千二百四 志七郎、元気な息子に困り眠れぬ夜を過ごす事
息子さんが健康を取り戻し、視界転移の魔法を成功させた夜、俺は寝付く事が出来ずに寝台の中で只無為な時間を過ごしていた……息子さんが元気を主張し過ぎて眠れんとですよ。
今朝精通仕立て早々でコレって……十代前半の性欲ってこんなにも強かったか?
いやまぁ……原因は解っている、お連と言う俺の好みからすれば少々以上に幼過ぎるとは言え、前世の親友が見れば暴走し兼ねない様な美幼女が、無防備な姿で同じ寝台で寝ているのだ、健康に成ったからこそ無意識に興奮して居るのだろう。
……と言うか、気の所為かお連の方から今迄は感じた事の無い様な凄く良い香りがして居る様にも感じるのである。
その御蔭で息子さんは数打ちの刀で斬鉄が可能な程の氣を込めた彼の様に、全力強化状態を維持し続けているのだ。
敷布も布団も綺麗な物と取り替えたとは言え、此の寝台で武光の馬鹿とお忠が何度も致していた事も有って、意識しない様にと考えれば考える程に欲求が不満して行くのだから同仕様も無い。
とは言え俺も前世には三十路半ば迄清い身体を守った実績の有る男だ。
此処で欲望に流されてお連に襲い掛かる様な分別の無い猿の如き真似をする事等あり得る訳が無い。
かと言って此の儘朝までまんじりともせず日を明かせば、明日が辛いのは自明の理。
と成ればやる事は一つだろう……そう判断した俺は、氣を身体の俊敏性と器用さに割り振り、同じ寝台で眠るお連を起こさない様に細心の注意を払って布団を抜け出し床へと降り立つ。
そして寝台の脇に据え付けられた卓からノートPCを手に取ると、可能な限り音を立てない様に忍び足で部屋の入口へと移動し、静かに扉を開けて廊下へと出る。
お花さんの屋敷は何処も可也しっかりとした造りなので、此処まで来てしまえば余程大きな声でも出さない限りは各部屋の中まで声が届く事は無い。
故に安心して一番近くに有る便所へと足を向けるのだった。
「ふぅ……人は何故、争うのか……。私欲を捨てる事が出来れば全ては話し合いで解決出来る筈なのに……」
一時的な物とは理解しつつも、悟りの境地……其の紛い物を手にした俺は、何とは無しにそんな言葉を呟く。
良くも悪くも欲望と言う物は生きる為の動機付けで有り、其れを完全に捨て去ったならば生きる意味等無いかも知れない。
苦行の果てに『苦行は苦しいだけで悟りの道では無い』と理解し、一杯の乳粥を口にした時に悟りの境地へと至った御釈迦様とて、其の後は『自身が得た悟りを万人に伝えよう』と言う私欲では無いが、欲と言っても良いであろう物の為に生きたのだ。
其れに釈尊だって悟りを開いたからと言って霞を食って生きて行く事が出来る様に成った訳で無し、普通に生理的欲求は有っただろうし其れを貪る事こそ無いにせよ生きる為に必要な分は満たして居た筈である。
ましてや悟りとは程遠い凡俗の人間が欲を捨て去って生きる事等出来る筈が無い。
全ての人々が『完全な平等の中で暮らせる』とする共産主義や社会主義は、理想的に運営されたならば其処は楽園と言える様な社会に成るだろう。
但し其れが実現するには其処に所属する者が誰一人として我欲を抱かなければ……と言う不可能な前提での話だが。
実際、釈迦力に働いてものんべんだらりと働いても、同じ賃金しか貰えないならば、其れは本当に平等で公平な社会と言えるだろうか?
