千百九十六 志七郎、試験を知り常識を知らぬ事を知る事
錬玉術師としての階位を認定する試験は割と単純明快な物で、各階位毎に開示された調合法を用いて指定された霊薬や術具を造ると言う物だった。
ただし其れで取得出来るのは上から三番目の階位で有る第二位王工匠までで、第三位王工匠となるには『錬玉術師製造所内での未発見調合法の開示』が条件になると言う。
未発見調合法の開示と言うのは、自分自身が新たに編み出した新しい霊薬や術具の製造法でも良いし、製造所内に有る大図書館に有る調合法集に登録されて居ない別の地域の霊薬等の調合法を手に入れてくる事でも良いらしい。
個人的には前者の方が評価が高い物の様に思えるのだが、後者を行う者が居なければ技術の発展は何処かで行き詰まりる事になるのだ……と錬玉術師製造所では考えられているそうで、自力でも他力でも新しい発見には同等の価値が有るとされて居るのだと言う。
ちなみに最上位で有る極工匠に成る為の条件は、第三位王工匠の階位を持った者が一定以上の功績を積んだ上で、命を落とした際に本人以外の第三位王工匠達の過半数が認めた時に与えられる名誉階位らしい。
つまり寅殿は現状で既に錬玉術師としては一番上の階位に居ると言う事だ。
「望奴も時間と機会さえ有れば第三位王工匠を狙えるだけの器だったのだが、火元国特有の調合法は吾輩が先んじて登録してしまって居たが故に、彼を第二位に留め置いてしまったのは痛恨と言える過ちであろうな」
元々寅殿が火元国を訪れて居たのは、火元国の魔物の素材を使った新たな調合法の確立と、火元国の薬師達が古くから伝えて来た調合法の収集が目的で、望奴や智香子姉上を弟子としたのは割と予定外な事だったらしい。
更に言うならば義二郎兄上の片腕を失い義腕を必要とする様な事が無ければ、望奴が北方大陸に来る様な事も無かった筈なのだ。
なので寅殿が東方大陸や火元国で手に入れた調合法を、製造所で行われる討論会の場等で開示するのは或る意味で当然の事で有り、望奴が第三位王工匠の階位を手に入れる為に情報を温存して置くなんて真似は、未来予知でも出来なけりゃ無理な話である。
「で、我が孫弟子君はどの程度の技術を修めて居るのかね? 言っては悪いが三つ星までは子供の手習いの様な物で、第一位王工匠を取って初めて一人前の職人と呼べる腕前と言って良いだろう」
智香子姉上の階位が三つ星なので其の弟子と呼ぶのも烏滸がましく手習い程度に齧ったに過ぎない俺は、当然其れよりも下の階位までの調合しか出来ない筈である。
「智香子姫に三つ星の認定をしたのは彼女が十二歳の時だった筈だ。その後再会した時にでも上の階位認定をすれば良かったのだが、残念ながら火元国には他の国には無い色々な素材が有って吾輩は其れ等を手にする事に時間を取られてしまってね」
曰く智香子姉上は再会した時点での目測で既に第一位王工匠の腕前は有った筈で、その後の研鑽を怠って居なければ望奴と同じく第二位王工匠として認められる程には成長して居た筈なのだそうだ。
とは言え正式な弟子兼丁稚の桂太郎にも既に追い抜かされた程度の俺では、第一位王工匠は勿論の事三つ星だって怪しい所なのでは無いだろうか?
そんな事を考えながら、階位認定の為に開示されて居ると言う調合法に目を通して行く……アレ、思った程難易度高く無いぞ?
いや流石に王工匠の認定を受ける事が出来る調合法は、基礎技術では無く応用技術が盛り盛りに盛り込まれて居るので今の俺には手が出ないが、二つ星なら素でも確実に、三つ星も氣を使って良いなら十分に手が届く範疇と言える物でしか無い。
つか基本的な霊薬が作れて一つ星、術具の類に手が出て二つ星、素材と成る霊薬を自分で調合して其れを使った術具を作れたなら三星……って感じの様に見えるな。
コレは確かに三つ星までなら子供の手習いの範疇と寅殿が言ってしまうのも無理無い話かも知れない。
でも市井で活動する普通の薬師は大体の場合、此処の基準で言うと一つ星で満足して商売をして居る連中って事に成るんじゃないか?
