千百七十三 志七郎、競技の起源を知り碼听の滅びもついでに知る事
審判が打者に死亡判定を下した直後、倒れ伏した打者の身体を淡い光が包み込む。
此れは……うん、間違いない何時ぞや本物の相撲の場で行司を勤める者や、馬に撥ねられた猪山藩の神職の者が使って見せた『聖歌』に依る回復の際に放たれる光だ。
……と言う事は、デッドボールと言う競技の審判は神に仕える聖歌の使い手が行うと言う事なのか?
いや、でもまぁ、考えて見れば幾ら人の命が前世の世界と比べるまでも無く、圧倒的に『安い』この世界とは言え、娯楽の為の運動競技で早々簡単に死者を出しまくる訳にも行かないわな。
唯でさえ此方の世界は魔物との戦いで男はぼこじゃか死ぬ為に、女性が割と余り気味に成るのだが、だからと言って生き残るのは何人も嫁や妾を囲える甲斐性の有る男ばかりと言う訳では無い。
火元国に限らず、男ならば一生に一度は戦場へと出て魔物との戦いを経験しなければ、全うな職に就く事は難しいとされるのも、いつ何時魔物災害が起きても可怪しく無い世界で、戦いの経験の有る無しで女房子供が生き残る可能性が大きく変わるからだ。
だからこの世界では、上から下までどの様な階級の社会で生きるにせよ、男は金銭的な甲斐性の有る男よりも、圧倒的に強い漢の方が女性にモテる。
無慈悲な事を言うならば強い漢が一寸強い魔物をブチ殺して其の討伐報酬と素材を売り飛ばす事で稼げる銭は、街の中で真面目に働くのが馬鹿らしく成る程の額面に成る訳で、強い事が甲斐性にも其の儘繋がるのだ。
だからと言って強いだけの男がモテるかと言えば微妙な部分も有る、『優』と言う字が『優れている』『優しい』と二つの意味を持つ通り、優しいと言うだけで優れた人物だと言えるのだが、逆も然り……優しく無い男は幾ら強くてもモテ無いのである。
と、話がズレたが、兎角全身板金鎧を着込んだままで、走り回る事が出来る様な『強い漢』が試合毎に何人もサクサク死ぬ様な競技をしていては、安い命と言った所で限度と言う物が有るのだろう。
其の辺は火元国で行われている本物の相撲や決闘の時の様に、聖歌使いの神職が立ち会い審判を勤める事で、危険性を最大限排除して居ると言った感じなのではなかろうか?
「元々デッドボールは南方大陸の剣闘奴隷達の殺し合いから派生した競技らしいからなー。亜人差別の時代に成ってからは自分達は野蛮な亜人とは違うとか言って、戦神ノルベリウスに仕える神官が立ち会う様になったらしいぞ」
そんな解説をしてくれたのは、以前依頼の関係で東海岸側まで行った事の有ると言うテツ氏だ。
その言に依ればデッドボールの起源は可也古く、南方大陸が人間以外の所謂亜人と呼ばれる人類が多く生きて居て、繁殖力以外に高い能力を持っていなかった人間が、奴隷として扱われていた時代にまで遡ると言う。
当時は闘技場で貴族が所有する剣闘奴隷同士を戦わせるのが流行して居たのだが、『単純な殺し合いだけではつまらない』等と言い出した馬鹿が居たらしい。
言出しっ屁の法則とでも言うか、ならば面白い殺し合いを考えろと言われた其の者が考え出したのが、今のデッドボールの原型に成る殺し合いだったのだそうだ。
其の後南方大陸で革命と亜人排斥が起こった後には、デッドボールは亜人に依る人間弾圧の象徴であると同時に、デッドボールで鍛えた身体で亜人達を追い出したのだと言う自負も重なって、南方大陸の貴族ならば嗜んで居て当たり前と言われる競技になったらしい。
その際にテツ氏が口にした通り、殺し合いを見世物にする其れから、運動競技としてある程度安全性を高める方向で取り決めを整理したのが、今現在行われているデッドボールなのだと言う。
「西海岸側には団体の有る都市国家は無いと言うのに、テツ殿は随分と博学ですな。医学と祖国の事ならば私も同様に語れますが、他所の土地の運動競技までは流石に把握してはおらぬ」
饒舌に語るテツ氏に呆れと関心が三対六位の割合で混ざった表情でそう言うワン大人。
「いや、兄貴分にデッドボール好きの人が居てな、この辺のデッドボールの歴史に付いては耳に胼胝が出来る程に聞かされてたんだわ」
テツ氏自身はそうした話は聞いて居た物の競技を観戦するのは初めての事で、殺意の高い鉄球を殺す積り満々に全力全開で打ち込む姿に割とドン引きして居るらしい。
……野球に近い球技が有るなら、蹴球や闘球に鎧球の様な、もっと戦争に近い形の競技も此方の世界には有るのだろうか?
