千百五十六 志七郎、街の色に驚き色街を考える事
密林と草原が入り交じる未開拓地域を潜り抜け、辿り着いたアシャンティ公国は今まで見た西方大陸のどの街とも違った風景が広がっていた。
ワイズマンシティやニューマカロニア公国では、土属性や石属性の魔法で建てた建造物に塗料で塗装した色とりどりの建物が建ち並んで居り、建具の一部に希少な輸入木材が使われていると言う感じだった。
其処から南に下るに連れて魔法で建てたと思しき継ぎ目の無い建物は徐々に減り、石材を組み合わせた建物や木造の建築物が増えて行ったのだが、目の前に広がって居るのは土を焼き固めた煉瓦を積み上げた赤い街並みである。
此方の世界の火元国は前世の世界の日本と違い、地震や台風と言った災害は多く無い、と言うか殆ど無い。
この世界に自然現象の大半が世界樹を使って神々に管理されて居るからこそそうした害が殆ど無く、其れが覆されるのは多くの場合に鬼や妖怪と言った魔物の仕業と言う事に成るのだ。
故に地震に弱いとされる煉瓦作りの建物が火元国に有っても不思議は無い筈なのだが、恐らくは自然環境に恵まれて居るが故に、木造建築が発達した結果として煉瓦作りの建物自体が発明されて居ないのだろう。
とは言え火元国にだって焼き物も有れば冶金の技術も有る、前世に読んだネット小説の知識では有るが、金属を精錬する際に出る金屎と呼ばれる物の処理方法の一つに焼き固めて煉瓦にすると言う方法が有ったのだが……其れはどう処理して居るのだろうか?
兎角、アシャンティ公国の街並みが煉瓦で彩られている理由は恐らく其れだろう。
この周辺で取れると言う金を精錬する際に出た金屎を煉瓦に加工し、其れで建物を建てて居ると言う訳だ。
「うわぁ! お前様見て下さい! 夕方でも無いのに街が真っ赤です!」
火元国では赤系統の色は禁色と言われる様な、勅や法度で使用を禁止されて居る色と言う訳では無いが、神社には付き物の朱塗りの大鳥居や城の装飾なんかで使われる様に神聖な色、或いは高貴な色とされて居る。
其の為、火元国では何処の城下でも此処まで赤一色の街並みを見る事は無い。
と言うか、前世から通して考えてもこんな風景を見るのは、北海道に出張へと行った際に見た小樽の煉瓦倉庫や道庁旧本庁舎の所謂『赤れんが庁舎』を見た時位の物だろう。
色味以外の印象としては写真で見た事の有る長崎県に有る欧州の街並みを再現した遊園地が近い様に思える。
西方大陸の東部地方は見て居ないので断言する事は出来ないが、もしかしたら西方大陸で一番『中世幻想世界』と言われて想像する物に近いのがこの街なのかも知れない。
「煉瓦と言うのは元と成る土に依って色味が変わる故に、同じ煉瓦作りの建物でも土地に依って大きく印象が変わる物だが……此処まで鮮やかな赤の煉瓦は初めて見ますな」
東方大陸から世界樹諸島を経由し、西方大陸東海岸へと渡り、大陸を横断する街道を旅してワイズマンシティへと辿り着いたと言うワン大人は此処以外にも煉瓦の街を見た事が有るらしくそんな感想を口にする。
「噂にゃぁ聞いて居たが、此れが南方大陸の街並みか。こんな物を魔法も使わずに建てちまうってんだから帝国ってのはスゲェ力が有るんだな」
そんな言葉を漏らしたテツ氏曰く、アシャンティ公国は西方大陸で最も南方大陸に近い都市国家で有り、南方大陸に強い影響を受けた街だと言う。
公国と言う名の通り、此処を治めて居るのは南方大陸帝国の傘下に有る王国の親戚筋に当たる公爵家で、立ち位置としては本国の植民地とでも言うべき国だと噂されて居るそうだ。
「けれども植民地と言うには思ったよりも酷い扱いを受けている奴等が居る様には見えねぇな」
この世界でも決して多くは無いが大国に依る植民地の開拓と言う行為は有るそうで、西方大陸の多くの都市国家も南方大陸や北方大陸の大国の植民地としての側面が有ると言う。
そうした植民地と言う物は多くの場合、本国の人間が特権階級となり地元の人間が庶民以下の貧困層を形成する物なのだそうだ。
しかし目の前に広がる街にはそうした貧困層が住むだろう掘っ建て小屋を寄せ集めた様な所謂『スラム街』とでも言うべき物が見当たらないのである。
「其れは元々此処に住んで居た者は誰も居らず、此処の者達も我々精霊信仰の民を無理やり隷属させる様な真似をしなかったからなのだ」
