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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
決戦! 兄と義兄 の巻

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百十三 志七郎、勝負のあり方を見つめる事

 上段の構えから振り下ろし、正眼の位置でピタリと止まり、そこから更に鳩尾みずおち、胸、喉へと一息の内に繰り出される三連突、止まること無く左脇へと刀を引くと、腰だめの姿勢から柄で顎をかち上げる。


 だがそれらは全て躱されたのだろう、彼は再び上段の構えへと戻った後、一度大きく後方へと飛び退った。


 シャドーボクシングの様な稽古だが、端から見ている俺にすら相手の姿が見える様に思える。


 それぞれの打撃を打ち込む位置の高さ、想定された反撃を回避する為の動きの鋭さ、それらから考えると仮想敵はまず間違いなく義二郎兄上だ。


 一撃一撃に裂帛の気合が篭った一人稽古をしているのは、当然ながら鈴木清吾である。


 氣を纏う事無く行われているので、速さや力の強さは常人の範疇だ、だがその迷いの無い動きは俺の目から見ても隙一つ無駄一つ見当たらない。


 所々で繰り出される肩や足での打撃と思われる所作は、前世まえでは見たことの無い型ではあるが、その完成度の高さは実戦でも十分に有用に見える。


「流石は猪山藩武芸指南役、俺では隙の一つも見当たりませんね」


 それから暫くの後、稽古の手が止まるのを待って俺は鈴木に声を掛けた。


「志七郎様……見てらしたのですか。御神酒と言うのは凄い物ですね、身体が軽すぎて自身でも制御が難しい位です。まだまだ精進が足りない……」


 一分の隙も無いと俺が思った動きですら、鈴木自身にとっては納得のいくレベルではないらしい。


 その話によると、武者修行へと旅立ってから休む事無く戦い続けたその結果、格は上がったものの自身の技量が上がったとは全く思え無かったのだと言う。


 ケガや疲労でどうしても動けない、そんな状況でも霊薬を使用し無理やり戦い続けた、その無理が祟ってか身体は常に重く、氣を使わなければ思った通りに動くこともままならない、そんな状態だったのだそうだ。


 どう考えても明らかなオーバーワーク状態としか思えぬ、そんな彼の身体は神様達に頂いた御神酒の効能により急速に回復し、自分でも自分の動きを制御出来ない程に、早く鋭く動ける様になっていたらしい。


「目が覚めてからずっと剣を振っておりましたがやっと安定してきました、どうやら拙者は思っていた以上に疲れ果てて居たようです」


 帰参した当日のやつれ果てた顔付きとは打って変わって、元通りの柔らかな微笑みを湛えたその表情にはなにか余裕の様な物すら感じられる。


「その分だと兄上との立会の準備は万全みたいですね」


「神々には幾ら感謝してもし足りないですな、結果はどうなるとしても全力で立会う事にこそ意味がある、そう思える様に成りました」


「成りました?」


「はい、御神酒を頂き休むまでは、倒さねば意味が無い、と無駄に気負っていた様に思えます。疲れていたのも有りますが、それ以上に父上の子として父上の有り方により近い義二郎様を倒さねばと……」


