千百八十三 志七郎、新たな道を見極め面倒を覚悟する事
其処に居ると言うだけで肌がヒリ付く様な凄まじい剣気を纏った居合の構えから抜刀の一太刀。
火元国の他流派ならば其の一手から、刀の長さを晒さぬ為に鞘へと戻して再び抜刀の構えへと移るか、居合は飽く迄も牽制乃至は初手に過ぎず其処から他の構えへと移るのが普通だろう。
けれども彼は横薙ぎに振るった刀の勢いを殺す事無く、クルリと切っ先が円を描く様に其の場で舞った。
剣に限らず近接戦闘の間合いで相手に背を向けるのは、明確な隙で有り其れをするのは愚か者のやる事だ。
しかし其の隙を潰す一手が練られて居るならば話は変わる、彼は意識加速を使っていない今の俺の目では、後腰の銃嚢から何時抜いたのかすら解らない手並みで、拳銃を左手に持ち刀の死角に成る方向へと視線と共に向けて居る。
くるくるくるくると舞う様に回りながら振るわれる刀と、演武故に放たれて居ないが実戦ならば間違い無く打ち出されているであろう銃弾は、彼が名乗った『百手』の二つ名に相応しい手数で敵の群れを圧倒する事だろう。
「点火、氷花!」
そんな舞の中で彼が短く言葉を発せば、止まる事無く周り続ける刀の先から幾つもの氷の矢の魔法が飛び、其れが当たった場所に氷で出来た花が咲く。
恐らくは只の氷の矢の魔法では無く、命中した相手を氷漬けにする事で動きを束縛したり、命中部位に依っては窒息させる事も出来る様な編成をした魔法なのだろう。
俺も銃弾の着弾地点を目印にして魔法を放つ様な事は何度もして来たが、振り回して居る状態の刀を起点に狙った場所へと投射型の魔法を当てる様な事はした事が無い。
想像するにあの日本舞踊の様にも見える振り付けの何処かに、魔法を放つ起点と成る動きが有るのだろうが、残念ながら初見で其れを見抜ける程には、俺は未だ魔法格闘に精通して居るとは言い難いのだ。
「点火、爆発!」
最期の〆とばかりに振り抜いた刀を器用に片手で鞘へと滑り込ませながら、一発だけ拳銃から放たれた銃弾は置かれていた庭石へと当たると、其れが合図だったらしく岩が内側から爆ぜる。
パッと見た感じでは火属性の起点指定型範囲魔法を銃弾を起点として起動したと言った所だと思うが、打ち込まれた銃弾がそのまま腹の中で爆弾に成ると言う連携は可也えげつないんじゃないか?
いやでも火元国に置いて銃器が『女子供の武器』と揶揄されて居るのは、生半可な銃弾程度は皮膚や毛皮で簡単に弾いてしまう鬼や妖怪がザラに居る事で、銃器が決定打と成る事が少ないからだ。
と成れば今の魔法も銃弾が弾かれてしまえば効果が出ない……いや、飽く迄も銃弾は起点を指定する為の道具に過ぎないと考えれば、貫通せずとも当たった時点で『其処の内部』を起点とする様に魔法を構成すれば済む話なのか?
俺が前世から今生を通して修練を重ねて来た示現流の影響を強めに受けた警視流の剣術とは大分毛色は違うが、西海岸流侍道は流派としては可也強い部類に思える。
何よりも刀と拳銃と精霊魔法を一纏めにして扱うと言う方式は、俺の持つ手札と噛み合いが良すぎて此れを学ばずに火元国へと帰るのは一寸……いや、大分勿体ないと思わせるには十分過ぎる物だった。
「どーですか? 西海岸流侍道は。サムライの本場である火元国の方から見て、魅力的な流派と言えますか?」
一通りの型を見せ終えたトム氏は、腰の帯からぶら下げた手拭いを引き抜き、額を軽く拭いながらそんなを問いかけて来た。
「俺個人としては是非とも学びたいと思いました。常識的な額面ならば束脩も用意しますし、月謝も勿論相応の額面お支払い致します、けれども……恐らく火元国で流行らせるのは難しいと思いますね」
トム氏が俺を招いて演武を見せてくれたのは、小さな江戸と呼ばれるワイズマンシティの一角に有る火元人が集住する地域の更に端に建てられた純和風の道場だった。
割と立派な門構えの道場は、塩害の影響で草木に乏しいワイズマンシティでは高価な筈の木材を使った木造建築に瓦屋根を乗せた建物で、建築当時は可也立派な建物だった事は想像に難く無い。
けれどもどうにも手入れが行き届いて居らず、道場の床板には恐らくは雨漏りの跡であろう染みが有ったりする事から、屋根瓦の一部が割れたりして居る可能性も容易に見て取る事が出来てしまった。
儲かって無い……と言うか多分門弟と呼べる者は現状では全く居ないのでは無いだろうか?
