千百七十九 志七郎、怒り心頭に発し拳を振り下ろす事
「この馬鹿たれ共! 服を着て正座しろ!」
ポートハリスコからテノチティトラン王国を経由してワイズマンシティへと戻る旅路は、遠駆要石を最大限利用した結果、何の騒動に巻き込まれる事も無く、予定よりも可也早く辿り着く事が出来た。
長旅を終え疲れた身体を取り敢えず休め様と自室へと戻った俺達は、其処で『致している』武光とお忠を目撃してしまったのだ。
怒髪天を突くと言う言葉の通り激情に氣が滾り、何処ぞの漫画に出てくる超野菜人の様に――金髪には成らないが――髪の毛が逆立った状態で、俺は本気の怒氣を込めて二人を叱りつけた。
俺とお連の部屋をヤリ部屋にして、俺達の寝台を使って楽しんでいた事は……百歩譲ってまぁ許せ無くも無い。
問題は武光の大馬鹿者が避妊のひの字も知らない様子でガッツリヤッてヤッてヤリまくって居た事だ。
未成年の……若年女性の妊娠と出産は子供の命だけで無く母体の命も危険に晒す事の有る行為である。
思春期を迎えればそう言う事に興味を持つのは歳相応の成長で有り、逆に全く興味が無いと言う方が今生の俺の様に身体の何処かが悪いのでは? と疑っても仕方の無い事だ。
でもだからと言って元服の儀も済ませぬ内から子供が出来る様な行為をすると言うのは頂けない。
前世の世界でも中学生位に成れば、仲の良い男女でそう言う行為に至る者は普通に居たし、後先考えない行為で子供が出来てしまった……なんて案件だって全国を見渡して見れば数え切れない程に有った事だ。
多くの場合は比較的早期に親に相談するなり何なりして、結果『堕胎』と言う事に成るが、ソレだって絶対に安全と言う訳では無い。
運が悪けりゃ後遺症で其の後一生子供を産む事が出来ない身体に成る事だって有るのだ。
此方の世界に比べて圧倒的に医療技術の進んだ向こうの世界ですら『そう』なのだから、医療よりも術の類の方が進んでいる此方の世界で、何等かの術に頼らない堕胎と言うのはどれ程危険な物なのか……。
前世の世界の江戸時代準拠であれば中条流と言う堕胎専門の女医が居て、彼女達は水銀を用いて堕胎させていた……と江戸時代に時間逆行した医者が主人公の漫画で読んだ覚えが有る。
向こうの世界で水銀は古い時代から東洋では不老不死の妙薬と言われたり、西洋の錬金術では『賢者の石』として扱われたりと、様々な効能が喧伝されて来たが、現代医療の世界では猛毒であると断言されて居た。
俺の記憶が確かならば四大公害病に数えられる水俣病と第二水俣病の原因は、水銀を含んだ化合物を其の儘海へと垂れ流し、ソレが生物濃縮を経て人の口に入った結果発症した物だった筈だ。
此方の世界で堕胎に向こうの世界と同様の中条流が隆盛して居るかどうかは知らないが、何方にせよ堕胎には一定以上の危険性が有る事は間違いない。
とは言え向こうの世界の悪ぶっただけの子供共の様に、ヤるだけヤッて出来てしまったら即遁走なんて真似を武光がするとは思えないし、出来たら出来たでちゃんと産ませた上で認知し育てる……なんて事を言い出すだろう事も目に見えては居る。
「お前は将軍に成るんじゃ無かったのか? 万が一にも今の段階で子供が出来たら育てるにしたって生半可な事じゃねぇんだぞ!? お前はお前の親父さんがどうして死んだのか丸っと忘れたとでも言うつもりか?」
武光の父親は次期将軍に内定して居たにも拘らず、産後の肥立ちが悪かったと言う妻の為に、滋養に良いと言う兎鬼を単独で狩りに出かけ……結果として即死攻撃《首を跳ねる》を喰らって命を落とした。
彼はそんな父親を儒教の精神に近い価値観の溢れる火元国で、駄目な父親だったと幕府のお歴々を前にして言い放った事が有るのだ。
「もしもお忠に子供が出来たとして、お前が二人を養う方法は鬼切りに励む位しか方法は無いよな? 普段ならばお忠と蕾の二人を連れて行くにせよ、お忠が孕んだならば連れて行く訳には行かない。お前等索敵なんかはお忠に依存してるんじゃないか?」
火元国の戦場でも外つ国の荒野でも、索敵力は戦い生き残る上で可也重要な地位を占める力である。
それこそ武光の父親の命を奪った兎鬼の様に、即死攻撃を持つ魔物は決して少なく無いし、即死攻撃の異能を持って居なかったとしても、不意打ちからの致命的な一撃で命を落とす可能性は割と高い。
俺と鬼切り小僧連の面々が子供ながらに多大な戦果を上げ続ける事が出来たのは、四煌戌と言うズルにも近い索敵能力を持つ相棒が居たからで、ソレが無ければ恐らくもっと俺達の稼ぎは常識的な範疇で収まって居ただろう。
いや、下手をすると何処かでたった今危惧した様に、魔物に不意を打たれて誰かが命を落としていた可能性は零では無い。
武光達の面子で索敵能力が一番高いのは当然の事ながら忍術使いであるお忠だ、其の彼女が妊娠出産子育てで長期的に一党から離脱したとして、武光と蕾だけでそうした危険を完全に排除し鬼切りを続ける事が出来るだろうか?
