千百四十二 志七郎、経済に付いて考え旅の予定を確認する事
ガララアイを配合した精力増強剤を飲んでから丸一日経過を見たが、特に問題は出なかったので俺達はウポポ族の集落を出発する事に成った。
「妹は俺が先にテノチティトランまで連れて行く、河馬鬼の素材がウチの集落では使えきれない程に手に入ったし、其れを売りに行くついでだ。但し密林でやるべき事を終えた後には必ず拾って帰るのだぞ。放置して行く様な真似をすれば……」
テツ氏の奥さんに成ったロコモコさんは此の儘俺達に同行するのでは無く、兄であるアヴェナナ氏とウポポ族の中でも数字に明るい者達が最寄りの国まで素材を売りに行くついでに連れて行くらしい。
文明領域と未開拓地域の堺に位置するテノチティトラン王国は、未開拓地域に分け入る冒険者だけで無く、其処で取引される未開拓地域産の希少な素材を求める商人達も集まる商業都市国家の側面も持っている。
にも拘わらず彼の国が西方大陸でも最貧国の一つとして挙げられるのは、未開拓地域の産物を自国の商人達では無く他所から来た商人達が銭を積み上げて買い上げられてしまうから……らしい。
テノチティトラン王国に定住する商人の多くは、残念ながら未開拓地域で手に入る様な希少な素材を買い上げる事が出来る程の可処分資産を持って居らず、日々の生活を賄う小商い程度の事しか出来て居ないのだそうだ。
「俺達としても付き合いの長い商人に卸してやりたいのは山々なのだが、流石に見合わぬ程度の金銭で売る訳には行かないからな。まぁ代わりに彼等の見世で買える物は可能な限り買っては居るがな」
今回の河馬鬼素材程に大量の素材が手に入る案件は、流石に早々ある事では無いが、それでも狩猟民族で有る彼等は、日常的に狩りを行う事で肉以外の素材は余る事も有ると言う。
そう言う場合には、今回の様に損得の計算が得意な者がテノチティトラン王国まで売りに行くのだが、その際にもっと北の都市国家から来ている仲買人や冒険者の方が金払いが良い為に其方へと売るのだと言う。
向こうの世界の感覚で言うならば、雑貨屋が一店舗しか無い様な田舎の村に希少価値の高い鉱物が取れる鉱山が出来たが、地元の雑貨屋が其れを引き取る事が出来る筈も無く、他所から来た大企業に利益の大半を持って行かれる……と言う様な感じだろうか?
鉱山が出来て其処で働く労働者が増えれば雑貨屋に来る客も増えるのだろうが、そうした客層を目当てに大手の便利屋なんかが出店して来れば、客を奪われると言う事にも成る可能性は十分に有る。
テノチティトランの王家が地元の商人に融資して、そうした物品の取引に一枚噛む事が出来る様にすれば、経済発展の切っ掛けにも成り得るのだろうが、商人が金を持ち過ぎると権力の維持に問題が発生する可能性も有るし……うん、難しい問題だ。
サイエンスフィクション……略してSFと呼ばれた様なジャンルの小説なんかでも、資本主義が行き過ぎた結果として大企業の権力が強くなり過ぎ、政府や国家が形骸化し実質企業に依って国が支配されるなんて設定は割と良く目にした覚えが有る。
其れに前世の日本で明治維新が起こった際に、廃藩置県が割と円滑に進んだ背景には、何処の藩も商家に対しての借財が莫大で利息を返すだけで一杯一杯だった所に『明治政府が肩代わりする』と言う申し出が有ったと言う話だった筈だ。
ちなみに明治政府がそうした莫大な借金を綺麗に返したかと言えばそんな事も無く、大部分が踏み倒された事で債権の多くを握って居た大阪の商人が酷い事に成ったとか成らなかったとか……。
兎にも角にも統治者の側からすれば、商売人が力を持ち過ぎるのは危険だと言う思想は、向こうの世界でも此方の世界でも其れこそ戦国時代以前から有る話なのだ。
其の辺の事を考えればテノチティトランの王家が自国の領土で行われている他所と他所の大規模な取引に対して、自国の商人を噛ませない理由はなんとなく想像が付く。
