千百八十七 志七郎、新たな技法を学び魔法の深淵を知る事
精霊や霊獣に限らず人類や魔物では無い動物以外との契約は、契約書を取り交わす事無く行われた口約束だとしても、其れは魂に刻まれ拘束力を持つ。
此れは人類を含めた広義での『動物』が魂よりも肉体が主である極端に言ってしまえば『唯物論的生物』なのに対して、精霊や霊獣そして世界を渡る為に肉体を従の物とした魔物と呼ばれる存在が『唯心論的生物』で有るからだと言う。
この場合の心は魂と言い換えるべきかも知れないが、死後の世界の存在を知り、あの世と呼ばれる世界での魂の在り方を考えるに、矢張り連続した『心』こそが契約を維持する為に必要な物なのだ俺は考える。
恐らくは太祖家安公もこの世界で為した偉業が有るのに昇神して居ない事を考えると、彼の魂は輪廻の輪の中へと戻り、地獄や天国と呼ばれる様な世界を含めた三千世界の何処かに転生して居る事だろう。
彼が生前契約して居た超時空太猴と言う霊獣は極めて強い時属性の霊獣で、其の能力は座標さえ解って居るならば世界と世界の狭間を超えて、異世界へと転移する事すら出来たらしい。
もしも俺が前世の世界へと跳ばされた時に、お花さんが超時空太猴との契約が出来て居たならば、芝右衛門の所に居た猫魔達を通しておミヤに連絡を入れた時点で、彼女が世界間転移で迎えに来る事も可能だったかも知れないと言う。
「今の所、魔法で界渡りを成功したのは黒の魔法使い唯一人なのよ。ただ其の際の詠唱は記録に残って無いし、どう言う呪を編めば界渡りが出来るのかの研究は、黒の遺産の連中も躍起に成って進めているけど成果は零に近い状態ね」
純粋に霊獣の持つ霊力と言うか精霊の権能だけで言えば、間違い無く古龍である嶄龍帝 焔烙の方が強い筈だが、時属性を扱うと言う一点に置いて超時空太猴の方が優れている可能性が高いのだそうだ。
この辺は出力の問題と言うよりは四属性全てを均等に扱う均衡の問題なので、四属性全てを扱えるにせよ火の属性が一番強い嶄龍帝では、時属性の魔法を家安公が使ったとされる水準まで再現する事は出来て居ないらしい。
「まぁ時属性の魔法の話は置いておいて、感覚共有の方に話を戻すわね。契約に依って貴方と霊獣の間には双方が望むか何方かが死ぬまで切っても切れない魂の繋がりが出来ているわ。其れは言うならば魂の一部を共有して居ると言う事でも有るの」
感覚共有と言う技術は其の魂の繋がりを利用する事で、相手が見聞きした物を其の儘自分も覗き見る事が出来ると言う物なのだと言う。
そしてそうした魂の繋がりの太さは、自意識と言う物を殆ど持たない下位の精霊は兎も角として、知恵有る獣である霊獣との間ではお互いの間に有る絆の強さに等しい物に成るのだそうだ。
故に相棒として絆を深めた霊獣と、契約して間もない霊獣では、感覚共有で得られる情報の精度にも大きく差が出るのだと言う。
「貴方とワンちゃんの間に有る絆は、生半可な物じゃぁ無いでしょうから、然程難しい事じゃぁ無い筈よ。ただ人の脳は自分の持つ感覚以上の情報を処理しようとすると被害を受ける事も有るから注意が必要よ」
殺されない限り死ぬ事は無く、死んだとしても時間を掛ければ復活する事も有る霊獣は、多少頭脳に被害が入っても然程気にする必要は無いので、此方から相手に感覚共有で情報を送る分には特に問題が起きる事は無い。
けれども人の脳味噌は被害が入ったらそう簡単に回復する事が出来ない為、例えば四煌戌の嗅覚の様に人間の数千倍もの情報を共有で受け取った場合、脳の処理能力を超過する事で致命的な被害を受ける事も有ると言う。
「人類は視覚に関しては割と高い処理能力を持っているから、そうそう酷い事には成らないけれども、他の感覚は本当に危険だから注意するのよ。それに貴方が契約してる鳥ちゃんの視界を借りれば索敵力は今よりももっと上がるわね」
鳥系統の霊獣は人間よりも優れた視力を持っては居るが、そもそもとして人類の殆どが五感の中でも視力に最も依存しており、その分視覚に対する脳の処理能力は高いので、余程特殊な目を持つ霊獣でも無ければ問題には成らないそうだ。
其れ故に四煌戌が嗅覚で索敵するのと合わせて、上から焔羽姫が見ている物を俺に共有する事で、今以上に先手を取って一撃で狩ると言う戦い方に磨きが掛かると言う事らしい。
まぁ焔羽姫も火元国では仁一郎兄上の鷹達に師事して狩りを覚えたりして居るそうなので、態々俺が彼女の視界を借りずとも、索敵をお願いすれば十分に仕事をしてくれる事だろう。
寧ろそうした方法を取る事が有るとすれば鬼切りの際の索敵よりは、鬼の砦を攻める際に上空から偵察して貰う様な状況では無かろうか?
