千百九十 志七郎、食文化を考え出鱈目を目にする事
陸上に打ち上げられたにも関わらず、元気に全長十尺近い巨体をのたうち回らせ跳ね回り、焔羽姫の爪に依る拘束から解き放たれた鬼緋鯉。
しかし幾ら魔物とは言え流石に鰓呼吸しか出来ない魚類の身体では、その抵抗も長くは続かず少しずつ大人しく成り、口を動かし何かを訴える様な素振りを見せるだけに成って居た。
「ぱく……ぱくぱく、ぱくぱく、ぱくぱくぱく……ぱく(に、煮て良し、焼いて良し、でもタタキは嫌……山葵が染みるから)」
……いや、思った以上に余裕あるのか?
つか、声らしき物は出て無いのに、聞き耳頭巾はしっかりと仕事をしてその意思を伝えてくれる。
「あら? この子普通の鬼緋鯉じゃ無くて霊獣だわ。まぁ栄養価的には普通の鬼緋鯉より霊獣の方が上でしょうけれども、流石に霊獣保護を掲げる学会の者としてコレは駄目よね」
身体に強い精霊の権能を宿す霊獣は殺そうとしても、そう簡単には死なないし、上手く仕留める事が出来たとしても、早ければ数年永ければ数千年と言った時間を経て復活する事も有ると言う。
その身に宿す霊力が強ければ強い程に復活に要する時間は延びていく為に、最強の霊獣である古龍の中でも王と呼ばれる者達は、神話の時代に打ち倒されてから今尚復活の兆しは無いらしい。
逆に木っ端と言ってしまうと語弊が有るかも知れないが、比較的弱い霊力しか持たない二色の霊獣なんかだと、本当に数年で復活する為に素材回収を目的として、定期的に討伐が行われていた時代も有るのだそうだ。
精霊魔法学会は『知恵有る獣』である霊獣は、他の動物や魔物と違って契約を結び友と成り得る『隣人』と定義しており、その存在を可能な限り保護する方向で動いていると言う。
「斥力」
そうした背景を持つが故にお花さんは短縮詠唱で時属性の魔法の一つ、斥力を発動し鬼緋鯉の巨体を湖に向けて吹っ飛ばした。
斥力と言うのは引力とは反対に働く互いを退け合う作用の事らしいが、理系を深く学んだ訳では無い俺の頭では、ソレがどう言う原理で働く力なのかを説明する事は難しい。
ただ精霊魔法に置ける斥力の魔法は、単純に相手を押し退ける力を発動する魔法で、対象が重ければ重い程に強い力で吹き飛ばすと言う物である。
この魔法のもう一つの大きな特徴としては、対象がふっ飛ばされた先に壁でも無い限りは、直接的な被害を与える事無く押し退ける事が出来ると言う事だろう。
其の為、吹き飛ばす方向さえしっかりと考えれば、相手を傷付ける事無く取り押さえるのに非常に便利な魔法の一つで有る……と習った覚えが有る。
残念ながら今の俺と四煌戌では未だ発動すら覚束ない高位の魔法では有るが、最初に書写させて貰った呪文書に記載が有る辺り、本当に使い勝手が良く多くの魔法使いに習得が推奨されて居る魔法なのだろう。
「ぱくぱくぱく、ぱくぱ! ぱく、ぱくぱくぱ?(母なる湖よ、私は帰って来た! して、貴様らの望みは何だ?)」
極太の水柱を上げて湖へと戻った鬼緋鯉は、音もなく湖畔近くへと泳いで来ると、水面から顔を覗かせてそんな事を問いかける。
野生の霊獣と契約しようと思えば、多くの場合は何等かの方法勝負を挑まれたり、指定された試練を突破する事で、相手に此方の力を認めさせる事が交渉を持つ為の最低限度の条件と成ると言う。
今回はお花さんが牽引光線の魔法で、奴が為す術も無く岸へと連れて来た事で、此方を格上の存在として認めたと言う事なのだと思われた。
「んー、貴方は……あら珍しい、水と火の二属性持ちの霊獣なのに雲属性の存在じゃぁ無いのね。珍品と言う意味では希少な霊獣とは言えるけれども、戦力と言う意味では微妙よね」
霊獣がその身に宿す精霊を見極める事は、契約後であれば極めて簡単な行為なのだが、ソレ無しの状態で正確に判断する技術を俺は未だ身に付けて居ない。
一応指導は受けては居る物の例の如く某球団の終身名誉監督バリの語録での教えは、自分では感覚派では無く理論派だと思って居る俺には中々に理解し難い物なのだ。
其れでも今回指導を受けた感覚共有は割と簡単に成功した辺り、決して間違った事を言って居る訳では無いと言うのがまた難しい所だろう。
考えるな感じるんだ……と言う言葉は、前世の世界では色んな所で使われていたが、元ネタは何だっただろうか?
