千百四十一 志七郎、活力を取り戻し信仰を考える事
なんだろう……股間が……息子さんがむずむずとする……久しく忘れて居た感覚を覚え、俺はゆっくりと目を覚ます。
「……ああ、そうか勃起ってこんな感じだったのか」
ギンギンに発するして居る訳では無く、少しだけ硬く成っている程度では有るが、此の世界で此の身体に生まれ変わって初めて自覚した其れは、何と言うかこう……説明出来ない不思議な感覚だった。
有るべき物を取り戻したかの様な、無かった筈の物が取り付けられた様な、失った物が帰って来た様な……うん、言葉にしようとすればする程に訳が解らなく成って来る。
つか前世も息子さんを意識するのは、小便をする時と自家発電行為をする時位で、其れ以外の時には万が一にも攻撃を受けたらヤバい急所と言う様な意識しか無かったからなぁ。
その自家発電だって寝ている間に無意識に下着を汚してしまうのが嫌で、定期的にそう言う行為をしていたと言うだけで、友人達の様に好みのオカズを血眼に成って探す様な事まではして居なかった。
精々、夜想曲の名を冠したネット小説サイトで、その時その時の気分に合わせた状況の濡れ場が有る小説を読む程度である。
まぁ時には押収した違法な物と思しき子供には見せては行けない映像作品の検品作業をする様な事も有ったが、其れは飽く迄も仕事の内で自分に割り当てられた作業でも無いのに、其れ等を見物しに行く様な事は殆ど無かった……筈?
うん、先日の薬湯を飲んで寝込んでから、前世の記憶が以前よりも一層遠い物に成っている気がする。
此れは身体が健康体に近付いた事で、魂も前世の俺から今生の俺に近付いていると言う事だろうか?
「おお、目が覚めたか。今回は前回とは違い事前にしっかりと準備を整えて置いたが、此処までする必要も無かった様だな」
と、俺が起きた事に気が付いたワン大人がそんな言葉を投げ掛けて来た。
どうやら今回は丸っと一晩眠っていただけで、前回程劇的に身体が変化した……と言う訳では無いらしい。
だが……だがしかし、寝起きに息子さんが元気な姿を示したと言うのは、端から見れば小さな一歩かもしれないが、俺にとっては大きな前進だった言って良いのではなかろうか?
手早く点滴の針を抜き、恐らくは酒精を染み込ませたであろう濡れた綿を患部に強く押し当てる。
「暫く自分の手で抑えて止血してくれ。体感ではどの様な変化が有ったか……は見れば解かるな、未だまだ幼いとは言え見事に天幕を張っている」
微笑ましい物を見る様な笑顔を浮かべたワン大人が俺の息子さんが元気に成った事を指摘するが、相手が医者だと言う事も有って気恥ずかしさは感じない。
「だが未だ完治とは言えなだろうな。君の睾丸はやはり個人差と言うには未だ少々小さな状態の儘だ。しかし後何度か同じ様な効能を持つ霊薬を用いれば、恐らく完治する事は出来るだろう」
寝ている間に何か有った時に早急な対処が出来る様に、全裸で寝台に入った俺の身体を掛布を捲ってから軽く診察したワン大人がそんな言葉を口にした。
前世の頃の記憶が少し薄れて来たから……と言う訳では無く、普通に前世の子供の頃に自分の金玉がどれ位の大きさだったかなんて事は全く覚えて居ないので、ワン大人の言う事の正否を確かめる事は出来ないが、彼が言うのだから本当なのだろう。
……流石にウポポ族の同年代の子供と比べて見るなんて真似はしたくも無いしな。
「今、お連は?」
パッと見た感じ可也暗いので多分今は未だ夜なのだろう、幾ら看病を買って出てくれたとは言え、未だ未だ子供の彼女に徹夜で其れをして欲しいとは思わない。
「其処の寝台で眠っているよ」
指し示されたのは同じ室内に有る少し離れた場所の寝台で、俺が使っていたのと似たような掛布が膨らんで居るのが見えた。
彼女ならば直ぐ隣に寝ている物かと思ったのだが……
「此処は一応は病院の様な物だし、治療内容が内容なのでね。万が一、君が健康に成り過ぎた場合に、不埒な行為が行われない様に少し離れた場所で寝る様に私が指示したのだよ」
不埒な行為って……
「俺、そんなに無節操な人間に見えますか?」