試した事が無いのでハッキリと断言する事は出来ないが、俺がくたばる前に流行り初めて居た无人机空撮の様な物が見えるのだと思う。
此れから先、焔羽姫がどれ位の大きさまで育つかは解らないが、今の鷲と言うには一寸小さく鷹と呼ぶには少々大きい位の体格である内は、空を飛んで行っても不自然な物には見えないだろうし、対人戦闘の際にも偵察の目的は果たせるのでは無かろうか?
火元国の帝が先祖代々使役して居ると言う朱雀は、両翼を広げた際の翼開長が凡そ六間《約11m》と言う大きさまで成長するらしいので、其の娘である焔羽姫も将来的には其れ位まで成長する可能性は十分に有る。
其処まで大きく成ってしまうと、対魔物なら兎も角、対人では警戒を煽るだけに成ってしまいそうな気もする……が、考えて見たら鴻鵠と呼ばれる魔物の様な巨大な鳥系統の魔物も普通に居る為、言う程珍しい物でも無いかも知れない。
「さて座学は此位にして、実際に試してしっかりと身体と魂で覚え無けりゃ身には成らないわ。折角だし鳥ちゃんを喚んで空からの眺めを見て見るのも良いかしら。となると景色が良いのは……うん、彼処にしましょうか」
と、そう言う成り彼女は自分にだけ聞こえれば良いと言わんばかりの微かな声で呪を編み、誰か……恐らくは既に召喚状態で待機して居た精霊か霊獣に合図する様に指鳴らしを一つした。
すると其れまで居たお花さんの執務室の風景が一瞬で塗り替わり、目の前には大きな湖と其処に浮かぶ小さな島が一つ、そして湖の向こう側には森林が広がり更に其の先にはこの季節にも雪を被った可也標高の高いだろう山々が連なると言う物へと変化する。
「此処は北方大陸中部に有るスラィリームッシャー湖という場所よ。貴方のお兄さんが鬼緋鯉の素材を手に入れる為に来た事が有る筈よね。貴方の留学が精霊魔法を学ぶ事だけじゃないのは知ってるしついでに手に入れる良い機会でしょ?」
そう言ってから一度煙管を掌に打ち付け灰を落とすと、懐から携帯用の煙草入れを取り出し刻み煙草を詰め始める。
火元国を出る前に聞いた話では鬼緋鯉の生き血が、息子さんを元気にする素材の一例として上げられていたが、西方大陸の生息地はワイズマンシティから可也遠いと聞いて諦めていた素材の一つだ。
「つまり焔羽姫を読んで意識共有で空から鬼緋鯉を探して、其れに上空から魔法を打ち込んで捕獲しろ……と?」
態々忙しい筈のお花さんがこうして遠征させてくれたのだ、悠長に釣り糸を垂れて捕獲すると言う話では無いのは当然だと判断し、そう問いかける。
「半分正解、今の貴方が使える魔法で上空から水中の魔物をただ殺すだけなら兎も角、捕らえる事の出来る物は無いでしょう? 見つける事さえ出来れば私が手本として捕らえるのも見せて上げるわ」
魔法で火を付けた煙管を咥え紫煙を吐き出してからお花さんは気怠そうな表情でそう言うのだった。




