千百八十一 志七郎、有名人と成り買い物に出掛ける事
どうして……こなた……? そんな言葉と共に脳裏を青髪の希少価値が高そうな少女が踊り狂う姿を幻視しつつ……気の所為か彼女が天丼を手に持って居るのは何故だろう……俺は近々開催されるスペルボールの観戦券を買い求める為に一人街に出て居た。
ただ其れだけならば水兵服が良く似合いそうな少女を幻視する訳が無い。
「ドクター、家の娘が月の物が重くて辛そうなんだけれどもどうにか成らないかしらね?」
「ドクター、子供を作ら無い方法に付いて講義されたのなら、今度は逆に子供を効率良く作る為の方法に付いて講義してくれないかね? 流石に毎晩搾り取られると此の歳じゃぁキツくてね」
「ドクター、今日は久々にデカい仕事が出来て懐が温かいから娼館で遊ぼうと思うんだが、何処の見世が良いと思うね?」
と、何度か行われた講演の結果、俺は何故か『女体の神秘』に詳しい『小さな御医者さん』等と言う二つ名を世間様から賜り、此方が知らん人でも向こうは知っていると言う程度には顔が売れてしまったのだ。
街を歩くだけで娘を心配する小母様に若い嫁さんを貰った年配男性、そして一発デカい仕事を当てたらしい冒険者から、そんな言葉が次々と投げかけられる。
「腰を冷やさない様にするのと生薬で確か効く奴が有った筈だから、ワン大人辺りに相談してみると良い、子供が欲しいなら毎晩じゃなくて月の物を過ぎてからえーと何日後だったか? 悪い直ぐには思い出せない後から調べて教えるよ」
こんな感じで相談事に対してノートPCに入った百科事典の情報から答えを返す物だから、図らずも現代知識狡の真似事をして居る結果が、上記の二つ名なのだろう。
「んでもって子供に娼館の事なんか解る訳無いだろ、そ~言うのは酒場で与太ってる熟練のおっさんにでも聞くんだな」
表向きは品行方正を取り繕って居るが故に、娼館の情報なんざぁ当然知らないと回答するが、実の所ワイズマンシティのその手の見世の情報はある程度握って居たりする。
そうした情報の出所は当然ながら、火元国から来ている他の留学生達だ。
留学生の大半はヤりたい盛りの野郎共で、穴が有ったら入れたい御年頃のお猿さん達だ、冒険者組合経由で仕事をして銭を得ても、其の殆どをそうした見世で溶かしていると言う話は屋敷の風呂場や食堂なんかで嫌でも耳にする。
何処の見世の誰が可愛いとか、彼方の見世の誰は技術が凄かったとか、此方の見世は外れで婆々しか居ないとか、恐らくは火元国に居たならば御家の恥に成ると、表に出せない様な会話を平気で垂れ流して居るのだ。
『旅の恥は掻き捨て』とは言う物のお前等一応は火元国を代表して此方の大陸まで幕府の援助で来てるんだぞ? と、言いたくは成る物の何奴も此奴も阿蘭陀も、やるべき勉学や修行はしっかりやった上でヤッてるのだから文句を付けるのも違うのである。
……なんせ其れを言い出すと、息子さんを元気にする為にワイズマンシティを半年近く離れていた俺は何の為に留学してるんだ? と迴力鏢を投げる事にも成りかねん。
故に俺はそうした彼等の猥談の類は取り敢えず聞き流しつつも、何かの際に彼等を動かす為の手札には成るだろうと、ある程度の把握はして置く様にして居るのだ。
……決して息子さんが元気に成ったら俺自身が発するする為に、事前の情報収集をして居ると言う訳では無い、絶対に無い、念を押すがそう言う意図は決して無い、本当だよ?
