千百四十四 志七郎、種族の混ざり合いを知り産卵を考える事
スー族の集落を日が昇るより早く出立した俺達は、何時も通り最も暑く成る時間帯を密林の木陰で陽の光を避け休んで居た。
「翅妖精は森人や山人に草人と同様に妖精に括られては居るけれども、彼女達を産み出したのは八大神として祀られている妖精神夫妻では無い……と言い伝えられている」
休憩中の雑談の中でそんな話をしてくれたのは、今居る面子の中で最年長者であるワン大人だ。
彼は聖職者では無い物の東方大陸の医神 華佗の熱心な信徒で有り、其の辺の絡みから世界樹の神々や他の大陸の神々等に付いて学ぶと言うこの世界の『神学』にも割と明るいらしい。
そんな彼の言に依ると翅妖精と言う種は、人に類する種族《人類》に区分されて居る妖精族とはまた別の種族で、分類的には動物と魔物の中間辺りに分別されて居る種と言う事に成ると言う。
ちなみに竜種の類もこの世界の生物学的な分類では、やはり動物と魔物の間に位置する存在の一つと定義されており、翅妖精と竜種は実は割と近縁と呼べる種族だったりする……らしい。
まぁこの世界の竜に区分される存在の多くは『知恵有る獣』である霊獣程では無いが、人類に近い知能を持ち中には人語を解するモノも居ると言うのだから、普通の動物とは別格の存在だと言うのは当然理解出来る。
其の上で竜と翅妖精が近縁と呼べる根拠とされて居るのは、何方の種族も『情を通じれば汎ゆる他種族と子孫を残す事が出来る』と言う点なのだそうだ。
翅妖精は雌と言うか凡そ身の丈五寸三分程に縮小化した森人の女性に蜻蛉の翅が生えた様な容姿をした者達で、雄とか男性と呼べる様な個体は存在して居ない。
では単性生殖なのかと言えばそう言う訳では無く、彼女達は近縁種である竜は勿論の事、生物としては完全に別種である筈の人類や動物達の雄、果ては魔物の類に至る相手からも様々な手管で精を分けて貰い妊娠し繁殖するのだと言う。
掌に乗る様な大きさの翅妖精と、勃起した成人男性の息子さんは然程変わらぬ大きさだと思うのだが、其れでどうやって交わると言うのか?
其の辺の事に興味が全く無いと言う訳では無いが、未だ幼く性の何たるかを知っている素振りは有る物の、直接的に俺がどうこう言うのは憚られるお連が一緒に居るので、残念ながら詳しく聞く事は諦めた。
が、竜種も同様に情を通じた相手ならば馬や人間とも交わり子を為す事も有ると言う点で、翅妖精と近い種族なのだ……と、この世界では考えられているらしい。
まぁ人類と一括りにされる種族同士でも、異種族間での結婚は奨励されて居る訳では無く、かと言って其れが忌避されて居ると言う程でも無い辺り、この世界の性事情は向こうの世界に比べれば可也おおらかなのだろう。
ちなみに人類同士に限らずこの世界側に寝返った魔物なんかも含めて、異種族間での婚姻で子供が出来た場合には、所謂『ハーフ』と言う様な両親両方の種族の特徴を引いた子供が産まれる事は無く、多くの場合何方か一方の形質を継いで産まれるのが普通らしい。
しかし何代も混血を重ねる事で、極々稀に両親以外の種族の子が産まれたり、幾つかの種族の形質が混ざって産まれる……なんて例が全く無いと言う訳でも無いと言う。
解り易い例の一つが獣耳族と呼ばれる種族で、元々は獣人族と人間が番となり、何代も血を混ぜて行った結果として産まれた、神々が直接作って居ない例外的な人類種族なのだそうだ。
そして同じ様な例外的な存在と言えるのが我が猪山藩である。
猪山山塊が猪山藩と呼ばれる様に成るよりも遥か昔から、険しく危険な山塊の奥深くに隠れ住んで居た祖先は、氏神である天蓬大明神が天から降臨した時点で既に多くの鬼や妖怪の血を受け入れていたと言う話だった。
恐らくは大江山に鬼が現れるよりも更に昔に、鬼や妖怪と情を交わしそうした魔物の形質が身体に現れた『混ざり者』と呼ばれる様に成った者達が、差別や偏見の目から逃れる為に厳しい山塊の奥に隠れ里を作ったのが猪山の始まりなのではなかろうか?