出した結果に比例して賃金が変わるのであれば、其れは共産主義の社会では無く、資本主義の方が近い社会と言える筈だ。
前世の世界でも俺が小学校を卒業するかしないかの頃に有ったソビエトの崩壊も、詳しくは知らないが真面目に働いてもサボっても同じ賃金でしか無い……と言う社会構造が、サボった方が得と言う意識を生み、様々な物事が停滞した結果と聞いた覚えが有る。
崩壊こそして居ない物のお隣の大陸に有った共産党が支配する国だって、其れを受けて一部市場経済を導入したが、結局は『富む者は更に富み、貧しい者は更に貧する』と言う結果にしか成らなかった筈だ。
人間社会だけで無く野生動物の世界だって……いや、畜生だからこそ理性なんて物は無く、目先の欲に従い生きて行くだけの世界でしか無い。
結局の所、人間も広義で言えば動物に過ぎない以上は、欲から離れて生きる事等出来やしないのだろう。
逆に言えば全ての欲から解脱し極楽浄土へ行くには、悟りを開いた上で肉体と言う枷から解き放たれなければ成らないと言う事だ。
故に今楠寺の宗派で祀られていた阿弥陀如来は、帰依する者を来世で極楽浄土へと導く……と言う、現世での救いを解いて居なかったのだと思う。
……まぁ幾ら仏教に付いて考えた所で、此方の世界には仏教の教え自体が届いて居ないし、何なら神様と呼ばれる存在が現実に肉体を持って存在して居る世界だ。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……煩悩退散……煩悩退散……」
にも拘らず御題目を唱えてしまうのは、たった今さっき自分でして置いて引く程の量を出したと言うのに、息子さんが未だに元気な姿を晒して居るが故である。
いや、待てよ……此れもしかして人食い加加阿の猪口齢糖の効果が未だ残っている所為か!?
ワン大人も此れを食べる前に、テツ氏夫婦が食べた時には凄い事に成ったらしいと言って居たし、息子さんと其の奥のお宝が健康に成っただけで効果が尽きた訳じゃ無く、溢れた元気が漏れていると考えれば奇怪しな話じゃ無い。
……さて、先程は前世にも散々お世話に成ったネット小説を読みながら行為に及んだが、次は友人達の心配りの品で有る電子遊戯の類に手を付けて見ようか。
幸い偏った性的嗜好な親友が好んだ様な物ばかりで無く、万人受けする様な物も入って居たし、前世の俺が好むであろう容姿や性格付けがされた登場人物の物も有った筈だ。
無理矢理行為に及ぶなんてのは現実で犯るのは言語道断だが、創作と言う絵空事の世界ならば誰憚る事も無い。
男勝りな女騎士が敗北した相手に手籠めにされて『くっ、殺せ!』と言ったり『悔しい、でも感じちゃう!』とか成る奴とかは、今なら多分割と楽しめるんじゃ無いかな?
確か前に遊んだ竜が巣を作る奴にはその手の場面が結構有った様な気がするし、回想機能で色々と見て見るのも有りかも知れない。
でも未だ触ってない電子遊戯にも良い物が有るかも知れないし、発掘してみるのも有りか?
だが悠長に攻略なんぞして居れば、睡眠時間が完全にお亡くなりに成る可能性も有るし、此処はやはり既に遊んだ物の中から好みの場面を探して楽しむのが良いだろう。
何せ今は趣味で遊戯を楽しむ時では無く、元気過ぎる息子さんを早急に宥めるのが先決事項なのだから。
そんな訳でノートPCに付いてる鼠無しで操作出来る板を指でちょいちょいと触り、助平な電子遊戯が纏めて入っている入れ物を開く。
……此処は共用便所の個室なので、隣の個室や小便器の方に誰かが来た時に音漏れすると困るから、音量は零にして置いた方が無難だな。
濡れ場での声優さんの演技とかも、前に遊んだ時はサクサク飛ばして居たが、今なら多分スゲー興奮出来るとは思うが……仕方無い。
前世は基本ネット小説がお供だったが、色々と趣味の幅が広い方の親友の言に拠ると、音声だけの表現と言うのも向こうの世界では割と人気の有る物だったそうで、本職の其れ以上に同人の其れは大量に作られていたと言う。
うん……一寸興味が湧いたし、音漏れ対策に使える道具と一緒に向こうの世界に居る友人達に注文出来りゃ良いんだが、流石にこの手の話をおミヤ経由でするのはなぁ。
丁度良い時に紗蘭が此方に来てりゃ良いんだが……なんて事を考えながら、俺はもうニ回程致して、やっと落ち着きを取り戻した息子さんを抱えて寝室へと戻ったのだった。




