千百六十一 志七郎、甘味を堪能し結婚を感じる事
「甘味、プチ・シュー・ア・ラ・クレームと季節の果実の一皿盛りです」
そんな言葉と共に女性給仕さんが配膳してくれた皿の上には、丸で切り分けて無い芽花椰菜か花椰菜様に盛り付けられた一口大のシュークリームと、其れに大きさを合わせて切り分けられた色とりどりの果実が乗せられていた。
無論、そんな山盛りに成っているのは俺とお連の皿だけで、他の面子の其れはもう少し御洒落な感じに成っている。
此処までドカン盛りにする位ならば、皿を別ければ良い様にも思えるのだが、俺達の物もよくよく見ると果実を花に見立てシュークリームが木を模した様な色合いに見える形に盛り方に工夫がされて居るらしい。
……ただし、上手に食べないと雪崩が起きて大惨事に成りそうな感じだけどな!
まぁ下から崩す様な真似をせず、上から順番に食べて行けば大丈夫だとは思うがね。
そんな事を考えながら一番上に乗って居るシュークリームを一つ口の中へと、甘味と共に新たに配膳された小さな肉叉を使って放り込む。
うん、此れは前世にも便利屋なんかで買って食べた事の有る、極々普通のカスタードクリームの入ったプチシュークリームだ。
間違い無く本職の菓子職人が手作りして居るだろう其れが便利屋と同等と言うと、安っぽく感じるかも知れないが……此れに関しては前世の日本の便利屋で売られている菓子の格が異常としか言い様が無い。
日本の便利屋で二、三百円で買える様なシュークリームと同等の物を、捜査研修で行った海外の街で食べようと思えば、二、三倍の金銭を出して専門店に行かなければ食べる事が出来なかった覚えが有る。
と、言うか一般的な市販の菓子も同じ値段帯で比べると、余程物価の安い国や地域で無ければ、日本の物が一段も二段も上の品質なのが普通だったのだ。
逆に言えば日本で専門店を出してやって行ける店と言うのは、量産品を凌ぐ品質を相応の価格で提供出来ていると言う事で有り、海外に出てもやって行ける店で有る事が多い。
其の辺の感覚的に理解し易いのは菓子では無いが、拉麺や牛丼何かの連鎖店が海外に進出した時に、現地の物価に合わせて値段を引き上げても客が入ると言う事が上げられるだろう。
早い安い美味いの三拍子を売り文句にしたあの牛丼屋も、海外の店舗だと高級店と言う程では無いが、日本よりも結構高いお値段で料理を提供して居るのだが、和食人気も手伝ってか客が途切れる事は無いらしい。
そんな事を考えながら桃と思しき果実を一口食べてから、次のシュークリームを口に入れる……!? 此れさっきの奴と凝乳が違う! 何か甘酸っぱい果実を混ぜた凝乳が入っているぞ!
流石に全部違う凝乳が使われて居ると言う事は無いと思うが、少なくとも数種類の凝乳の入ったシュークリームと果実の盛り合わせなのか!
「スゲェ……俺甘い物ってそんなに好きじゃねぇのに、此れは普通に美味いと思う」
肉叉の進む速度は其処まで早い訳では無いが、そんな言葉を口にしつつテツ氏も美味そうにシュークリームを頬張っている。
「あむあむ、うまうま、ぱくぱく」
幼い頃から甘い物を食べる機会が少なかったお連は、俺が甘い物を食べさせた事で『甘い=美味しい』と刷り込まれた訳では無いと思うが、語彙が完全に死んだ様子でシュークリームと果実の山を一心不乱に攻略して居る。
「……成程な、此のパリッと焼けた皮としっとりとした凝乳の食感の違いを楽しむ菓子なのだな。我が祖国にも様々な菓子は有るが、初めて食べる食感だな」
目を閉じ料理人としての観点からしっかりと味わい感想を述べるワン大人……ワン大人って多芸過ぎて一寸忘れそうに成るけど、本業はお医者さんの筈だよな?
まぁ外つ国では多芸の者をサムライと呼称するらしいし、ワン大人も魔法や術の類を身に着けたら立派にサムライって扱いに成るんじゃね?
