千百三十九 志七郎、御宝を手に入れ神話を知る事
いやー、ガララアイは強敵でしたねぇ……うん、嘘です。
彼奴等は其処に居ると解って居れば、きっちり目玉状の種子を見る事無く簡単に収穫出来ました。
まぁ、収穫した後に普通のガラナの実と見比べて見ると、確かに一回り程大きい……様な気がする程度の差しか無かったので、知らずに其の魔眼を見てしまって何らかの状態異常を喰らうって事を考えると、確かに危険な魔物では有るんだよな。
奴等が持ち得る魔眼の中には目が合っただけで『即死』を押し付けると言う理不尽な物も有るらしいので、死んでも再開が出来る電子遊戯ならば兎も角、現実に相手をするのは本気で御免被りたい手合である。
とは言え居ると解って居れば対応は簡単で、木に絡んだ蔦の根本の辺りをチョキンと切ってやれば、其処から上はあっさり生命を手放し凶悪な効果を持つ魔眼も、栄養価豊富な薬湯の素材に成り下がると言う訳だ。
なお切った下の根っこは必ず引き抜いて焼いて処分しなければ、数ヶ月程度で再びガララアイが生えて来るらしいが、薬効が強すぎるのと周辺の生態系に与える影響が大き過ぎる為に、ウポポ族としては必ず処分する様にして居るそうである。
「とは言え、場所に依っては放って置いても数年もしない内に森林竜が纏めて喰ってしまうので、そう深刻な状況に成るのは稀なのだがな。ただ此処は場所が悪い、森林竜の寝床に近すぎるのだ」
そんな言葉から始まったアヴェナナ氏の説明に依ると、未開拓地域と呼ばれる場所が、密林と草原が入り乱れた寄木文様に成っているのは、巨大な森林竜が『森を食う』からだそうな。
奴等は美食家では無く、食えると判断した植物は樹木だろうが下草だろうがお構い無しに根こそぎ食い散らかし大量の糞をするのだと言う。
其の為、喰った後の土地は糞に含まれた種が芽吹き草原と成り、数年程度で再び密林の姿を取り戻す……と言う循環で回っているのだそうだ。
そして森林竜は割と綺麗好きな個体が多く、自身の寝床の近くで糞を足れる事を好まない為に、寝床の近くはかなり古い時代からの木々が延々と残り続けて居るらしい。
本来ならば普通のガラナはガララアイになる前に、森林竜に喰われる為に早々出現する事は無いのだが、寝床の近くでは人間が時折手を入れないとこうして出現して、多くの動物達が犠牲に成ると言う訳だ。
「成程にゃー。先代の委員長からも世界樹に奉ろわぬ民を安易に排除する様な真似はするなと申し送りを受けていたが、そ~言う自然の摂理を整える役割が合ったのかにゃ」
そんなアヴェナナ氏の言葉にマンチカン立ちで両腕を組んで、深々と頷きながら感想を漏らすネフェルミウ様。
世界樹の神々の中でも割と上位の立場に居るネフェルミウ様からすると、世界樹の神に従わない精霊信仰の民は、前世の世界の日本で言う所の朝廷に従わない蝦夷の様な物と言えるだろう。
向こうの世界の朝廷はそうした者達を『土蜘蛛』と呼んだり『鬼』と呼んだりして、討伐する事を当然の様に行って来たし、日本じゃ無くても一神教を信じる者達は他宗教を邪教と呼んで排除し征服して来た。
けれども此の世界の運営を担う世界樹の神々は、彼等を排除する様な真似はせず世界の運行に良い影響が有ると見做して、その存在を容認していた……らしい。
ネフェルミウ様が何代目で何時から世界樹運営委員会の委員長なんて言う重責を担う様に成ったのかは知らないが、神々が望めば此の世界に属する者である以上は一瞬で『居なかった事』に出来る事を考えれば可也前の代からそう言う運用だったのだろう。
「此の世界に生きる人類は皆、八大神様達が生み出した者の子孫な訳で、どんな理由で神々と袂を分かったかは知らんけど、にゃーの立場でも簡単に処分出来る訳じゃ無いんだよにゃー」
胸の前で組んでいた腕を後頭部に組みなおしてそうボヤくネフェルミウ様。