そうした取引に関税なんかを掛ける様な事をしないのも、其れをしたらしたで自国の勢力範囲外に別の取引場所が作られ、今まで落ちて居たであろう宿泊や飲食と言った部分の金が失われる事が目に見えているからだとも思う。
……まぁ単純に貧乏国家であるテノチティトラン王家がそもそもそうした取引に嘴を突っ込める程の財力が無いと言う可能性も十分考えられる話でも有るがな。
「んで、ロコモコにゃ暫くテノチティトランの宿で待ってて貰うとして、俺達の方は当初の予定通りスー族の集落へと一旦戻ってターの奴と合流してから、妖精の珈琲の実と人食い加加阿を手に入れてまたスー族の集落に戻る……と」
テツ氏が指を折りつつ此れからの予定を口にする。
当初の予定では河馬鬼の砦を攻略するなんて事は全く考えて居なかったし、俺の身体に此処まで劇的な変化が有って療養に時間が取られるなんて考えても居なかった。
本来ならばそろそろ俺達はテノチティトラン王国を出てワイズマンシティへの帰路へと付いて居る筈の日程なのだ。
まぁ予定通り妖精の珈琲の実と人食い加加阿だけを口にしていた場合、息子さんが今の様に劇的な回復をして居なかった可能性も有るので、結果往来と言う事にして置くべきだろう。
「テツ殿は兄貴分の為に下に効く食材を手に入れようとして居ると聞いて居ますが、妻を娶った以上は自分自身の為にも其れ等が必要と成るでしょうな。ウポポ族の霊薬に関しては私が調合法を覚えて居りますので帰ってから必要なら声を掛けてくれ」
ワン大人が大人の笑みを浮かべて、そんな言葉を口にする。
聞けば俺が飲んだ二種類の霊薬だけで無く、もっと効果を抑えた霊薬や、霊薬程劇的な効果は無いが下半身に効くとされて居る薬湯の調合法なんかも、俺が寝込んでいる間にウポポ族の長老から習ったのだそうだ。
材料の方はと言えば俺に処方した分の残りが十分に有り、ウポポ族は必要に成れば摂りに行くのも不可能では無いので、其れ等全てをワン大人が貰い受ける事に成ったと言う。
「希少価値の高い薬種も多々有ったので対価を支払うと言ったのだが、アーマーンを倒した御礼だと言われてはな」
確かにアーマーンを倒した対価と言う点では、今の時点で俺とテツ氏だけに特別な対価が支払われたと言って間違い無い状況なので、ワン大人が薬の材料を受け取ると言うのは理に適っていると言えるだろう。
問題はお連が受け取るべき何らかの報酬だが……
「連はお前様が元気に成って何時か稚児を授けて下されば其れで十分です」
なんて事を真顔で言われると息子さんが疼くのを感じる……が、未だまだ其れをするには早すぎる。
……いやいやいや待て待て待て! お連の様な未だ幼女と言っても良い年齢の娘に、そんな事を言われて息子さんに違和感を覚えるとか、俺は何時からポン吉の同類に成った!?
いや、お連の年頃の娘に興奮すると成るとロリコン通り越して小児性愛の区分か? 何方にせよ真っ当な大人の態度では無い!
でも今の俺の身体からすれば、ほぼ同年代の女の子が相手な訳で、恋愛対象としては極々普通と言える……のか?
何と言うか……此れから身体がまともに成ったら、其れからは自家発電を知った猿の如く欲望が溢れすぎる年頃に成る訳だが……我慢し続ける事が出来るのか、今から少し不安に成って来たぞ?
待てよ……そうか! お連と言う幼い少女に手を付けると考えるから駄目なんだ、前世の世界とは違って此方の世界で春を買うのは合法だ!
其れに仁一郎兄上も義二郎兄上も信三郎兄上も、初めては遊郭や岡場所で捨てたと聞いた覚えが有る。
銭なら有る……息子が元気に成ったなら、何処かの高級娼館の類で捨ててしまおう!
そんな駄目な覚悟を心に決めながら、俺達はウポポ族の集落を後にしたのだった。




