稼げる仕事なのは知ってますけど、こんなに可愛い子がそんなに強いって事ですか?」
対して出された葡萄酒の銘柄を見て驚きの声を上げている可愛い娘は、普通に此の見世で働く比較的新人の女給仕さんなのだろう。
「坊や本当に人間なの? 草人なら大人でも坊や位の体格は普通だろうけど、耳を見る限り妖精族じゃぁ無いのよねぇ」
四人掛けの食卓で俺の直ぐ隣に座った綺麗なお姉さんが、此方の耳を優しく撫でながらそんな言葉を囁き掛けてくる。
……此方は此方で危ないな、前世で何度も出会った色仕掛け要員と同じ臭いしかし無い、隙有らば俺の懐に残っている金貨を毟り取ろうと言う気配を隠そうともして居ない。
多分同卓してくれた女性陣で安牌と言えるのは、斜向かいに座った可愛いお姉さんだけだろう。
いや、敢えて危険な二人を同卓させる事で俺の興味を彼女一人に誘導し、あわよくば食後の楽しみまで行かせて、その分の御奉仕料を取ろうと、見世の上役が仕掛けて来ているのかも知れない。
……そんな考えがチラつく所為で、火元国の女性達とは比べ物に成らない程に肌色が多い装いの彼女達の姿も、料理の味にも集中して楽しむ事が出来ないままに俺は食事だけを終え、其の見世を後にしたのだった。