 鈴木清吾、彼が『あの』一郎の子である事は江戸中の皆が知っている事だが「一郎の子の割に……」と言われる事も多いのだと言う。


 そして同じ位「鬼二郎と清吾は親が逆ではないか」とも言われているのだそうだ。


 義二郎兄上と一郎翁は双方共に体格に恵まれ、武の有り方も思考よりも本能が優先するという点で共通項が多い。


 対して鈴木は本能よりも思考、戦いの組み立てを事前に立案しそれによって詰将棋の様に相手を追い詰める戦い方を得意とする。


 これは持って生まれたしつの問題であり、多少の稽古で変わる様な物ではない。


 無論、一郎翁位に老成すれば己の質とは違う戦い方をする事も可能だが、そこまで至るのには膨大な経験を要する。


 それ故に鈴木は息子である自分よりも、義二郎兄上の方が一郎翁に近い事に嫉妬にも似た感情を感じていたらしい。


「拙者は拙者、父上は父上、義二郎様は義二郎様……。そんな簡単な事すら拙者は理解しておらなんだ」


 ……どうやら鈴木は兄上との立会よりも前、武者修行の結果色々な意味で一皮剥けたらしい。


「では、兄上に勝ちたいとは思ってないんですか?」


「いえ、立会う以上は勝ちを望まぬと言う事は有りません。真剣勝負で有る以上勝利を目指さぬのは失礼以外の何物でも有りませぬ」


 落ち着いた声色のままそう返す彼、だがその瞳には言葉とは裏腹に鋭く強い意思に満ち溢れていた。




 まだ暫く剣を振るという鈴木を道場に残し庭へと出る。


 するとそこにはいつもはこの上屋敷では見かける事の無い、中間の者達が多数集まっていた。


「これは志七郎様、ご無沙汰しております」


 そう俺に声を掛けてきたのは猪山藩の中間を取り纏める松五郎だ。


「親分、ブツの運び込みおわりやした!」


 俺が返事を返す前に彼の部下なのだろう若い男……と言うかせいぜい十歳位の少年がそう声を上げた。


「馬鹿野郎! 状況見て声を掛けやがれ! 俺ぁ、今志七郎様に、主家のご子息様にご挨拶をしてる所だろうが!」


 だが松五郎はそう怒鳴りつけながら、声を掛けてきた彼の頭に拳骨を叩き落とす。


「すいやせん、志七郎様。コイツは最近仕える様に成った若いのでして、まだ躾が出来てないんでさぁ……どうかあっしに免じて許してやって下さいまし」


 武士で有り主君の血筋である俺の返事を遮る、それは下手をしなくても無礼討ちにされても文句を言う事の出来ない様な行為である。


 もしこれがうちの屋敷の中で無く他人の目が有るような場所で、尚且つこうして速やかな謝罪が無かったとしたら、俺が気にしないと言うだけで許すような事をした場合、猪山藩全ての対面に関わる事に成り兼ねない、そんなレベルの行為だ。


「まぁ……松五郎がきっちり折檻したし、俺が咎める様な事はしない。けれども、気をつけないと問答無用でズバッとやられるかもしれないよ」


 痛そうに頭を抑えている少年に向けてそう言葉を掛ける、彼は猪山藩の中間なのだ、当然これから先も俺達猪山の衆や、他家の者と付き合う事も有るだろう。


 その時、同じような事をしたならば、我が藩は中間の教育すら出来ない、と笑われる事にも成り兼ねない。


 それは彼に取っても我が藩に取っても、決して良い事では無いだろう。


「へぇ、有難うございやす。おらぁ! 富吉、てめぇもしっかり謝らねぇか!」


 グッと富吉と呼ばれた少年の頭を押さえ付け深々と頭を下げさせながら、松五郎がそう促す。


「は、はい! すんません!」


 そうして頭を下げて初めて、彼は自分の行いの危険さに気がついたのだろう、慌てた様に謝罪の言葉を上げた。


「まぁ、先程も言ったとおり、俺からこれ以上何か言う事は無いよ。それよりも今日はどうしてここに?」


 富吉君の事はサラッと流してそう問いかける。


「へい、義二郎様と鈴木様の立会の準備に色々と必要な物を持ってきたんでさぁ」


 そう言って振り返った彼の視線の先に積み上げられているのは、何本もの丸太やロープ、何本もの刀や槍、その他にも屋台やら竹竿やらが無造作に積み上げられていた。


「姫様の婚約者を決める為の立会とは聞いておりますが、まぁ随分と大きな催しになりそうですな」


「催し……って、確か他家の方々と義二郎兄上が立ち会った時には、特別な用意など何もしていなかった筈だけど?」


「ウチで面倒を見ている瓦版屋だけで無く色んな所に煽らせて居ますから、江戸中で知らん者など居りやせん」


 ああ、そうかウチ以外が絡んでいる話ならば、大々的にやれば他家との軋轢にも成り兼ねないが、今回は猪山藩の中だけの勝負だし、大衆の面前で行った勝負の結果ならば、それを覆す事は容易ではない。


 兄上が勝つにせよ、鈴木が勝つにせよ、姉上の縁談に付いて外部からの余計な横槍を無くす効果が見込めるんだと思う。


「当日は賭け札も売りますし、がっちり稼げそうですわ」


 ……それで良いのか猪山藩。

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