兎角、我が故郷で有り此の身に流れる猪川家の血筋は、どんな子供が産まれても何ら不思議の無い血のビックリ箱とでも言う様な代物である。
実際義二郎兄上の所に産まれた六つ子が誰一人として『普通の人間』では無かった事を鑑みるに、俺とお連の間に産まれる子供だってどんな種族の形質を持って居るか解った物では無いのだ。
まぁ猪山の者達に流れる血がそう言う物だと言う事は、火元国に住む者ならば大半が知っている事なので『猪山から嫁を貰ったら半妖が産まれた』所で今更大騒ぎに成る様な事は無い。
ん? そー言えば、一朗翁は半森人だと言う話だった筈だが、此の世界の混血事情を考えると奇怪しいと言う事に成るのか?
でも一朗翁の耳は森人の様に細長く尖った其れと言う訳でも無いし、パッと見た感じは普通の火元人の其れなんだよな、其れらしい点が有るとすれば人より永く若い姿を保ち続けている事だが、其れだって氣の扱いを極めれば似たような状態に成るらしいし……謎だ。
話が少し逸れたが……要するに此の世界では、片手の指程の回数混血を繰り返した位では新しい種族に分化する様な事は無いと言う事だ。
故にと言う事か、翅妖精が他の種族から精を得て子供を作っても産まれてくるのは必ず翅妖精だが、竜種の場合には母体と成った種族に寄るのが普通だと言う。
つまり雌の竜種と他の種族が交われば産まれてくるのは竜種が孵化する卵で、雄の竜種と他の種族が交われば通常個体よりも少しばかり強靭な母の種族の仔が産まれてくると言う訳だ。
翅妖精が産むのが翅妖精と言うのも、もしかしたら彼女達が雌だけの種族で母体が必ず翅妖精だから……と言う理由も有るのかもしれない。
「ちなみに東方大陸にも翅妖精は生息しており、彼女達と情を交わした者達の話も決して少なくは無い。鳳凰武侠連合王国が成立して以降は一度だけでは有るが、翅妖精が仁王に選ばれた事すら有るぞ」
鳳凰武侠連合王国では、武術大会の優勝者が就任する武王、科挙と呼ばれる学科試験の最優秀者が就く賢王、そして全国民の中から選挙で選ばれる仁王の三王に依る合議制で統治されて居るとは聞いて居たが……真逆人類以外も候補に入るのか。
ああ……子供と言えば、義二郎兄上と瞳義姉上の間に産まれた子供達の様に、普通に出産されるとは限らないと言う話も有ったな。
産まれてくる種族に依っては人の妊から卵が産まれてくるなんて事も有り得るらしいんだ。
睦姉上の下で働く為に国許から出て来た蛇の下半身を持つ女性の一家は、皆が皆蛇系統の形質の持ち主で、普通に卵から産まれてくると言う話だったので、俺の子供が卵で産まれてくる可能性も零と言う訳では無いだろう。
そんな事を考えた瞬間ふと脳裏を過ぎったのは、卵から産まれた王子の悲劇的な生涯を綴った小説だった。
未だネット小説に傾倒する前に友人宅で読んだその本は、母親が我が子を抱く前に卵が産まれた衝撃から命を落とし、縁談の多くも『卵を産みたく無い』と言う理由で纏まらなかったと言う王子が、更なる悲劇に投げ込まれる物語。
最終的に幸福な終焉とは言い難い結末を迎える物語だったが、何度も何度も繰り返し読み返した覚えの有る、大好きな物語の一つだ。
その物語の中でも主人公である王子は実際には卵で産まれたと言う訳ではなかったが、赤子では無く卵を産むと言うのに、生理的な嫌悪が有ると言うのは人間的では無いと言う事を考えれば不思議では無い。
「なぁお連……子供が欲しいってお前は言ってたが、卵を産む覚悟は有るかい?」
其の辺実際どうなのかは解らないが、彼女が此の言葉で早期の妊娠を思い留まるかもしれないと、俺はそんな言葉を投げかける。
「卵……ですか? 連は稚児が健康に産まれるならどんな形でも構いませんよ? 他所ではどうなのか知らないですけれども……猪山では割と居ますしね」
……ああ、そうか、彼女が物心付く頃には既に猪山に住み、其処で育って来たのだから、色々な基準が猪山藩に成っていても不思議は無いのか。
俺は色々と世の中の基準に付いて、猪山藩に付いてもう少ししっかりと覚えなきゃ駄目だな……と少々反省したのだった。




