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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
志七郎、南へ の巻

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千百三十八『無題』

 ぴんふと七が旅立ってから鬼切り小僧連として活動する事が出来なく成っても、私はお父様の部下の子弟と連れ立って時折鬼切りへと出掛けて居た。


 普通ならば女児(おんなご)と殿方では実力が釣り合わない事も多い為に、一緒に鬼切りに行くのは難しいのだが、私は他所の女性(にょしょう)が芸事に費やす時間も武芸に捧げた結果か、一級線の女鬼切り者と言えるだけの技量が有る為、問題無く一緒に行けるのだ。


「歌、今日も鬼切りか? お前も嫁入り前の娘なのだから、もう少し芸事……は無理にとは言わんが、料理や裁縫と言った嫁入り修行にも精をだしたらどうだ?」


 槍と刀に弓の準備を整え鎧を纏おうとした段階で、出勤前の父上がそんな言葉を投げ掛けて来た。


 お父様は私が鬼切りに出るのを決して快く思って居ないと言う訳では無い様だが、嫁入り修行の方が疎かに成っている事に気を揉んで居るらしい。


「お母様やお義姉(ねえ)様に言い付けられた課題はちゃんとやってます、ソレに今日はお義姉様のお腹に二人目の稚児(ややこ)がいらしたお祝いに、生散らし寿司を作る為に新鮮なお魚を狩りに行くんですよ」


 とは言え今日の鬼切りはお兄様とお母様から頼まれて、海鮮系の妖怪がうようよ湧いて出る築地地下迷宮へと行くのだから、文句を言われる筋合いは無いと思う。


「……別に儂も行くなと言っている訳では無い、ただ帰り道はくれぐれも注意を怠るなよ。幾らお前の技量が並の奉行所務めよりも上だとは言っても、最近は物騒な連中も暴れていると言うからな」


 と、そんな言葉から始まったお父様の話に依ると、此処最近の江戸では『刀狩人(かたなかりうど)』と呼ばれる賊の類が出没して居るらしい。


 武士階級に有る者が町人を相手に得物を抜いて誅する所謂『無礼討ち』は、幾つもの条件を満たして居なければ、ソレを為した者が『殺人』の罪に問われる事に成る。


 けれども逆に町人階級の者が武士を相手に得物を抜いて襲いかかったりした場合には、武士側が返り討ちに出来なければ『武に依って立つ者』で有る武士として『士道不覚悟』や『実力不足』を問われて、お家断絶にまで追いやられる罪に成るのだ。


 其の辺の塩梅を見極め武士が刀を抜く事が出来ないギリギリを攻めて誂う様な不届きな町人の遊びが有ったりもするが、その行為が明確に『武家の体面を傷付けた』とお上が判断した場合で無ければ無礼討ちとは認められない事も有る。


 故に武士の多くは其の場で無礼討ちをするのでは無く、幕府に対して『これこれこう言う理由で討ち取ります』と届け出を出して、相手を決闘場へと呼び出して勝負を付けるのだ。


 幕府を経由した決闘場への呼び出しは、武士階級の者ならばソレから逃げるのは当然士道不覚悟と看做され切腹待った無しである。


 対して町人階級の鬼切り者が逃げたとしても法度の上で何らかの処罰を受ける様な事は無いが、鬼切りに一度も出る事無く元服した若者が『臆病者』と揶揄され碌な仕事に付けないのと同等か、ソレ以上に蔑まれる立場へと追いやられる事に成る訳だ。


 そうした法度の不平等が世の中に罷り通って居るのは、飽く迄も武士が支配階級で有り、町民はその庇護下に有る者……と、幕府を開いた太祖公が定義したからである。


 とは言えそうした法度がきっちりと守られるのは、江戸州内でも他藩でも市街地だけであり、一歩市外へと出れば死体が出ても鬼や妖怪に討たれただけ……と処理されるのが普通だ。


 故に鬼切り者や武士を狙う野伏(のぶせり)等と呼ばれる賊は、一般的に鬼や妖怪が跋扈する様な場所に住処を構える事が出来る様な、異様に強い化け物と言って過言では無い者達である。


「しかし刀狩人は市中で堂々と武士に喧嘩をふっかけ先に刀を抜き、相手も刀を抜いてソレを交えると、凄まじい技量で相手の得物を巻き上げ弾き飛ばし、ソレを素早く掻っ攫って逃げを打つ……なんて真似をする集団らしい」


