千百八十二 志七郎、目的の物を買い求め伝承を知る事
「……取り敢えず話は券買ってからで良いか?」
何かの用事で外に出たら予想だにしない騒動に巻き込まれる等と言う事には流石にもう慣れて来た。
こう言う時は緊急の事態で無ければ取り敢えず先ずは、当初の目的を果たす事を優先しないと、何時まで経っても目的を達成する事が出来なく成るのだ。
ましてや今回の用事は数に限りの有る地元競技団体側応援席の券を買うのだから、まごまごして居るとサクッと売り切れる可能性が割と高い。
実際、既に俺が券売り場に来た時点で未だ販売開始時間まで少し有ると言うのに、既に券を買い求める為に行列が出来始めて居たのだ。
「あ、ハイ。申し訳御座らぬ」
金髪碧眼に白人系の肌色と顔立ちにも拘らず、紺の袴と同色の生地に白い星が無数に刺繍された着物を纏う其の姿は、向こうの世界で偶に観た覚えの有る『欧米人が勘違いした日本』を想起する様なトンチキな服装の人物だったが対応や人格は常識的な様だ。
お陰で俺は彼に其れ以上邪魔される事無く、無事に券売り場に並ぶどう見ても堅気じゃない人達と、其れに何等違和感を持って居ないと思わしき真っ当な職に就いていると思しき人達の群れと言う混沌の中へと身を紛れ込ませる。
……前世の世界の感覚で言うなら、暴力団の下っ端と幹部、其れから堅気の衆が皆行儀良く並んで野球場の入場券販売所に並んでいる状況を想像して貰えば、何となくその混沌具合が理解して貰えると思う。
何でもスペルボールの観戦券は転売は勿論、身内での融通も基本的に禁止だそうで、犯罪組織の頭であろうとも手下に代わりに買いに行かせると言うのは御法度なのだそうだ。
とは言え其れは法律として明文化されて居る訳では無く、犯罪組織同士の不文律の様な物で、券売所に並んで居る姿が無かった者が観戦して居るのを他所に確認されると、後から其れを理由に色々な揉め事に成る事も有る為、観たいなら自分で買えと成っているらしい。
まぁ其れとは別に各組織の幹部級の者では無く頭級の者とも成れば、関係者席の券が別途用意されるのが常らしいので、実際に此処に並んでいる相応の貫禄を持つ犯罪組織関係者っぽい者は幹部級の者と言う事なのだろう。
其れを考えると、ダフ屋から券を買うって割と根性座って無いと厳しくね? なんせ関係者席の券が配られるのは、政治家や犯罪組織に豪商と言った此の街で其れ相応の地位を持つ者達な訳で。
そうした者が来れない時に余った関係者席を売るのがダフ屋なのだから、周りに座る者は当然ながらそうした階級の者達だ、そんな所に地位も名誉も無い一般人が紛れ込んだら先ず間違い無く胃をヤラれる事に成るだろう。
とは言えダフ屋価格は対戦相手に依ってある程度上下するとは言え、概ね通常価格の十倍近い値が付くらしいので、そんな物を買えるのは何等かの道である程度の成功を収めた者に限られるから平気と言えば平気なのでは無かろうか?
