千百七十一 志七郎、御約束が滑り分前を配る事
パッと見では子供でしか無い俺達が冒険者組合の酒場に入れば、こうした騒動に巻き込まれるのは御約束的な展開だと思い、今まで他所の街でも出来るだけ立ち入らない様にして居たのだ。
其れでも今回はテツ氏やワン大人にターさんと言う『保護者』が居る状況なので、早々騒動が起こる事は無いだろうと、軽く楽観して居たのだが……やはりこう成ったか。
しかし……である、其の直後俺の想像して居た状況とは違う展開が巻き起こった、
「止めろ止めろ! 相手を見た目で判断する程度の器量しか無ぇから、おっさん達は何時まで経ってもうだつの上がらねぇ冒険者風情のままなんだよ!」
「そーだそーだ! おっさん達と一緒にされたら俺達みたいに全うにやってる冒険者に迷惑が掛かるんだよ!」
「そんなだから南方大陸の冒険者は質が低いなんて西方大陸の連中に言われんだよ!」
「あの子供の足運びを見りゃ尋常な子供じゃねぇ事位は前衛職なら解るだろよ!」
俺達を嘲笑う声を上げたおっさん冒険者に対して、其の数倍を超える非難の声が四方八方から投げかけられたのだ。
無数に投げかけられる暴言混じりの言葉の数々を聞く限り、普通冒険者と言うのは宮仕えの道が無い者が其の為の手柄を求めた成る物で、手柄が手に入らずとも身体が動く内に相応の財産を作り、其れを元手に街の中で生きられる様にする物らしい。
中には老いて尚現役と言う例外も居なくは無いが、そう言う者は伝説と呼ぶに相応しい手柄を上げたが、性格的に宮仕えに向かないとかそうした理由で士官しなかった者か、もしくは宮仕え引退後の第二の人生として冒険者を選んだ酔狂者の何方かだと言う。
つまり……良い年をして俺達の技量を体裁きから推し量る事も出来ず、昼間から呑んだくれて居る程度の連中は冒険者の中でも鼻摘み者だと言う事に成る様だ。
「……っけ、俺達だって此方で一旗上げてやらぁ! 此の酒はその前祝いだ!」
どうやら俺達に向かって暴言を向けた連中は、魔物の害が比較的少なく手柄を上げる機会は何方かと言うと人間同士の戦争の方が多いと言う南方大陸に見切りを付け、未開拓地域の開拓で一旗上げる為に海を渡って来た者達らしい。
周りの顰蹙を買ってまで俺達に絡み続けるのは不利益が大き過ぎると、酒毒に霞んだ頭でも流石に理解出来た様で、彼等はそう叫ぶと改めて盃を高々と掲げてから其れを呑み干し次の酒を注文する。
「酔っ払いが酒場で揉めるなんざぁ良くある事だけどよ……組合の酒場で其れをやる奴は西方大陸の冒険者ならまずやらねぇやな。下手すると組合員証が一発で停止される羽目に成るからな」
其れ以上絡んで来る様子が無い事を確認してからテツ氏が肩を竦めてそんな言葉を口にした。
その言に依れば、どうやら本当に南方大陸の組合と西方大陸の組合では、本当に同じ組織なのか? と疑問に思える程に綱紀粛正の強度に差が有るらしく、西方大陸の組合酒場で呑んだくれて喧嘩なんぞすれば一発で冒険者としての資格を失う事も有ると言う。
「へー此方って其処まで厳しいのかー。やべぇやべぇ俺達も気を付けないとな。そっちの兄ちゃんとおっさんは此方で其れ也に冒険者してるんだろ? 良かったら此方の流儀とか教えてくれよ、一杯奢るからさ」
テツ氏の言葉に誰よりも早く反応したのは、俺達に絡んで来たおっさん達に誰よりも早く罵倒の言葉を浴びせ掛けた二十歳を回るか回らないかの比較的若い冒険者だった。
「悪いな、俺達は一仕事終えた後で今から分前の相談なんだわ。其れが終わってからで良いなら一杯位は付き合うが……多分結構時間かかるぜ?」
テツ氏がそんな言葉を返すと彼は口笛を吹いて盃を掲げ、
「それならしゃーない、俺達も昨日の船で此方に来たばっかりで取り敢えず一杯の積りだったからな、残念だが此奴を片付けたら宿を探しに行くとするさ」
それから食卓の上に乗った乾酪に薄く切った生火腿を巻いた物の乗った皿を指し示した。
対してテツ氏は軽く肩を竦めてから空いてる食卓を探して室内を見渡すと、
「ああ、彼処が丁度良さそうだ。姉ちゃん麦酒三つと果汁二つに摘みも適当に見繕って持ってきてくれ。今回の仕事は結構な稼ぎに成ったんでな、吝嗇らなくても大丈夫だ」