 白昼堂々とそんな真似をすれば当然の様に、多くの衆人観衆の目に触れる事に成るのだが、刀狩人が勝負を吹っかけて来る時には、必ず金色に塗られた狐の面を被っているそうで、今の所その正体は割れていないと言う。


 しかもコレの厄介な所は、武士側の者は身体に一切傷を付けられて居ない為に、鬼切り手形に罪として記録される事が無く、手形改めでは下手人を特定する事が出来ない事なのだそうだ。


「不特定多数の侍に対してそんな真似をすれば、その金色のお面を被った者は即座に斬り捨てられる事に……ああ、そうか武士に恥をかかせては居るけれども法度に触れる様な事は公式にはして居ないし、ソレが本当に当人とは限らないですね」


 刀狩人の正体を隠す金色の面だが、ソレを被って居るからと言って、本当にその者が過去に刀狩と呼ばれる行為を行ったと断言する事は出来ない。


 万が一にも偽者だったり初仕事の者を一方的に斬ってしまったとなれば、ソレは武士が(まつりごと)を担う者としての信用を失う事に成りかねない訳だ。


 武に依って立つ者で有る武士が武芸で恥をかかされた上で、無関係な偽者を斬ったと成れば、ソレは恥の上塗り以外の何物でも無い。


 其れ故刀狩人と遭遇したならば、その場で確実に相手を手討ちにしなければ成らない訳だ。


「……今の所、刀を奪われた者に武家の当主は居らず、未熟な子弟だと言う事で切腹を迫られる様な事は無いが、兄弟が居る者は間違い無く家督の相続は認められぬ事と成るだろうな」


 刀狩人達も馬鹿と言う訳では無い様で、確実に刀を奪える相手であろう年若い者達に狙いを絞っているらしく、結果として彼等の行動で生命を落とした者は未だ居ないらしい。


 それでも一度恥を晒せば其れを雪ぐ事が出来無い限り、武士階級に居続けるのは不可能だと言う。


「お前も、共に鬼切りへと出て居る者達も、年若い武家の子である以上は彼奴等に何時狙われるやも解りはしない。今の所刀狩人との遭遇例は黄昏時から夜間に掛けて多いと言われている、故に出来るだけ日の有る内に城内へと戻る様にな」


 昼間の遭遇例が全く無いと言う訳では無いらしいが、日が暮れるに従って比べるまでも無い程に、その遭遇率は高まって居るのだそうだ。


「其れにしても刀狩人と言うのは一体全体どんな目的で刀を奪うのでしょう? 中古の刀はどんなに良い素材を使った物でも高値が付く物では無いですよね?」


 武具は初陣の時の物を除いて、自分で手に入れた素材で作るのが火元国全体の習わしである以上、中古武具の市場価値と言うの物は全く無い訳では無いが極めて小さい。


 金銭的な物が目的だとするならば、余りにも割に合わなさ過ぎる犯行と言えるだろう。


「一応、遭遇した者達の言に拠ればだが『貴様に其の差料は分不相応、相応しき腕が無いと刀が泣いて居るわ』等と宣ってから刀を抜いて居るそうだ。もしかしたら……の話では有るが人では無く刀が化けた妖怪の類の可能性も有り得るの」


 ああ成程、相手が妖怪の類ならば全うな理由なんて考えるだけ無駄だ。


 妖怪の中には姑獲鳥(うぶめ)叺背負(かますしょ)いの様に『子供を攫う』と言う行為の為だけに生きていると言う、人間に迷惑を掛ける為だけに存在して居る様な連中も居る訳で、何故其れをするかと聞いても『そう言う生き物だから』としか言い様が無いのである。


 叺背負いの『藁で編んだ袋を背負った大人の男性』と言う、ぱっと見ただけでは普通の人間と変わらない姿をして居る事を考えると、刀狩人が妖怪の類だとしても不思議は無いだろう。


「何方にせよ、余り出会って良い事は無い相手ですね。解りました、暫くは必要な獲物を狩ったら早めに鬼切りを切り上げて帰って来る様に皆にも言って置きますね」


 正直を言えば『返り討ちにしてやる』と言う気持ちが全く無いと言えば嘘に成るが、奉行の娘と言う立場故に同行する皆の纏め役と成る私は、無理をする事無く早々に切り上げると言う選択肢を取らざるを得ないのだった。

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