ワイズマンシティでは刀剣の類を護身の為、腰に吊るして市街地を出歩く事は、法で禁じられていると言う訳では無いが、基本的に『野蛮』で『品の無い』行為と言う事に成っている。
代わりに子供ですら当たり前に拳銃を帯びるのが常識と成っているのは、文化の違いとしか言い様が無いだろう。
兎角、火元国とは違い拳銃が極めて身近な物だと言う事に加えて、精霊魔法の総本山である精霊魔法学会のお膝元だけ有って、学費さえ有れば学会で精霊魔法を学びたいと言う者はこの街に住む者の大多数が思っている事だと思われる。
刀を用いた戦闘術と言うのはワイズマンシティ全体で見れば少々珍しいだろうが、この道場が建っている小さな江戸と言う立地を考えれば需要は有る筈だ。
にも拘らず、門下生が居らず道場に閑古鳥が鳴いて、建物の維持管理に回す費用の捻出も難しいと言うのは、トム氏の実力に問題が有る……と言うよりは、彼のお爺さんが精霊魔法学会から追放されたと言う事実が原因なのだろう。
「ユーは精霊魔法学会に留学に来ているんだろう? なのに学会と敵対関係……と言うには流石に家は弱すぎるけれども、兎に角揉めてる相手の所に弟子入りとか本気ですか!?」
正直な所、俺に精霊魔法学会に対する帰属意識は無い、飽く迄も学会は師匠であるお花さんが所属して居る組織で有り、俺自身は猪山藩猪河家に所属する猪河志七郎だとしか思っていない。
実際、俺は此方に留学して来てから、他の学生達が受けている様な授業を一切受けて居ない、此れは普通に組まれている一般生徒向けの教育課程は江戸に居る間にお花さんから全て習い終わっているからだ。
通常は授業を受け試験を受けて、資格認定を繰り返して法衣の色を更新して行くのだが、俺は初っ端で卒業認定試験を突破した様な物なので、普通の授業でこれ以上学ぶ事は無く、学会に居ても自己研鑽と研究に入る水準なのだ。
其れにお花さんは確かに学会の重鎮では有るが、同時に彼女は間違い無く火元国の猪山藩と言う土地にも帰属意識を持っている事も間違い無い。
世界の西の端と東の端と遠く離れている場所なので、双方が直接的に揉める様な事は無いだろうが、万が一そうなったとしても、彼女ならば何方かに感情的に肩入れする事無く、良心と道徳に基づいて『正しいと思った方』に付くだろうと信頼出来る。
故に学会に……では無くお花さんに対しては筋を通す必要は有るだろうが、俺が西海岸流を学ぶとしても猪山藩や火元国の利益に成ると判断して許可をくれる筈だ。
……俺が思うに彼女の立ち位置と態度を考えると、トム氏のお爺さんを追放した者とは多分学閥と言う奴が違う筈である。
学会内部の学閥同士の面倒な政治に顔を突っ込む積りは全く無いが、俺の持つ手札の内三つを一纏めにした鬼札を持つ機会を溝に捨てるのは残りの留学期間の事を考えても悪手としか言い様が無いだろう。
「本気も本気の大本気ですよ。其れに学会に置ける俺の師匠は魔法格闘家の代表みたいな方ですからね。先程聞いた『魔法使いらしくない』が学会追放の理由なら逆に嬉々として取り込みに掛かる人ですよ」
十代の少女にしか見えないお花さんでは有るが、無礼られたら全力でぶっ飛ばす位には、火元武士の価値観に染まった方だ。
きっと俺の想像通りか、其れに近い反応を返してくれるだろうと、俺は自信を持って胸を叩きそう言うのだった。




