千百九十四 志七郎、戦力を考え倒幕を疑われる事
「成る程な錬金術師製造所の見学と留学生の視察に来たと……其れにしてもついでで大陸を簡単に渡ると言うのは、本に大魔法使いと言う者は想像の大きく上を行くで御座るなぁ」
冒険者組合での用事は終わったと言う獅子丸殿と連れ立って建物を出た俺達は、どうして此処に居るのかなんて事を説明しながら錬金術師製造所への道を歩いて居た。
どうやら此のシュテルテベーカーと言う街は、建物の多くが煉瓦で作られている様だが、少し前に見たアシャンティ公国の街並みとは違い赤一色と言う訳では無く、色とりどり……と言うには一寸偏りが有るが統一感は感じられない煉瓦が使われて居る様である。
中にはしっかりと色合いを揃えて建てたであろう建造物や、色違いの煉瓦で模様を描いた建物なんかも有るが、そうした物はどれも他の建物よりも一回り大きい感じなので、恐らくは富裕層が建てた物なのだろう。
アシャンティ公国の建物が上から下まで見事に統一感の有る赤で街並みが作られて居たのは、あの街の近くに有ると言う鉱山から出る金屎を焼き硬めた煉瓦だからと言う事情も有る。
金屎の煉瓦と言うのは大体の場合鉱石の産地毎に色合いが変わるそうで、逆に言えば同じ鉱山から出た鉱滓を処理した煉瓦ならば似た様な色合いに成るのは当然の事なのだ。
対して此処の煉瓦が様々な色合いの物が有るのは、特定の鉱山から出た鉱滓を材料した物では無く、様々な場所から掘り出した粘土なんかを使って作って居るからだろう。
一つの建物で統一感の有る色合いにしたり、模様を描いたりする為にはそうした不特定の煉瓦では無く、材料集めの時点で計画を立案せねばならず、一目で見て手間や銭を掛けて建てたと理解させる凄みが有った。
「見えて来たで御座るよ。アレが錬金術師製造所で御座る」
そんな異国情緒漂う街並みを見ながら獅子丸殿の先導で進んで行った先に有ったのは、一目で見て『学び舎』と言う感じでは無く、どちらかと言えば前世に出張で北海道の小樽へ行った時に見た煉瓦倉庫に近い感じに見えた。
どうやら錬金術師製造所は大きな一つの学舎が有る訳では無く、幾つもの工房が軒を連ねる町工場街の様な感じらしい。
「所で見学って言っても好きに工房へ入れる訳では御座らぬが、事前に見学の申し込み等はして来てるので御座るか?」
道中で獅子丸殿に聞いた限りでは、錬金術師製造所への留学生は基礎の基礎段階では纏まった授業を受ける様な事も有ったそうだが、ある程度の技術を学んだ後は其々個別の工房で丁稚奉公の様な真似をさせられて『見て覚えろ』式の教育を受けていると言う。
其の話を聞く限り此処は教育機関では無く、錬金術師達の同業者組合の様な場所で有り、留学生の受け入れは飽く迄も下っ端労働者を安価に雇う為の方便に過ぎない様だ。
とは言え、だからと言って彼等留学生が前世の世界の日本で行われていた『技能実習生と言う名の単純労働者』の様な悪意有る制度の犠牲者と言う訳では無く、しっかりと一人前の術者に育てる為の教育は行われているらしい。
「えーっと……其の辺はどうなって居るんですかお花さん?」
元々北方大陸に来る予定なんぞ無かった俺に、事前予約の様な事が出来る訳も無く、此処へと連れ出したお花さんに問いかける事しか出来なかった。
「予約も何も貴方は既に智ちゃんの弟子なんからティーガー工房の人間でしょうに……錬玉術師は一子相伝って言う程厳しくは無いけれども、弟子以外の者にはそう簡単に調合法を開示したりしない物よ」
半ば呆れた様な口ぶりでそんな返事をしたお花さん、其の言に拠ると俺は智香子姉上から錬玉術を学んだ時点で彼女の弟子となり、師匠の師は自身の師も同然等と言う論法から錬玉術師製造所では寅殿の弟子として扱われるのだと言う。
