千百三十七 志七郎、異世界の理を知り決着を付ける事
「三……二……一……行け! 行け! 行け!」
風を自在に操る翡翠の索敵範囲は、既に里で数える単位に及んで居り、彼が少し鼻をひくつかせただけで、奴等の居場所も向かっている方向もあっさりと割れた。
そして其の位置と方向を聞いたアヴェナナが顔を真っ青にして、早急に対処しなければ不味いと言い出した事で、俺達は一直線に髑髏喰らいと畜将企鵝討伐へと動き出したのである。
なんせ向かっている先が此処等一帯を縄張りとする森林竜の住処だと言われたならば、俺達だって顔色が変わるわな。
何体も居る森林竜が未開拓地域と呼ばれる場所に出現する大型魔物を倒してくれるからこそ、密林や草原に点在する少数部族の集落が守られているのだ。
「其れヤベー奴にゃ! とは言えにゃーが此処に居て良かったにゃ。万が一にもお前等の作戦が失敗して森林竜が畜将企鵝に操られる様な事に成った場合にゃ、にゃーが介入するから安心してくたばるのにゃ!」
ネフェルミウ様の様な世界樹の神々からすれば、自分達に祀ろわぬ民である精霊信仰の民は、守るべき対象では無いのかと言えば必ずしもそう言う訳では無いらしい。
「介入するなら最初からして貰えると有り難いですがねぇ……神様?」
ネフェルミウ様の言にそう言うテツ氏だったが、
「森林竜は異世界から来た魔物じゃぁ無くて、此の世界に産まれた動物の区分だから、世界樹の機能で色々と弄れるけれど、畜将企鵝や髑髏喰らいは異界にルーツを持つ魔物だから世界樹の機能ではどうにも出来ね―んだにゃ」
残念ながらそう都合良く行く物では無いそうで、あっさりと否定されてしまった。
世界樹の神々がその権能を振るうには、対象の個体情報が世界樹に記録されて居る必要が有るそうで、基本的には『此の世界で産まれ育った存在』以外に権能を振るう事は出来ないらしい。
義二郎兄上が腕を失った時に神々の権能を借りて治癒すると言う選択肢を取れなかったのも、異世界の神に由来する妖刀の呪毒で腕が腐ってしまったからだ。
畜生企鵝は火元国の碇家で飼育されて居る個体が居る事から解かる様に、此の世界で産まれ育つ此の世界に属する魔物……の様に思えるが、実の所奴等は卵の状態で此の世界に送り込まれてくる立派な異世界産の魔物らしい。
そして髑髏喰らいもネフェルミウ様が見た限り、世界樹に登録された個体情報を持つ者は居なかった以上は、異世界からの侵略者と見て間違い無い……いや、単純に危険過ぎるから此方の世界へと追放されて居るだけと言う可能性も有ると言う。
異世界の神々は世界樹を奪う為に尖兵を送り込んで居ると言う話は、何度か聞いた覚えが有るが、そうした侵略者の手先だけで無く自分達の世界で手に負えない魔物を、此方の世界へと送り込む事で一種の破壊工作を行っていると言う側面も有るらしい。
俺が以前戦った八岐孔雀や此の地で出現次第森林竜が相手取る様な巨大な魔物と言うのは、大体元居た世界でも討伐する事が難しい魔物を無理やり此方の世界へと追放する事でなんとかしようと言う施策の結果なのだそうだ。
「本当に迷惑な話なんだよにゃ。んでもそうした連中を送って来る世界から亡命して来た神の話を聞くと仕方無いかーと思わんでも無いのにゃ」
世界樹の正常な運行運営を統括する立場に有るネフェルミウ様は、異世界の運営を諦め此の世界へと亡命して来た神々と面談をする事も有ると言う。
そんな中で聞いた巨大な魔物が出現する異世界と言うのは、大体の場合既に人の手で其れ等をどうこう出来る様な状況は過ぎ去った『末期世界』とでも言う様な状況だそうで、此の世界に押し付けなければあっという間に滅亡する様な状況なのだそうだ。
俺の持つ前世の感覚で言うならば、放射能汚染で産まれた怪獣王が大暴れする映画の世界の様に、年一位の頻度で人類を滅ぼす様な怪獣が出現する世界……と言う様な感じだろうか?