少々やるせない気持ちを感じた俺は溜息を一つ吐きながらそう問いかける。
「君がどうこうと言う問題では無く、君に処方された霊薬の方の問題だね。長老殿の言葉通りならば、盛の付いた猿が腹上死するまで腰を振り続ける様な劇薬だと言う話だったのでね」
そんな言葉から始まった説明に依ると、今回俺が飲んだ霊薬は割と真面目に健康な人間が飲んでは駄目な奴で、成人男性が同じ量を飲んだ場合には息子さんが擦り切れるまで腰を振り続けて尚も収まりが付かず心臓の方が先に止まる可能性すら有る物だと言う。
ただ今回の俺の様に先天的に息子さんが駄目な男性が服用する事で、劇的に状態を改善する事が出来る可能性の高い霊薬でも有る為に、ウポポ族の薬師達は秘伝として此の調合法を代々伝えて来たのだそうだ。
「実験と言う訳では無いが、テツ君にも極々少量飲んで貰ったのだが……新妻相手に徹夜で盛って居た様だよ」
苦笑いと共にそう言うワン大人、テツ氏は彼を恨むべきなのか其れとも感謝するべきなのか……まぁ新婚夫婦の中が宜しいと言うのは大変結構な事なのだろう。
ちなみに結婚に関しては世界樹の神々を信仰して居ない筈の精霊信仰の民ですら、結婚の守り神で有る『婚神 ユーノ』に対して愛を誓う儀式をすると言う。
他にも産まれた子供に名前を付ける際には、出産と子供の守り神である『妊神 シワコアトル』と言う神に祈るのが通例らしい。
この辺は信仰云々では無く世界樹の権能に依って管理されて居る此の世界に生きている以上は避けられない事で、この辺の事を怠ると様々な形で罰が当たると言う。
故に精霊信仰の民は自分達を縛り付け制約を課し、時に罰すら与えると言うのに、恩恵と呼べる物を与える事の無い神々を信奉するのでは無く、自分達の生きる土地を守ってくれる森林竜とその長であるケツアルコアトルを祀って居る訳だ。
……猪川家は氏神である天蓬大明神様から御神酒を貰ったりとか、国許では大根流鍬術の様な武術を授けて貰ったりと、色々と恩恵受けてるけど其れは火元国特有の価値観である『御恩と奉公』が神々にも浸透して居るからなのだろうか?
とは言え前世の世界で言う所の『本当の意味での無神論』と言う訳では無く、日本人的な意味での『無神論』の様な物と考えれば理解は出来なくも無い。
前世の日本人はなぁ……宗教と言う物を『胡散臭い物』と敬遠する割に、愛蘭の祭りである万霊節で仮装し騒いだり、基督教の降誕祭に蛋糕と鶏で祝ったりするのが割と普通だった。
其の上で大晦日には仏教の寺で除夜の鐘を付きに行き、その足で神道の神社に初詣をする……なんて事が当たり前である。
更には結婚式をすると言えば基督教式の礼拝堂で祈りを捧げたり、神道の祭壇の前で三三九度の盃を交わしたりするのだから、宗教と言う物に対して寛容なのか非寛容なのかよく解らん民族性をしていた。
ぶっちゃけて言うのであれば、恐らく多くの日本人に取って宗教と言うのは割と『どうでも良い』物で、催し事の際に自分から関わるのは良いが、勧誘の様に相手から依ってくるのは困る……と言った所なのでは無いだろうか?
其の辺の感覚は俺の記憶では高校の頃に起きた某新興宗教に依る大規模なテロ事件から大きく変わった様に思えるのだ。
其れまでも一部の新興宗教が行っていた強引な改宗なんかに迷惑して居るなんて話は有ったが、先祖代々お世話に成ってきた寺や神社に対する敬意の様な物は誰しも持っていたと思う。
けれどもあの事件以降は、真っ当な活動をして居る神社や寺に教会なんかでも『実際にはヤバい事をして居るんじゃないか?』と言う様な空気が日本全体に蔓延する様に成った……と言うのは俺個人の感想である。
「まぁ何方にせよ、近い内にケツアルコアトルの甘い吐息を貰って、妖精の珈琲の果実を食って、人食い加加阿の貯古齢糖も食う予定だし、其れでも回復しなけりゃ其れから考えよう」
死後の世界が実在し神や仏に悪魔なんかも居ると此の目で見た以上は、宗教云々なんて考えるだけ無駄だ……と割り切った俺はそう言ってから朝までもう一眠りするのだった。