酒場の端っこの方の空いてる食卓を指差して、女性給仕と思しき女性にそんな言葉を投げかける。
「はーい! 承りましたー! 注文入りまーす! 麦酒三丁、甘橙果汁二丁、酒盛り揃え五人前―!」
彼女が元気に厨房へ繋がると思しき方へと声を掛けると、そちらの方から野太い声で
「「「にゃー!」」」
と、丸で猫の様な返事が返って来た。
もしかしたら此処の厨房で働いているのは猫系の獣人か、若しくは火元国に置いて猫又に区分される外つ国の魔物と言う可能性は十分に考えられる。
実際に会った事は無いが猫妖精と呼ばれる魔物は、猫又同様に人類と割と仲良く出来る種の一つで、南方大陸を除く三つの大陸では比較的良く飲食店を営んで居る事が有るらしい。
猫妖精達が飲食店を好んで営業するのは、彼等の味覚が魔物の中では比較的人類に近いと言う事と、屋台から始めるならば元手が少なくても比較的簡単に参入出来る商売だからだと言う。
其の辺は前世の世界の華僑と呼ばれる者達や、此方の世界の東方《龍鳳》大陸から他の大陸に渡る者達が三把刀と呼ばれる、料理人(包丁)理髪師(剃刀)仕立屋(鋏)辺りの商売をする事が多いと言うのと似ているかも知れない。
ちなみに猫妖精の料理に定番と呼べる様な物は無く『猫の裏道』を通って、出身地から出来るだけ離れた場所へと旅して物珍しい料理を屋台で提供し、良い感じに其の地で受け入れられたら店舗を構え、駄目だったら別の場所へと行く……と言う営業形態だと言う。
「お待たせしましたー! 麦酒と……甘橙果汁におつまみでーす!」
俺達が席に着いて然程もしない家に片手で五つの盃を持ち、反対の手で大皿を持った女性給仕が其れ等を食卓の上に置く。
皿には、豚肉を煮たか焼いたかしてから汁に漬け込んだと思しき物に、竹の漬物? 多分麺麻だろう物に、茹で卵を汁に漬け込んだ味玉っぽい物に、萌やしを茹でてからごま油で和えた感じの物が乗っていた。
パッと見た感じ向こうの世界で酒も出す様な拉麺屋で、ツマミとして提供される『アタマ』とか『おつまみセット』とか呼ばれる献立に近い感じだ。
「んじゃまぁ……取り敢えずは乾杯と行こうか」
と、そう言うテツ氏の言葉に異論を唱える者は無く、俺達は盃を持ち上げ軽く其れを打ち合わせた後に一口中身を呑む。
「んで……先ずターの取り分は現物二枚と案内料で良しとして、俺達の方は現物分は一枚三万金貨換算で売れた分の七十二万金貨と合わせて、総額九十万金貨って所までは問題無ぇよな?」
固定の徒党では無く臨時で徒党を組んだ場合、分前で揉めると割と厄介な事に成る為、冒険者組合が推奨して居るのが一旦全て『金銭価値』に換算した上で頭割りし、現物で必要な物は分前の中から買い取ると言う方法である。
その取り決めに従うならば、ターさんを除いた俺とお連にテツ氏とワン大人の四人で九十万金貨を頭割りして一人二十二万五千。
其処から俺が現物の猪口齢糖二枚分の六万、テツ氏が四枚で十二万を引いた残りを、鬼切り手形と冒険者組合の組合員証を使った世界樹を経由した預け入れ制度に振り込んで貰うと言う事で振り分け完了だ。
「……御前様? 二十二万五千金貨って火元国の銭に直すと七十五両ですよね? 私、こんなに貰って本当に宜しいんですか?」
一両の価値は向こうの世界の日本円に換算すると大体十万円なので、七十五両は七百五十万円と言う事に成る為、確かに子供の小遣い銭として持たせて置くには大き過ぎる額面と言えなくも無い。
けれどもある程度実力の有る武士が鬼切りに出かければ、一日で十両稼ぐ何てのはざらに有る話だし、吉原辺りで散在すれば十両どころか百両、千両が簡単に飛んで行く。
お連が芝居役者に入れ揚げて『役者買い』と呼ばれる向こうの世界の『ホストクラブ』の様な遊びに銭を注ぎ込む様な事は無いとは思うが……。
うん、財産として持たせて置く分と小遣いとして使って良い分を分ける様にした方が、彼女の教育としては良いかもしれない。
「お連も道中しっかり戦力として戦って来たんだ、其れを手にする権利は当然有る。ただ……野放図に使う様な事が無い様にだけ注意しなけりゃ成らんけどな」
と、そんな言葉で今後の彼女の金銭の使い方に付いて後から相談する事にしたのだった。




