千百四十三 志七郎、副作用を心配し学習機会に悩む事
「やぁ久しぶりなのだ。どうやらウポポの秘薬は良い効果を齎した見たいなのだ。パッと見ただけで身体が一回り大きく成っているのが解かるんだから成長期って言うのは凄いね」
不埒な野望を心に秘めつつ、ウポポ族の集落を出立した俺達は、大きな騒動に巻き込まれる様な事も無く、無事にスー族の集落へと辿り着く事が出来た。
そして出迎えてくれたターさんが俺を見るなりはそんな言葉を口にする。
確かに今でも節々に成長痛と思わしき痛みは氣を抜くと耐えられないだろう程の物で、恐らく痛みが強く成る睡眠中も氣を纏う事を無意識に維持出来る様に成っていなければ、碌に眠れ無い日々を過ごして居たのは間違い無いだろう。
けれどもだからと言って、一月やそこらで言う程に成長する物だろうか?
そんな疑問が首を擡げるがその瞬間脳裏を過ぎったのは、今生の自宅である猪山藩江戸屋敷に住む、数えるのも馬鹿らしく成る程に居る犬猫達とその仔達だった。
産まれた直後の仔犬や仔猫は其れこそ子供の掌でも簡単に掴める程の大きさしか無いのだが、生後一ヶ月も経てば産まれた時の倍程の体重にまで成長し、二ヶ月も有れば元気に大地を駆け回る様に成るのである。
霊薬と言う超常の薬を用いたのだから、俺の身体が其れに近しい成長を遂げていても不思議は無いと言う事なのだろう。
『男子三日会わざれば刮目して見よ』なんて言葉も有るが、男女問わず成長期の子供と言う者は一ヶ月と言わず三日も有ればそれ相応の成長を見せる物だと言う事なのでは無いだろうか?
まぁこの格言は身体の成長では無く、精神や技術と言った部分での話が語源だったと記憶して居るがね。
「うむ、確かにあの霊薬の効能は凄い物が有った。けれども其れで完全に彼の身体が思った通りの状態にまで成長したとは言い切れない。とは言えこれ以上強力な霊薬を続けて投与するのは医者としてお勧めしかねる話だ」
ターさんの言葉に相槌を打ちつつ、霊薬の乱用の危険性を説くワン大人。
曰く霊薬も普通の薬も副作用が無い薬と言う物は無く、薬効の強い物で有れば有る程にその副作用も強く成るのが当然の事なのだそうだ。
今回俺の身体に投与された二つの霊薬の内、一つ目は実はそれ程強い薬効を持つ霊薬では無く、霊薬の中でも限り無く薬湯に近い様な弱い物だったらしい。
にも拘わらず、俺の身体に劇的な効果を表したのは、其れだけ息子さんの状態が悪かったと言う事で、続いて投与されたガララアイの霊薬が前回程に凄まじい結果を産まなかったのは、一度目で大きく回復していたからこそ……だと言う。
ただワン大人曰く、今の俺の身体は重篤な副作用が顕在化して居ないだけで、何らかの異常が何時出ても不思議は無い程に強い薬が体内に蓄積した状態なのだそうだ。
科学が発達した前世の世界でも、副作用……目的の作用とは別の効能が全く無い薬と言うのは無く、其れが比較的軽微に抑えられたのが所謂『市販薬』で、強い副作用が出る可能性を鑑みても医師の判断で投与されるのが『処方薬』と言った感じだった筈だ。
其れを例に上げるならば、今回俺が飲んだのは一つ目が市販薬で、其れだけで回復仕切らなかったから処方薬を飲んだ……と言った所だろう。
前世の感覚で言うならば、半月近くも間が開いて居るのだから問題無い様に思えるのだが、超常の異能で作られた霊薬は、身体から排出されるまでに普通の薬よりも時間が掛かるのかもしれない。
いや向こうの世界でも抗がん剤の様な強い副作用の出る薬ならば、投与頻度が一月に一回なんても物も有ると聞いた覚えがあるし、決して奇怪しな話では無いのだろう。
「んー、そんな状態で妖精の珈琲の実を食べに行ったりして平気なのかい? アレは私も食べた事が有るが、艶本を一冊駄目にする位にビンビンに来るヤバい奴だぞ?」
ターさんが其れを食べたのは、未だ結婚する前の十代半ばの猿の如き性欲溢れる時期の事で、其れを口にした夜は一晩中猛り狂い一発自家発電しても萎える様な事は無く、秘蔵の艶本一冊がガビガビに成るまで行為をし続ける事に成ったと言う。