俺の記憶が確かなら此れ等三種の競技は元々の原型は同じで、討ち取った相手の生首を持ち帰ると言う血生臭い戦争に絡む其れが大元だと何かで読んだ覚えが有る。
戦で上げた首級は大切に扱い『死したる者は皆仏』と言う考え方が、ある程度浸透して居たと言う戦国時代の日本よりも蛮族度が高い行為だと読んだ当時は戦慄した物だ。
とは言え打ち首だの張り付けだのの類も、全うに生きている者達からすれば『悪い事をすればああなる』と言う見本であると同時に『自分達はアレよりマシに生きている』と言う実感を得る為の娯楽だった、と言う話も聞いた覚えが有るし然程の違いも無いのだろう。
「ちなみに西海岸側にはデッドボールみたいな流行ってる運動競技の類は無いのか?」
デッドボールが南方大陸由来の競技で東海岸側を中心に広まって居る競技だと言うのであれば、西海岸側にも似たような何かが有っても可怪しく無いと思ってテツ氏に問いかける。
「西海岸で運動競技と言えば、やっぱりスペルボールだろな。精霊魔法を使った運動競技だってんで、ワイズマンシティを中心に周辺諸国に広がってるが、お前さん此方に来て其れ也の期間経ってんだろ? 休日に観に行ったりしてないのかよ?」
そんな言葉から始まったテツ氏の説明を聞く限り、スペルボールと言うのは精霊魔法を使う事を前提にした鎧球に近い運動競技の様だ。
鎧球は闘球に比べると向こうの世界の日本では比較的不人気な競技で、俺が生きていた頃でも正月に行われる日本一決定戦が唯一に近い中継試合だったのに、其れも地上波から撤退し衛星放送だけに成ってしまっていた。
俺が大学時代に人気週間漫画雑誌で連載され動画漫画にも成った鎧球を扱った作品が有ったが、残念ながら其れで子供達のその競技が普及する事も無かったと記憶して居る。
……代わりに全然取り決めは違うのに似たような球を使うと言うだけで、闘球を始める子供が居たとか居なかったとか言う話も聞いた覚えが有ったりもした。
まぁ其の漫画を大学で知り合った友人に布教された関係も有って、俺は鎧球の取り決めはある程度知っているし、闘球を題材にしたネット小説を読んだ事も有る為に其方の方も理解は有る。
其の為スペルボールと言う競技がどう言う取り決めで行われる物なのかは、テツ氏の不明瞭な説明でも何となく理解出来た。
そんな中で一番驚いた事は……十碼毎の攻撃権利の更新が十米毎と、使われている距離の単位が違う事で、一米程長く進まないと攻撃権の更新がされないと言う事だろう。
ちなみに此の世界では碼と言う単位は無く、東方大陸以外で使われる米法と、東方大陸と火元国で使われる尺貫法の二種類しか無い。
前世の世界で工学系の大学に進んだ友人が碼听法滅ぶべし……何て事を言っていた覚えが有るので、彼が此方の世界に転生or転移して来た時には嘸かし喜ぶんだろうなぁ……。
「アウト! スリーアウトチェンジ!」
なんて事を考えている内にも競技は進行しており、四人目の打者が顔面への鉄球で沈んだ事で、レッドブロックス攻撃の一回表が終わり、後攻ニャンキースの攻撃番へと試合は移り変わるのだった。