故に一々見学の予約等しなくてもティーガー工房に寅殿が居れば特に問題無く見学出来るし、寅殿が何処かへとふらふら旅に出て居たとしても割と何時もの事なので、留守を預かる弟子に話を通す事は然程難しい事では無い……らしい。
「……錬玉姫の話は噂程度には聞いて居たで御座るが、真逆工匠ティーガーの直弟子とは、本当に猪山藩の人脈と言うのはどう成っているで御座るか!? やろうと思えば幕府転覆すら可能では御座らぬか!」
錬金術師製造所に留学して凡そ一年位に成る獅子丸殿曰く、『工匠』と呼ばれるのは錬金術師の中でも多くの功績を残した上位百人だけだそうで、毎年年末に行われる研究成果の発表会では『素人質問』が飛び交い其の結果で番付が入れ替わると言う。
放浪癖が有り錬金術師製造所に長く留まる事をして居ない寅殿は、若い頃に一度九十八位を得て工匠の名乗りを許されたが、其れから直ぐに未だ見ぬ素材と調合法を求めて世界を放浪する様に成った為、その階位から転げ落ちて居た時間は大分長かったそうだ。
けれども猪川家でお花さんと出会った事で、発表会の時期には彼女の瞬間移動の魔法で此方へと戻る様になり、今では二十二位と現役の錬玉術師としては上から数えた方が早い階位に鎮座して居るらしい。
尚二十位より上は錬金術師製造所の開祖や、東方大陸の丹術と北方大陸土着の術具製作技術を組み合わせ錬玉術其の物を生み出した始祖とでも呼ぶべき者達が占めて居り永久欠番扱いなのだそうだ。
つまり寅殿より上の現役錬玉術師は二十一位の錬金術師製造所、所長だけ……と言う事に成る訳である。
うん、精霊魔法学会の長老で有るお花さんに加え、錬金術師製造所でも最高峰の錬玉術師である寅殿と、悪意に置いて勝る者無しと謳われる御祖父様、近接戦力では其れ等を超えるだろう一朗翁が居れば、確かに幕府転覆も不可能じゃないな。
つか、お花さん一人でも小国なら蹂躙出来る戦力なんだよなー。
火元国の場合には一つの藩が外つ国では『一国』と言う事に成るのだろうが、少なくとも小藩で有る猪山藩の場合、彼女が本気で『隕石召喚』を連打すれば人っ子一人住む事の出来ない土地に変える事は不可能では無い筈だ。
其れに加えて智香子姉上の話に拠ると彼女も作る事が出来ない程の難易度だが、寅殿が考案したと言う、対竜兵器としか言い様の無い凶悪な術具も幾つか有り、其れを対人で使えば一軍を一発で壊滅させる事すら可能だと言う。
そうした人類《人に類する種族》でも上澄みも上澄みとしか言い様の無い人材に、伝手が有るのが策謀家として有名な我が祖父と成ると、確かにヤベー臭いしかしないな。
とは言え上様と御祖父様は義兄弟の契を交わした仲で有り、父上も野心が強い方の人間ではないし、次期藩主で有る兄上も本人が思っている以上に脳筋で陰謀の類を巡らせる事の出来る性質の人間では無い。
其れ故、幕府の側が猪山藩に対して余程酷い事をしない限りは、幕府転覆を企てる様な事は無い……筈だ。
幕府の中には反猪山と言うべき派閥も有るそうだが、そうした連中だって直接的にやり合う事までは望んで居らず、若い頃には上様と御祖父様の衆道を疑われる程に仲が良すぎた事で未だに権益が有ると考え其れを少しでも削ぎたい……と言う様な考えらしい。
ちなみに我が家に対して幕府から特別な計らいの様な物は何一つ無い、なんなら御祖父様が火元国中を飛び回って色々な騒動の火種を叩き潰す行為すら無償らしいので、寧ろ家からの持ち出しの方が多いとすら言えるだろう。
「おお、此処がティーガー工房で御座るよ。彼の御仁は知っての通り放浪癖が強い方故に今日居るかどうかは知らぬがの。では拙者は別の工房に所属して居る故に此処から先に入る訳には行かぬでの。また機会が合ったら牛乳でも飲み交わそうぞ」
他の工房と比較して特段に立派だったり逆にオンボロだったりもしない、極々普通の煉瓦作りの建物の前まで俺達を案内してくれた獅子丸殿はそう言うと、此方を振り返る事も無く少し離れた別の工房へと入って行ったのだった。