「アレはどうしても子供が欲しい夫婦とか、年老いてもう元気が失われた息子を無理やり起こすとか、そう言う状況で食べるべき物なのだ。元気な男が食べると私の様に息子さんが擦り切れて痛い思いをする事にもなりかねないぞ」
……擦り切れたのか。
「其処は恐らく大丈夫だろう。妖精の珈琲の実は確かに栄養豊富で滋養強壮に優れる食べ物なのだろうが、霊薬と違って魔物の角に含まれる魔力は含有して居ない筈だからな」
霊薬を扱う事の出来る医者であるワン大人に依ると、霊薬の副作用の大部分は薬効に依る物以上に魔物の角に含まれた異世界由来の魔力に依る物なのだと言う。
魔力と呼ばれる能力は、この世界の住人も普通に持っており、精霊魔法を含めた『術』の類を扱う為に必要な能力とされて居る。
其の辺の能力の多少は実際にやってみて推し量るしか無い為、具体的な数値として幾つと言う事は難しいが、下位精霊と契約していれば下位の攻撃魔法の威力を測定する事で大体の数字を割り出す事は出来るらしい。
残念ながら俺は契約に必要な魂の許容量とでも言うべき物が、四煌戌と焔羽姫で既に限界近くまで使ってしまっている為に、これ以上の契約を行うには其れが増えると言う身体の成長を待つしか無い状態なので測定出来て居ない。
対して先日、下位の風精霊と契約したお連は精霊魔法学会で其の測定を受けたのだが、人並みを十と設定した場合に、七か八程度と人並みよりも低い魔力しか持っていない事が解っている。
……其の辺の事も有ってお連が精霊魔法を学ぶ意欲は割と底辺に落ちて居るが、彼女が此方へと留学した最大の目的は彼女を狙っているであろう富田藩からの刺客から守ると言う事だし問題は無いだろう。
ちなみに氣の源と成る魂の力と精霊や霊獣と契約に必要となる魂の力は、過去に居た氣を扱える精霊魔法使いが残した論文が正しければ同じ物らしいので、素の氣が俺よりも大きなお連ならば多くの精霊や霊獣と契約出来る筈だ。
そして氣で魔力を強化する事も実際に俺がやっている通り不可能では無い為、お連の人より持っている魔力が小さいと言う不利な条件は決して大きな物ではなかったりする。
ましてや精霊魔法には威力を出す必要等全く無い便利系の魔法と言う物も多数有るのだから、そうした魔法を勉強して置くと言うのは彼女に取っても十分な意味が有るとは思う。
うん、やはり折角留学までして居るのだから、今回の旅が終わってワイズマンシティに戻ったら、お花さんに彼女が残り三種の下位精霊と契約出来る様に相談してみるか。
「ちなみに聞きたいんだが、妖精の珈琲の実を女性が口にした場合にはどの様な効果が出るんだ?」
美味い物で変な効能が出ないのであれば、お連にも食べさせて上げたいと思い、俺はターさんにそう問いかける。
「女性が食べた場合には、肌艶が良くなったり月の物が軽く成ったりするので、寧ろ男が食べるよりも女性が食べる物と言う認識が密林では強いのだ」
成程、男性の精力を絶倫にさせる媚薬効果は有れども、女性をメロメロにする様な媚薬効果は無いと言う事か。
俺の記憶が確かならば向こうの世界でも、男性の息子さんの元気力が落ちて来たのを補助する薬は有ったが、女性の精神的な活動を無視して発情させるような所謂『媚薬』は医学的に立証された物は無かった筈だ。
其れに近い物が全く無かった訳では無いが、そうした物の大半は違法な『麻薬』の類で、法律で指定されて居らず違法では無い物でも、ある程度の効果が認められる物は大体後々規制される『脱法』に位置する物で有る。
そうした危険性が無く身体に良いと言うのであれば、お連も食べた方が良いだろう。
「取り敢えず今夜は私の家で一泊して、明日は日が昇るよりも早くに出て妖精達の住処へと向かうのだ」
そう言ってスー族の集落へと迎え入れてくれたターさんの背中を居って俺達は彼の家へと向かうのだった。