そんな中でパッと思い浮かんだのが、西方大陸南部への旅では色々と世話に成ったワン大人と言う東方大陸出身の医者だ。
彼は前世の世界と比べると圧倒的に劣っていると言って間違い無い物では有るが、明確に学問として発展して来た医術を持つ者では有るが、同時に古くから伝わる調合法を用いた霊薬を処方する事の出来る薬師でも有る。
未開拓地域に伝わっていた霊薬で俺の息子さんが急成長を遂げた際には、彼が用いた点滴薬が無ければ先ず間違い無く命を落として居ただろう事を考えれば、命の恩人と言っても過言では無い人物だ。
そんな人が此処の基準では一つ星と言う事に成ってしまう訳だが、其処は此処は飽く迄も医者を育てる場所では無く、錬玉術師を育てる場所だからと言う事で飲み込むしか無いのだろう。
うん……今暫く残っている留学期間中にワン大人に錬玉術の手解きを多少する積りだったが、西海岸流侍道を学ぶ為に火元国と西方大陸を瞬間移動で移動する必要も出来たし、ワン大人にはもっと良い形で学んで貰うべきだ。
その為にも此の場できっちり三つ星を獲得し、火元国に戻ったら智香子姉上に相談して第一位王工匠を取るのに必要な技術を教えて貰う事にしよう。
「階位認定試験には錬玉術だけで無く、氣や精霊魔法を併用しても構わないですか?」
そんな気持ちを込めて、恐らくはそんな事をされるという事自体が想定外なのだろう試験要項に書かれて居ない事項を口頭で確認する
「Was?」
と、寅殿は一瞬何を言っているのか理解出来ない様な表情を浮かべた後、ただ一言そんな言葉を口にした。
「ですから、氣を使って自身の器用さを高めたり、視覚や聴覚を強化して薬剤の変化を見逃さない様にしたり、加熱や逆に冷却が必要な工程に精霊魔法を使って時短したりするのを階位認定試験の際に行うのは反則に成るのか聞きたいんですが」
故に俺は改めて丁寧に何が言いたいのかを口にすると、
「……其れが本当に出来る事なら、錬玉術の超えられない壁の一つを超える事が出来る可能性の有る新たな発見に成るのだが?」
自身の顔を片手で覆い天を仰ぐ様な仕草を見せた後、寅殿は頭を横に振りながらそんな言葉を返す。
「ゑ? 氣功使いなら氣を纏う事で自分の能力を強化するのは普通ですし、精霊魔法を使えるなら熱属性の魔法で加熱や冷却を行うのも普通の事では?」
火元国から此方の大陸に留学して来て居る者は、皆武家の子弟で有り氣が使えて当然の人材なので、氣と錬玉術の併用は既に誰かが試した道の筈だ。
「氣の方は確かにそう言う使い方をして居る弟子が居ると言う様な話は、他所の工房長から聞いた気がするが、精霊魔法と錬玉術の双方を修めた者なんてのは前代未聞だし、使えたとしても普通ならば即座に魂が枯れて酷い目に合う筈だぞ?」
確かに錬玉術と精霊魔法と氣の併用をした後に魂枯れと呼ばれる症状に陥った事は有るが、其の辺はある程度の調整を繰り返し行った事で慣れたので、今では余程長時間大量に霊薬を作るとかしなければ問題は無い。
「所で錬玉術の越えられない壁って何の事ですか? つか一人で出来ないなら精霊魔法使いに協力を仰いで共同作業で何とかするとか方法は他にも有る様に思うのですが……」
俺がそんな疑問の言葉を口にすると寅殿は再び天を仰ぎ見て
「あの馬鹿弟子は一回しばく、錬玉術の基礎の基礎で有る秘匿の義務をなんで教えてねぇんだ!」
と怒りの声を高らかに煉瓦作りの工房に響かせたのだった。