と、そんな事を考えている間にもお花さんと鬼緋鯉のやり取りは続いて行き、
「ぱくぱく、ぱくぱ、ぱくくぱっぱくぱく(相解った、此の身の一部、切り身一切れで良いなら持っていけ)」
そんなとんでも無い言葉が聞こえて来て俺は思わず笑う方では無い形で吹き出した。
幾ら霊獣は殺そうとしてもそう簡単に死なない存在だと言っても、身体から切り身を切り取る様な真似をすれば痛いで済む話じゃない筈だ。
お花さんも冒険者の心得として解体用の刃物は当然携帯して居る筈だが、彼女が持っているソレと比べたら間違い無く大きく鋭い刀を持っている俺に切り取りのお鉢が回ってくる奴じゃないか?
正直な話、言葉の通じる相手を食うと言う事は、悲しいかな既に慣れてしまった感は有る。
何せ聞き耳頭巾を身に付けて居れば、其処らに居る動物や鳥達の声すら言葉として聞き取れてしまうのだ。
本来ならば全うな思考能力なんざぁ無い筈の小さな小さな脳味噌しか持たない小鳥が、全うに言葉を話すと言う超常現象が日常に成った当初は、頭が可怪しく成るかとすら思ったが、人間の適応能力と言うのは侮れない物で暫くしたら慣れて何時の間にか慣れていた。
流石に人間以外の亜人とも言われる様な人類に区分される物を含めた『同族食い』と言う禁忌を犯す事が出来る程に、イカれては居ないが其れでも言葉の通じる存在を食える様に成ったと言うのは、前世の俺では考えられない変化と言えるだろう。
とは言え、この辺の『知能が高けりゃ食っちゃアカン』的な物の見方は、前世の世界で鯨を巡る論争でも有った様に、一種の差別的な意味合いを持ち得る為、余り良い事では無いのだがね。
俺自身は鯨を食肉として扱うのに馴染みの有る地域の出身ではないが、北海道に出張で行った際に函館の郷土料理だと言う『鯨汁』を食って美味かったと感じたし、鯨を食う事に抵抗は無い。
日本のお隣に有る大陸の国では犬や猫も食材として扱う地域が有るが、ソレはその土地の食文化なのだから、人様の玩畜を攫って食うとか言う別の犯罪が絡まない限りはソレを否定するべきでは無いと思うのだ。
何せ日本では病気を媒介する衛生害虫の代表格とも言える御器噛も、日本に棲む品種が特段不衛生なだけであり、他の地域では貴重な蛋白源として食用に供される事も割と多いと言う。
昆虫食は残念ながら向こうの世界で試す機会は無かったが、『蝗の佃煮』は一度位は試して見たかったと思わないでも無い。
アレは何処の郷土料理なのか帰ったらノートPCに入っている百科事典で調べて見よう。
京の都まで旅した経験から考えるに、恐らくは此方の世界でも似たような地域で食べられている可能性は高いし、何ならその料理其の物が妖怪として出現して居る可能性だって有るしな。
そんな事を考え俺が現実逃避を続けている間に、お花さんとの交渉を完全に終えた鬼緋鯉は、一度水中へと潜ると凄い勢いで水面から飛び出し宙を舞い、同時に水面から自分目掛けて『水の刃』の魔法と思しき物を発動させた。
一種切腹めいた行動の結果、鬼緋鯉の身体は一瞬輪切りに成ったが、切れた一部が此方に落ちて来ると同時に、頭側と尻尾側に分かたれた身体がくっつく事で、当初よりもほんの僅かだけ体長が短く成っただけで殆ど被害らしい被害の無い状態に戻って居たのだ。
……霊獣は殺しても簡単には死なないとは聞いて居たが、真逆此処まで出鱈目な存在だとは思って居なかった。
「鬼緋鯉も鯉の一種では有るし、鯉こくにして頂くのが良いかしらね? 洗いは秘伝料理の類で残念ながら私じゃぁ作り方は解らないのよねぇ」
筒切りに成った鬼緋鯉の切り身を手にして、お花さんは嬉しそうにそんな言葉を宣うのだった。




