千二百六 志七郎、狡を感じ一般魔法使いの悲哀を思う事
「否々流石に其処まで便利に使える物じゃぁ無いぞ? 先程の手合わせだって入りは瞬間移動では無く、加速を組み合わせた歩法でそう言う風に見せただけだ」
朝食の席で俺が先程の手合わせで感じた、近接戦闘に置ける瞬間移動の優位性に付いて質問を投げかけた所、師範代は『お前は何を言っているんだ?』と言わんばかりの表情で手を左右に降りながら否定の言葉を口にする。
加速と言うのは風属性の精霊魔法の中でも基本と成る魔法の一つで、移動の瞬間に追い風を吹かせる事で一瞬で最高速度を出す事が出来ると言う物だ。
ただ此の魔法、氣で同じ事が出来る上に短縮詠唱や無詠唱と言った高等技術が使えなければ、長々と呪を編んでる間に普通に走った方が早いまで有る微妙な物で、少なくとも俺は使う事は出来るが使う事の無い魔法の一つと考えていた物で有る。
師範代程の実力者とも成ると無詠唱魔法……実際には前世の世界で人気だった、漫画に疎い俺でも知っている某忍者漫画の忍術と同じ様に手や指を組み合わせた印とか手文字とか言われる物で詠唱の代用をする技術で、多くの魔法を使い熟す事が出来る訳だ。
無手の格闘家故に抜手だったり掌底だったり拳だったりと手の形は常に一定では無い為に、彼等魔法格闘家と無詠唱魔法の相性は凄振る良い。
其れに短縮詠唱を交えた形での魔法が加われば、どの発言が短縮詠唱でどの手が無詠唱魔法の印なのか見抜くのは、同門で更に上位の実力者でも無ければ無理だろう。
「短時間で同じ魔法を繰り返すのは魂に与える負担が大きく成る事が有るから、極力避けた方が良いんだよ。御師匠様から聞いたそっちの国の術が発祥らしい『以下同文』って奴も下位の魔法なら兎も角、上位の魔法でやるのは本気で危ないぞ」
精霊魔法は電子遊戯の様に魔法を使う度に魔法力《MP》を消費する……なんて物では無いが、それでも何の消耗も無いと言う訳では無い。
魔法を発動する際には氣の源泉でも有る魂の力を一時的に消費するのだ。
とは言え魂力と言うのは、生きている限り無限に湧き出し続ける物なので、一回使い切ったとしても凡そ十秒も有れば回復する程度の消耗でしか無い。
ただ問題に成るのは十秒未満の短い時間で一気に限界を超える様な魂力の消費した場合で有る。
始めて精霊魔法と氣と錬玉術の併用をやった時に成った様に、魂枯れと呼ばれる症状を引き起こす事が有るのだ。
転移系統の中でも視界転移は比較的簡単な魔法では有るが、そもそもとして四属性全てを複合させる時属性と言うのは消耗が激しい部類の魔法なので、短時間に連続して使う様な真似をすれば簡単に限界を超えてしまうのだと言う。
「と言うか一体で四色を賄う事が出来る霊獣を連れてる時点で、魂に対する負荷は俺の半分で済む訳だからやはり四色霊獣との契約ってのは狡いわな、此方は二色を二体召喚してやっと時属性を扱っている訳だしな」
丼の飯を掻き込みながらそうボヤく師範代。
精霊魔法を使う際には精霊や霊獣を召喚して置く必要が有るのだが、この召喚を維持して居る時点で魂力は一定量消費し続けている状態に成る。
精霊や霊獣の召喚を維持するのに必要な消耗と言うのは、其れがどんなに巨大な霊力を持つ存在でも一体分は一体分の為、精霊魔法使いはより少ない消耗で大きな魔法を使う為に、少しでも多くの精霊を身に宿す霊獣との契約を目指すのだ。
そう言う面から見れば、産まれた時点で四色霊獣で有る四煌戌を与えられていた俺は、或る意味で狡を貰って居ると言っても良いのかも知れない。
ちなみに師範代が契約している霊獣は、先程の手合わせで見た限りでは、青い火花が身体中を駆け巡っている鷲と、紫色のあからさまに毒属性ですと言わんばかりに毒々しい色合いの蛸の二体で有る。