幾ら複数の凝乳が使われているとは言え、シュークリームばかりを食べて居ると口の中が甘ったるく成るが、その時その時で一緒に盛られた甘蕉や種を抜いた桜ん坊なんかを挟む事でさっぱりと食べられる。
「ふぅ……食った食った。つか此れを五人前食えるお子様ってマジでスゲェな。やっぱ氣功使いなのが関係してんのか?」
一足早く甘味を平らげたテツ氏がそんな言葉を口にするが、やろうと思えば氣を使って胃腸を強化し食事量を増やす事も出来るが、今回は其処までしては居ない。
「いや、単純に俺達が大食らいなんだ。家の藩……あー、西方大陸の感覚だと都市国家に成るのか? 兎角俺達の出身地の者は常人の三倍飯を食うってのが普通な土地なんだよ」
藩幕体制を外つ国の感覚で説明する言葉がパッと思い浮かばなかったので、取り敢えず都市国家と言ったが、何方かと言えば封建制度の貴族領と言った方が近かったかも知れないが……まぁ今更か。
「成程、つまり強き戦士が産まれ育つ土地柄と言う事なのだ」
俺の言葉を聞いて、ターさんがどう言う理屈でその結論に至ったのか解らない言葉を口にする。
「うむ、強く成る為には食わねば成らないし、食えるだけの食材を手に入れるには戦わねば成らない。食えると言う事はそれだけ強き者が多い土地だと言って間違いないだろうな」
ターさんの言葉にワン大人が何度も頷きながらそう補足を入れる。
……成程、魔物の被害が日常であると同時に、魔物が資源でも有るこの世界では、食い物を手に入れる事が出来ると言うのは殆ど其の儘強さの基準に成る訳か。
火元国は何方かと言えば狩猟民族中心の土地では無く、米本位制度を敷いた農耕民族の土地では有るが、四方を戦場に囲まれ魔物との戦いが日常的に発生する猪山藩は戦闘民族と言っても間違いないだろう。
前世の世界でも時代が過去に遡れば遡る程に、見た目よりも強さがモテる男の基準だったと言う話も聞いた事が有るが、其れはやはり現代に置ける『稼げる男』と同義だったからだと思われる。
結局の所、甲斐性無しじゃぁ女房子供を養う事なんか出来やしないし、何時の時代でも其れが男の価値と言う事なんじゃぁ無いだろうか?
まぁ男女平等活動家何かに聞かれたら、絶対に怒られる様な話だし、警察官としての法律遵守的にも、此れを口に出したら性的嫌がらせとして訴えられても文句は言えないから、絶対に口に出しては言わないけどな!
っと、そんな事を思いながら食べ進めて行ったらあの山盛りの甘味が何時の間にか綺麗サッパリなくなって居た。
「珈琲と一口菓子です」
透かさず配膳された薄手の珈琲盃の取手には指を通さず、摘む様にして持ち上げ軽く香りを嗅いでから一口啜る。
仄かに香る果実の様な香りと、其れを裏切るかの様に酸味の無い、けれどもスッキリとした苦み……うん、此れ可也俺好みの珈琲だ。
前世の親友の店以外で、落とした珈琲を飲む時には基本モカブレンドばかりを好んで居たが、其れは特徴的な甘い香りが好きだったからである。
……で、問題は一口菓子として一緒に添えられた猪口齢糖だろう。
うん、香りは珈琲に負けない様にする為か、割と強い感じだな。
そして一欠片口に入れて見れば……ヤバ! 美味! 此れは一寸便利屋なんかで売ってる量産品と比べちゃ駄目な奴だ!
前世に食べた事の有る中で此れと比較出来るのは……都内で起きた大きな事件の時に合同捜査本部へ出向した際、現地の婦人警官の方からバレンタインの贈り物として貰った、馬に乗った裸の女性を商標にして居た所の奴位か?
そんな評価が一瞬脳裏を過ぎるが、続けて珈琲に口を付けた瞬間、前世に食べたどんな猪口齢糖よりも此方の方が圧倒的に上だと評価を変える。
此れは……この猪口齢糖はこの珈琲と組み合わせる為だけに作られた物なんだ、其れを一瞬で理解させられたからだ。
料理と葡萄酒の相性を合わせて高め合う事を仏蘭西料理の世界では結婚と呼ぶらしいが、この猪口齢糖と珈琲を一緒に食べた瞬間、其れがどれ程にしっくりと来る表現なのか舌と鼻で理解した……させられた。
脳内に結婚を祝福する教会の鐘の音が高らかに響き渡る姿を俺は確かに幻視したのだった。