そもそもそうして稼ぐ云々以前に、未だ子供の身体でしか無いお忠が妊娠と出産に耐える事が出来ず、流産や死産に終わると言う可能性だって十分に考えられる。
此処が火元国に有る猪山藩江戸屋敷ならば超絶技巧と妖術を併用する事で、余程の事が無ければ無事に出産させて見せると断言するだろう御宮御前と言う化け物産婆の助力を得る事も出来るだろうが、祝言も上げていない忍びの娘の為に派遣させる事は無いだろう。
……お忠も半ば母上が育てた娘と言う認識が有れば、お花さんがおミヤを瞬間移動の魔法で連れてくると言う可能性は無くも無いが、ソレを口にして安心してズッコンバッ婚と言うのも不味いので黙って置く。
「……武光様が悪いんじゃござんせん。拙者が誘惑したので御座る。拙者は忍び故、何時何時諜報の為にこの身体を使うか解りませぬ、故に初めてはどうしても武光様に貰って欲しかったので御座る」
半泣きに成りながら武光を庇う言葉を口にするお忠だが、そう長い事様子を見て居た訳では無いが、其れでも彼等の行為が初めて同士の初々しい物では無く、ある程度熟れた物の様に見えた辺り今回が初めてと言う事は無いだろう。
「其れに拙者は未だ月の物が来て居らぬ故、孕む事は未だ出来ませぬ」
付け加える様にそんな言葉を口にしたお忠に対し俺は、
「よし、お前等二人とも歯を食い縛れ」
そう宣言してから固く握りしめた拳をその頭部へと振り降りした。
氣を使えば鎧や骨の上から内臓に被害を通す事は然程難しい事では無い、頭に其れをすれば当然ながら脳が破壊され一撃で即死させる事だって出来る。
けれども今回やるのは其の逆だ、被害を一切内部に通さず頭蓋と頭皮にだけしっかりと衝撃と痛みを刻み込む様に調整した『兎に角痛いが後腐れの無い拳骨』だ。
某国民的動画漫画ならば『げんこつ』と画面に大写しにされるだろう勢いで、俺は二人に鉄拳制裁を行う。
「この大馬鹿娘! 生理ってのは排卵時に受精と受胎をしなかった場合に、胎盤に成る筈だった物が崩れて排出される現象だ! 今まで其れが起こって無いとしても最初の排卵で子供が出来れば生理が来ないで妊娠する事だって有るんだよ!」
この辺の事情は幼女物の電子遊戯が大好物だった向こうの親友から多少聞いた程度の事では有るが、可能性としては割と低い物の絶対に無いとは言い切れない事らしい。
ついでに言うと生理云々に付いての知識は、前世の学校で受けた保健体育の授業で習った範囲でしか無いので、其れがどれ程辛い事なのかとかそう言う事は全く解って居ないが此奴等相手の説教には十分だろう。
相当痛かったのか頭を抱えて蹲る二人を見下ろしながら、俺は盛大に溜息を一つ吐いたのだった……お連の何かを期待する様な視線を全力で見なかった事にしながら。