霊獣と呼ばれる存在は基本的には二種類の精霊を宿す二色と言われる物が普通で、三色、四色と持っている属性が増える毎に希少性が増して行く。
なお二色の霊獣ですら契約している精霊魔法使いは上澄みと言って良い程のガチ勢で、大半の魔法使いは二体から三体の精霊と契約して居るだけ……と言うのが実際の所らしい。
では四属性全ての精霊と契約して時属性の魔法を使う事も出来るのでは無いかと思うかも知れないが、此れは現実的な方法では無い。
余程人並み外れた魂力を持っているとか言うのであれば話は別だが、そう言った異能を持っているので無いならば、精霊を四体も召喚し維持するだけで魂力は枯渇し、魔法を使うのに必要と成る分の魂力は残らないのだ。
その上単属性の魔法と比べると複合属性の魔法は合わせる属性が増える程に必要と成る魂力は増えるし、火と水や風と土の様に相反する属性を合わせた属性とも成ると二属性でも単属性の倍以上の魂力を必要とする。
故に時属性の魔法を実用的に使うと成ると、二属性の霊獣二体で四属性を綺麗に埋めるか、三属性の霊獣一体に足りない属性を精霊で賄うか、の何方かが現実的な手段と言う事に成るらしい。
……うん、時属性って前提条件からして可也障害物が高いんだなぁ。
なお色んな霊獣や精霊を収集する様に契約しているお花さんと言う存在が規格外なだけで、多くの精霊魔法使いは霊獣と巡り合う事が出来るのは多くても生涯に一度か二度位な物なのだそうだ。
ゑ? 精霊魔法学会には時属性の魔法を使える人が沢山居るじゃないかって?
そりゃ彼等の殆どは凄まじく運が良いとか、人生の大半を霊獣探しの旅に費やしているとか、先祖代々霊獣との契約を受け継いでいるとか、そもそも寿命が人間とは比べ物に成らない位に永いとか、兎角大多数の者には無理筋な『何か』を持っている者の集団だからだ。
そう言う視点で見れば、二体の霊獣で綺麗に四属性が揃って居る師範代も可也『運が良い』人と言えるだろう。
実際には見せて無い他の霊獣が居る可能性も有る為に、絶対にそうとは断言する事は出来ないが、時には折角出会った霊獣の属性が被てて複数と契約する利点が少ないなんて場合も割と有るらしいからな。
俺の年齢で四色一体に二色一体の二体と契約していると言うのは、精霊魔法学会の歴史的に見ても上澄みも上澄みで、過去には数件しか例が無い程だと言う。
とは言えそうした過去の事例はどの人物も、何代にも渡って精霊魔法を研鑽し続けた家系の者達で、霊獣との契約も親から受け継いだ物だと言う話で、初代と言って良いだろう者が十五にも成らん年頃で複数の霊獣と契約している例は零だそうだ。
「まぁ近接戦闘に転移を組み込む事が出来れば、お前さんは間違い無くもう一段……いや二段階は強く成るぞ。なんせ普通の刀で鉄板を叩き切る事が出来るんだ。相応の魔物素材の得物を使えば斬れない魔物なんぞ居らんだろ」
そんな言葉から始まった師範代の言では、俺の場合は初手で視界転移を使って相手の死角へと移動し、斬鉄を込めた一撃で首を刎ねれば大概の魔物は一撃で倒せると言う。
何なら氣を使って刀を延長した彼の様に、太い物を叩き斬るなんて技法有るから、其れを組み合わせる事で竜種の首だって落とす事は出来るかも知れない。
……とは言え竜種級の魔物とも成ると、首を刎ねただけでは即死せず、暫くはそのまま暴れるとか、切り口を焼かないと再生して頭が生えて来るとか、生物としてどうなんだ? と疑問が浮かぶ様な存在もゴロゴロ出てくるらしいがね。
何はともあれ転移魔法を戦闘に組み込む事の利点は十分に理解する事も出来たし、火元国へと帰る日を待ちわびているで有ろう第一期生達の為にも、早く瞬間移動を物にしよう……と決意しつつ、俺は朝飯を鱈腹食らうのだった。




