千二百九 志七郎、観戦を終え魔法の在り方を見つめ直す事
「いやー面白い試合だった! 此処まで白熱した試合は早々観れる物じゃ無いぞ! 年に一試合か二試合有れば良い方だ、しかも其れが地元でとなると、一生物の幸運だ! 其れを初観戦でお目に掛かれるたぁ坊主達は本当に運が良い!」
スペルボウルは十五分を一区切りとして四分の一毎に小休止を挟み、第二四分の一と第三四分の一の間には大休止が有り、其処では各球団の応援団が応援合戦を繰り広げると言う鎧球と大体同じ時間構成で試合が進む。
其の全てが消化されるのに掛かる時間は大凡三時間程度だったが、今回の試合は大当たりの部類だったらしく、俺達も他の観客も退屈する様な暇は無く声が枯れるまで大歓声を上げ続けた。
上記の言葉を俺達に投げかけて来たのは、偶々隣りの席で麦酒を片手に観戦して居た地元の応援団の小父さんだ。
どうやら保護者らしき者も居らず、子供だけで観戦して居た俺達を心配してくれた様で、小休止や大休止の間に軽く話をして仲良く……と迄は行かないが、俺が此の街で『小さな御医者さん』と呼ばれている事を知り茶菓子と高良を奢ってくれたりした人の良い人物で有る。
試合の方はと言えば四十五対四十二と言う大接戦を制し地元ワイズマンオクトバスが勝利した。
精霊魔法を巧みに操り大活躍を繰り返すオクトバスに対して、西海岸北部に位置するハーム王国を拠点とするハームノーキンズは、体格に優れた前衛を多く抱え『力こそパワー』と言わんばかりの突撃策が多かった印象だ。
長い距離を投げ渡したり、足の速い選手が球を持って相手を躱しながら一気に進む大活躍は、決まれば観ていて気持ち良いし、応援団も大興奮する花形と言っても良い行動選択では有る。
けれどもそうした大活躍は失敗した時に陣地を全く進める事が出来なかったり、投げた球を奪われる事で相手に攻撃権を奪われると言う様な危険性も有り、早々簡単に出来る筈の行為では無いのだ。
しかしながらワイズマンオクトパスの司令塔は精霊魔法を上手く使う事で、そうした大活躍を決めるのを得意として居る事が試合を観ていて良く解った。
対してハームノーキンズの司令塔は堅実な行動選択を好み、一回の攻撃で僅かでも陣地を進め、確実に三回の攻撃で十碼を進めて攻撃権の更新し、危険性の高い選択をするのは得点圏まで陣地が進んだ場合に限ると言う感じだった。
まぁこの辺は司令塔個人の好みと言うよりは球団の特色の問題だったりもするので、何方が良い等とは一概に言える事では無い。
実際、両球団の選手が試合終了後に対面して挨拶を交わしている姿を見れば、ワイズマンオクトパスの前衛選手とハームノーキンズの前衛選手では体格の差が一目瞭然で、ノーキンズの司令塔が『正面突破が最も確率が高い』と判断するのも頷けた。
結果として三点差でノーキンズの敗北と言う形には成ったが、試合の経過を見れば圧倒的にノーキンズが攻めている時間の方が長く、オクトパスは常に一発勝負の大活躍を仕掛け続けなければ勝てない試合だったとも言える。
ちなみにノーキンズの方が体格が良いと言うのは、種族や人種に差が有ると言う話では無く、何方かと言えば食生活の差が大きいらしい。
ハーム王国と言う国は西方大陸西海岸側では他の追従を許さない豊かな土壌を持つ農業大国で、ワイズマンシティで消費される農作物の八割近くが彼の国から輸入されている物だと言う。
肥沃な土地を持ち多くの農作物が育つと言う事は、其れ等を狙う野生の動物や魔物も多いと言う事で、ハーム王国は西海岸側でも特に食事状が良い国だと言える、その所為も有ってかハーム王国の国民は割と大柄な体格の者が多いのだそうだ。
なお資源に乏しいワイズマンシティと富農国家で有るハーム王国の二国間貿易では、ワイズマンシティ側が慢性的な貿易赤字を計上し続けて居るが、向こうから来る精霊魔法学会への留学者が落とす金銭が相応に見込めるので大きな問題とは成らないらしい。
と、そうした背景情報は兎も角として、スペルボウルと言う競技自体が何故こんなにも支持を集めて居るかの理解は出来た。
スペルボウルで使われる魔法は単属性で尚且つ下位の物のみと言う縛りが有るにも拘らず、試合の様々な所で多彩な使われ方をして居るのだ。
単純な攻撃魔法を禁止すると言う取り決めが有るからこそ、その抜け道を探す様に無数と言っても良いだろう応用的な使い方が研究されて来たのだろう。
そもそもスペルボウルは精霊魔法学会が発祥の競技なので、学会内にもスペルボウルで使える魔法を研究開発して居る学派が有っても何ら不思議も無い。
いや寧ろ学会の魔法使いが開発した魔法と戦術をオクトパスの選手達が使い、其れを他の球団が真似する……と言う様な感じでスペルボウルで使われる『実戦では使わないだろう魔法』が広まっているのだろう。
……実戦主義の魔法格闘家であるお花さんとは相性が悪いだろうと何と無く思わなくも無いが、だからと言って娯楽の類を全否定する様な人でも無いので、派閥として敵対する様な事も無く中立不干渉と言った所では無かろうか?