テツ氏の疑問の声に答えたのは、唯一此処へと来た事の有るターさんだ。
前世の世界であれば未開拓地域に住む異教徒と大帝国の者が接触すれば、先ず間違いなく奴隷として捕らえて売り捌くなり、キツい労働へと放り込むなりするだろう。
けれどもこの世界では世界樹の神々が定めた天網に依って、一部の例外を除いて奴隷と言う制度自体が規制されて居る上に、精霊信仰の民の殆どは種族としては人間である。
故に亜人を差別し奴隷として扱うのが当たり前の南方大陸人でも、人間至上主義に従えば精霊信仰の民を奴隷にすると言う選択肢は無かったのだろう。
「彼処の綺麗な街は支配階級の住処で、奴隷とか貧民とかは加加阿農園や金山の近くに集住させられてるんじゃ無いのか?」
普通に考えれば加加阿の繁殖も金山の運営も、奴隷と切っても切り離せない重労働で、特権意識の強いだろう帝国の民が自身で行う筈が無い為、南方大陸の本国から亜人奴隷が投入されていても何ら不思議は無い、そう思って俺はターさんに問いかける。
「大昔はそう言う事も有ったらしいのだ、けれども今の冒険者組合が設立されてからは、南方大陸でも簡単に亜人奴隷を手に入れる事は出来なく成ったらしくて、今では此処は真っ当に運営されて居る……って事に成って居るのだ」
多少濁す形でそう言ったのは、恐らくは火元国の人市の様にギリギリ合法な形で扱われる奴隷……債務奴隷や犯罪奴隷なんかが此処でも使われて居るのだろう。
犯罪を犯した罰としての身分である犯罪奴隷はワイズマンシティの軍でも使われている通り合法で、基本的には刑期を勤め上げれば放免とされ奴隷の立場から開放される事に成る。
債務奴隷……火元国で遊郭なんかに遊女として売られて来る者は基本此方である……は何等かの理由で債務不履行に成った者や、賃金の前払いを受けて身代を売った者達で、その身に付けられた値段の分を稼いだ時点で年期明けとして身分が回復されると言う。
多くの場合前者はよりキツい……下手をしなくても命の危険も有る仕事に従事させられ、後者は比較的緩い……その分賃金の安い仕事に割り振られる事が多いらしい。
アシャンティ公国でも恐らくは犯罪奴隷が金山の深い所で働かされ、債務奴隷が加加阿農園で働いて居る……とかそんな所なのだろう。
其れでもそうした身分の者達が押し込められていると、パッと見て解かる様な場所が無いのを見る限り、前世の日本で想像する奴隷とは待遇面で大分違うのだと思われる。
実際、向こうの世界で読んだネット小説なんかだと奴隷と言えば、色事を目的とした性奴隷が大半で、其れ以外の用途で使役される者が出てくる物語は割と少なかった様に思う。
けれども此方の世界では奴隷が市場で取引される場合、その労働力を目当てに成人男性>成人女性>男児>女児と値付けされるのが普通で、特別見目麗しい女児が奴隷堕ちでもしない限りは性奴隷として高値が付くなんて事は無いらしい。
と言うか魔物の害が日常に近い所に有り命の値段が安いこの世界では、多くの男が魔物との戦いで命を散らす事に成る為に、基本的に女性の人口の方が圧倒的に多いのだ。
故に娼館を営むのに態々高い銭を払ってまで奴隷を集める必要は無く、手に職が無い女性が取り敢えず手っ取り早く稼げる仕事として普通に娼館に就職するのである。
なお江戸の吉原に債務奴隷に当たる者達が集められて居るのは、単純に江戸が他所から出てきたお登りさん達が多すぎて、地域と比べて異常な程に男余りに成り過ぎて居ると言う、特異な土地柄故だったりするのだ。
「さて、日が暮れない内に街へと入って猪口齢糖職人に面会予約を取るのだ、忙しい人だから頼んで直ぐに会えるとは限らないけれども、人食い加加阿を持ってきたと伝えれば多分優先して会ってくれる筈なのだ」
綺麗な赤い街を見下ろしながら暫し歓談していた俺達だが、ターさんがそんな言葉で促した事で、街と外を隔てる城門へと向かう事にしたのだった。
今週末は又ちょっくら遠征行って来るので次回更新は七月十五日月曜日の深夜以降と相成ります
ご理解とご容赦の程宜しくお願いいたします
……今回こそ帰りに餃子の食べ放題行くぞー!
目指すは取り敢えず十皿六十個……かな?