ちなみに『ドクター』と言うのは飽く迄も二つ名で、ワイズマンシティで公式に医者を名乗る事の出来る免許の類は取得していない。
ワン大人曰く、俺の持つ程度の医学的知識でも此方の世界では十分に最先端に近い所に有るそうで、試験を受ければ一発で合格を取る事は出来るとの事だが、もう数ヶ月もしない内に火元国に帰る事に成りそうなので態々取得する積りも無かったりする。
なのでドクターと呼ばれ相談事を持ちかけられても、俺が直接医療行為に当たる様な事をする訳では無く、錬玉術で作った霊薬を処方したりする事も無く、ワン大人を始めとしたワイズマンシティの医者に対応を投げる様にして居るのだ。
まぁ百科事典の中からオギノ式の記述を探して教える位の事は医療行為の内には入らないよな?
とは言え、此方の世界には医師免許を持たない者が医療行為をしたからと言って其れを処罰する様な法律は無い……いや、都市国家に依ってはそうした法を制定して居る所も有るかも知れないが少なくとも火元国やワイズマンシティに其れは無い。
何方の国も免許を持たない者が医者を詐称して商売をすれば其れを処罰する事は有るが、素人が明らかに誤った処置をして態と人を死なせたとか、そう言う話で無ければ助けた事を理由に処罰すると言う様な事は無いのである。
錬玉術と医術は割と切っても切れない関係に有るので、俺もある程度錬玉術を扱う以上はそっち方面も勉強するべきだとは思っては居るのだが、剣術に精霊魔法と銃器の扱い等々既に身に着けている技能を深堀りするのに忙しくそっちまで手を伸ばす余裕が無いのだ。
そんな風に周囲から掛けられる声に対応しつつも、此れからの事を考えながら進んで行くと、そろそろ競技場が見えて来た。
元々は精霊魔法学会の一角に有る運動場で行われていたと言うスペルボールだが、西海岸側一帯に流行し職業競技団体が出来た辺りで郊外に専用の競技場を建てたらしい。
東京に有る大きな卵とも呼ばれた野球場と比べたら屁の突っ張りにも成らないが、千薔薇木県の県庁所在地である千戸玉市に有った地元の蹴球競技場と比べたら此方の方が間違い無く大きく立派な建物である。
確かあの競技場が観客収容数一万人位だった筈だから、此処は同等か其れより少し多い位なのでは無かろうか?
人口に対する比率として考えれば、相手方の応援団も収容する事を鑑みても少し大き目で、此方の地域でスペルボールと言う競技がどれ位の人気を誇るのかが、何となく其れだけでも理解出来る。
……と言うか、当日になってから券を買おうと思ったらダフ屋から買うしか無く、基本的に事前に予約購入が必要だと言う時点で人気の有る競技なのは間違いないだろう。
なお此の街に置いてはダフ屋行為は基本的に合法である、何故なら奴等が売る入場券は関係者に対して配られた中で当日来れなく成った者の物を犯罪組織が取り纏めて売って居るからで、買い占め行為に依る物では無いからだ。
寧ろ転売目的で買い占め行為をやった上でダフ屋の真似事なんぞしよう物なら、其奴が犯罪組織に連れて行かれる羽目に成るだろう。
なんせ此の街の大手と呼べる犯罪組織の何処もが、スペルボールの興行に関わる仕事である程度のシノギを得て居り、地元競技団体の試合が此処で行われる時には抗争中でも一時休戦し地元競技団体を応援する事で一致団結する程なのだから。
ちなみにスペルボールは精霊魔法が試合に組み込まれては居るが、必ずしも精霊魔法使いで無ければ選手に成れないと言う訳では無く、特に前衛と呼ばれる配置の選手は割と犯罪組織の子供達が栄達する方法の一つだったりする。
デッドボールがそうで有る様にスペルボールも冒険者上がりの選手も割と多いらしいので、犯罪組織の構成員を親に持つ子供が、冒険者を目指しつつ出来れば此方の方が稼げるし……と両天秤で鍛えるのが学会に通えない子供の良くある姿らしい。
そんな事を考えながら入場券販売所へと足を向けたその時だった。
「ヘイ其処のユー! 火元国から来たサムライとお見受けする。良かったらミーの話を聞いてよプリーズ!」
と、西方大陸語が混ざった火元語で金髪碧眼の明らかな西方大陸人が俺に話しかけて来たのだった。