対して俺はと言えば十倍でも払おうと思えば払えるが、自ら面倒事に顔を突っ込む様な真似をしたくは無いから、こうして全うな方法で券を買いに来ている訳だ。
……まぁその思惑とは別にどう見ても面倒事としか思えない輩が、接触して来ている辺り神の御加護とやらが良い仕事をして居ると言う事なのだろう。
其れから並ぶ事凡そ半刻、特段筆すべき様な騒動に巻き込まれる事無く、無事にA席の券二枚を買い求める事に成功したのだった。
「私、生まれも育ちも西方大陸はワイズマンシティです、西海岸側流侍道場の産湯に浸かり、姓はロコモーティブ、名はトーマス、人呼んで『百手のトム』と発します」
軽く膝を曲げ左手を腰の後ろに回し右の掌を前へと出す、火元国で任侠者がする様な仁義の姿勢を取って、そう名乗ったトムと言う男。
「西海岸流侍道場ですか? 此方の大陸……と言うか火元国の侍と外つ国のサムライと言う物は基本的に別物と言う認識なのですが、貴方はその何方の認識なのでしょう?」
外つ国で……と言うか冒険者組合が定義するサムライと言う者は、近接射撃と言った戦闘技能に加えて何等かの術も一定以上の水準で修めて居る万能戦闘者である。
対して火元国で侍と言えば幕府の傘下に名を連ねる武士、或いは武士階級として戸籍には有る物の仕えるべき主君の居ない浪人者の何れかを指す言葉で、狭義で言えば前者だけを指す飽く迄も文字通りの『侍る者』と言う定義だ。
冒険者組合の定義で言うならば猪山藩猪河家の兄弟でサムライに相当するのは、俺と信三郎兄上と智香子姉上の三人だけと言う事に成るだろう(後から知ったが義二郎兄上も錬玉術を齧ったらしいので定義に当てはまる様にになったそうだ)。
「ミーが修めた西海岸流侍道は、刀と銃と精霊魔法を合わせてブチ込む冒険者組合が定めたる所の侍道に御座候。当流は黒き魔術師が此の地に残した偉大なる御業也」
……黒き魔術師ってどう考えても精霊魔法学会の歴史上唯一『黒』の名を冠する事が許されたと言う、禿河幕府開陳の祖である禿河家安公その人の事に違いない。
「にも拘らず、火元国から来た者は誰一人としてミーの道場に来る事が無い! 黒の魔術師はユー達火元国の者に取っては特別な存在な筈。なのに何故西海岸流侍道を学びに来ないですか!?」
確かに家安公が開いた流派で其れを教える道場だと言うのであれば、火元国の基準で侍と呼ばれる者ならば学ぶべき物だろう。
けれども残念ながらトム氏と出会うまで、そんな物が有ると言う事すら俺達留学生は誰一人として知らなかった、もしかしたら誰かは噂程度には知って居た可能性は零では無いが、だとしても吹かしの類と思って黙って居たと言う事も考えられる。
「申し訳無いのですが……火元国には家安公がその様な流派を此の地に残したと言う様な話は残されていないんですよね。いや残っている可能性はありますが、少なくとも留学に来ている者達にはそうした話は知らされて居ないんですよ」
家安公の日記や何かで流派に付いて残されていたとすれば、幕府は血族である武光に其の流派を学んで来る様に指示を出して居ただろう、けれども其れが無いと言う事は、幕府ですら西海岸流侍道とやらを把握しては居なかったと言う事では無かろうか?
もしくは把握して居たとしてもウエスタン・サムライと言う余りにも胡乱な名故に、其の存在自体を無かった事にしたいと言う風に考えて居たとも取る事が出来る。
他にも西海岸流侍道が精霊魔法の使用が前提で有る以上、当代の上様が術者育成令を発すまで武士が術の類を学ぶ事を半ば禁じて居た事にも関係するかも知れない。
俺の記憶が確かなら上様が八代目の征異大将軍で、家安公が幕府を開いてから二百年近い月日が経って居る為、その間に失伝した物が一つや二つ有っても不思議は無いだろう。
「……何たる事だ、では火元国に西海岸流侍道を伝える道場は無いと言う事デースか!? いや、でも、だからこそ、火元国から精霊魔法学会にばかり留学して来て居るのか!?」
膝から崩れ落ち両の手を大地に付いてがっくりと項垂れるトム氏。
「学会への留学だと何か問題が有るんですか? 家安公も学会で黒の称号を頂いた訳ですし、火元人が精霊魔法を学ぶならば学会との伝手を使うのが当然の事だと思いますが?」
何やら学会に対して含む所が有りそうなトム氏に対して、俺はそんな疑問の言葉を投げかける。
「……学会はミーのお爺さんを西海岸流侍道は邪道だと学会から追放したのです! 精霊魔法使いは精霊魔法を主軸に戦うべきだ……と」
……? お花さんの様な魔法格闘家と呼ばれる者が普通に学会の重鎮を勤めている以上、武器戦闘と魔法を併用する事を邪道呼ばわりする者が学会の主流では無い筈だが……何か政治的な嫌な予感がするゾ?
派閥とか学閥とかそう言う類の揉め事に巻き込まれる予感に、俺は思わず肩を落とすのだった。
18日水曜日に遠征する用事が有る為、17日は早く寝なければならず執筆更新の時間が取れそうに有りません
其の為、次回更新は19日木曜日深夜以降となります
ご理解とご容赦の程宜しくお願いいたします