八大神様と言うのは、この世界を生み出した神鳥が直接生んだ最初の神々で、勇猛神ノルベリウスと豊穣神イリスティーナの夫婦が人間を。
生命神ウェルナスと輪廻神アルシェリーナの夫婦が森人や山人に草人なんかの妖精族と呼ばれる者達を。
強食神チョルチェルと風来神オリヴィエンナの夫婦が無数に存在する獣人族達を……獣耳族達は獣人族と他種族が混血した結果産まれた新たな種族なので実は別枠らしい……。
そして聡明神レギウスメントルと芸術神イリスティオラの夫婦が生み出したのが、様々な異能を持つ魔族……なのだそうだ。
故にこの世界に生きる人に類する種族に区分される『人間』『妖精』『獣人(獣耳含む)』『魔族』の四大種族は、世界樹の神々に取っても有る意味で『特別』な存在らしい。
「……其の辺の話は我々も長老様から聞いて居る。大いなる一羽が産んだ十の卵からは、先ず最初に世界樹と其れを植える大地が産まれ、それから八柱の原初の神々が産まれた。精霊達は原初の神々よりも前に大地に息衝いて居た……と」
ネフェルミウ様の話に続いて口を開いたアヴェナナ氏の言に拠れば、精霊と呼ばれる自然現象の具現化とも言える存在は、世界樹の神々が産み出したのでは無く、此の世界が卵の中から孵った時点で既に居たのだ……と、精霊信仰の民には伝わって居ると言う。
そして動物や植物と言ったモノ達は、八大神が直接産み出した訳では無く、其れ等の神々が産み出した子供の神々とでも言うべき存在の手で創られたのだそうだ。
「ちなみににゃー達、猫の御先祖様は元々此の世界で産まれた存在じゃ無く、世界と世界の間を旅して回る商隊猫と言う魔物だったらしいにゃ。まぁ猫系の魔物の子供は産まれた時点では普通の猫なんだけどにゃー」
前世の世界へと飛ばされた俺を此の世界へと導いてくれた旅猫又の紗蘭が言っていたが、猫と言う動物自体が世界と世界の間を自由自在に行き来する事が許された特別な動物だそうで、此の世界に限らず人と呼べる種族が居る場所ならば必ず猫もやって来る物らしい。
ネフェルミウ様の先祖もそうした例に漏れず、何時からか此の世界の産物を他所の世界へと持ち帰り、逆に他所の世界の産物を此の世界に持ち込むと言う行商をしていた商隊猫の一員だったそうだ。
「成程……ウポポ族の集落に行商に来る猫達には、そうした異世界の商売猫も混ざっているのかもしれないな」
前にアヴェナナ氏も時には案内人の仕事をして外貨を稼いでいると言う様な事を言っていたが、何処で使うのかと思えば未開拓地域にも商隊猫が商品を抱えてやって来て居るらしい。
「えー、あの連中こんな僻地にまで商売しに来てるにゃ? まぁ少数民族が吐き出す金貨ならたかが知れてるから、この辺に来る密輸程度なら気にする程の事でも無いけどにゃぁ」
……確かに、他所の世界から此の世界に税関に当たる様な施設を通さず、様々な商品を持ち込む行為は『密輸』と称して間違い無いだろう。
下手をすれば他所の世界では合法だが、此の世界では違法に成る様な品物を持ち込まれる可能性だって有る。
俺が持っているノートPCや其れに接続して使う電子機器は、此の世界では御禁制の品に当たるそうで、飽く迄も俺個人の使用に限って『黙認』してくれていると言う状態だ。
もしも異世界の猫が此の世界に対して悪意を持って行動したならば、その手の電子機器を直接持ち込んだり、人類の急速な発展に繋がる『産業革命』に付いて記された書物なんかを持ち込む様な行為が行われても不思議は無い。
「商人猫と呼ばれる連中は、他所の世界を乱す様な真似は出来ね―のにゃ。彼奴等は何処の世界でも神と呼ばれる者には逆らえねぇからにゃ」
俺が抱いたそんな不安は、神で有るネフェルミウ様にはお見通しだった様であっさりとそう否定されたのだった。