「風の魔法だけでもあんなに色々な事が出来るんですねぇ。連の魔力では攻撃魔法を使うより突っ張りの一発でも打ち込む方が強いと思ってましたが、補助や支援の魔法を勉強するのも良いかも知れません!」
一緒に試合を観たお連も後半に差し掛かる頃には、細かい部分は兎も角として大まかな取り決めは理解した様で、大活躍が起こる度に歓声を上げて観ていたが、派手な行為以外にも魔法の運用に付いても着目して居たらしい。
彼女が口にした魔力と言うのは精霊魔法に限らず魂力から直接出力される氣を除く、魂力を何等かの事象へと変換する『術』の類を使う際の変換効率を表す才能の事で、俺の其れが人並みなのに対して彼女は『可也劣る』と言う評価に成ってしまうのだ。
残念ながら鍛えればなんとかなると言う様な物では無く、生まれ持った才能の類なので彼女は魔法使いとして大成する事は無いと言う事になるのだが……魔法は飽く迄も補助と割り切ってしまえば使う余地が全く無いと言う訳では無い。
今まで彼女は自身の魔力が低い事から精霊魔法の学習に対して余り意欲が有ると言う訳では無かったらしい。
けれども今の試合で観たノーキンズの司令塔は決して強い魔力を持っている様には見えなかったし、使った魔法も風属性の物ばかりだった所を見る限り、四つの属性全ての精霊と契約している訳では無いのだろう事も容易に想像が付いた。
にも拘らず恐らく『彼』は風属性の魔法を巧みに操り、守備に攻撃にと八面六臂の活躍をして居たのだ。
スペルボウルも向こうの世界の鎧球と同様に、攻撃や防御の手番が入れ替わる度に、出場選手を殆ど総入れ替えするのが普通なのだが、ノーキンズの司令塔を務める人物は攻守両面で常に試合に出続けて居た。
魔法は必ずしも司令塔が使わなければ成らないと言う取り決めでは無いのだが、球を司令塔が持っている間しか魔法を使う事が出来ない以上は、攻撃側は司令塔が使うのが一番確実だと言える。
対して守備側が魔法を使う事が出来るのも、攻撃側の司令塔が球を持っている間だけなので、守備側は魔法を使う拍子が極めて難しいのだが、ノーキンズのあの選手は魔法絡みの反則を二回しか犯す事無く試合終了まで出突っ張りだったのだ。
此れはノーキンズに精霊魔法使いが彼しか居ないと言う事を示している訳では無く、彼が他の誰よりも優れた魔法使いだったからこそ、代えの効かない選手として第一線で参戦し続けたのだろう。
高い魔力は魔法使いとして活躍するのに絶対必要な物では無く、人並みよりも低い魔力でも使い方次第で様々な活躍が出来ると言う事を観客に魅せつけたと言っても過言では無いと個人的に評価した。
うん、試合ではノーキンズが敗北したが、俺が見る限り今回の試合で最優秀選手を選ぶとしたら、あのノーキンズの司令塔を迷わず選択するだろう。
魔法に関して肯定的な意見を抱いたらしいお連が、オクトパス応援団の小父さんと試合中の魔法の扱いに付いて楽しそうに話している姿を見て、俺は彼女を此処に連れて来た事に喜びを感じて居たのだった。