まぁ流石にあの怪獣王程ヤベー魔物は早々出現する事は無いし、そもそもあんなモノが出現した時点で此方の世界に押し付ける暇なんぞ無くその世界は滅亡する事に成る筈だ。
向こうの世界から此方の世界への界渡りの旅路でも、最早滅ぶしか無いと言う様な末期世界で巨大ロボと怪獣が戦っている姿を見た覚えが有るが、あんなモノがぽこじゃかぽこじゃか湧いて出る様になれば、そらもう世界の滅亡は避けられない状況だろう。
俺の記憶が確かなら、あの世界に湧いて居た怪獣は神の使いである所謂『天使』で、世界を……と言うか色々と行き過ぎた科学でやらかし過ぎた人類を抹殺する事で、世界を再起動しようと言う目論見だったと紗蘭が言って居た。
倫理無き科学は手作業で世界の運営をする神々に対して、凄まじい負担を強いる事に成り、結果として世界を維持する事すら困難にするのだと言う話だったか?
実際、ネフェルミウ様が聞いたと言う異世界から亡命して来た神々の話が有ったからこそ、世界樹の神々は此の世界に置いて蒸気機関を始めとする機械文明の発達をある程度抑制して居るらしい。
「お前さんの知り合いらしい猫が持ち込んでいる電子機器も、個人使用の範囲なら黙認するけど、其れを大々的に売りに出す様な真似をすればにゃー達としても対処せざるを得ないから重々気を付けるんだにゃ」
成程、紗蘭と俺のやり取りはしっかり世界樹の神々に捕捉されて居る訳か、と……そんな事を話ながら翡翠の嗅覚を頼りに追いかけて来たら、髑髏喰らいの群体の姿が見えたのだ。
其処で冒頭のカウントダウンに繋がる訳である。
万が一、火炎爆弾の三重奏で企鵝を倒しきれなかった場合に備え、氣を高めて意識を加速する。
今の意識加速の練度だと体感では有るが、十秒の間に四回の行動が出来る様に成る位だ。
戦闘に置いて十秒と言うのは割と長い時間の様にも思えるが、拳闘の一区切りが三分だと考えると、様々な牽制や実際のやり取りを含めてそんな物なのかと思えなくも無い時間とも取れるだろう。
其れが四分の一に圧縮されて二.五秒に一回行動出来る様に成ると考えれば、その加速ぶりは割とヤバい事は理解して貰えると思う。
ちなみに御祖父様の練度まで行くと一秒に一回行動出来ると言う、常人の十倍速で物事を熟す事が出来る様に成ると言う話なので先は未だまだ長いな。
そんな加速した時間の中でお連とワン大人とテツ氏が火炎爆弾を投げつけるのを見守りつつ、抜刀一閃で企鵝の首を取れる様に腰を落とし脚にも氣を貯める。
燃え上がる炎が数えるのも馬鹿らしく成る程に群れた髑髏喰らい達の生命を悉く焼き尽くす。
聞いていた通り髑髏喰らいの生命力はその身体に見合う程度の物でしか無く、耐火性に然程優れていると言う訳でも無い毛皮に引火し、群体の巨体は一気に火達磨に成った。
……ぬ? 王冠の様に群体の上に乗っかって居た畜将企鵝の姿が無い!?
「しまった! 翡翠! 企鵝の野郎は何処だ!?」
炎に巻かれるよりも早く群体の中に隠れたのかとも思ったのだが、加速した意識の中で思い返して見れば、火炎爆弾をお連達が投げつけた時点で奴等の頭の上に畜将企鵝は居なかった……気がする。
もっとしっかりと確認してから攻撃を仕掛ければよかったのだが、あの群体の巨体を維持して居る以上は、奴等が畜将企鵝の影響下に居る事は間違い無いと思ったのだ。
「うぉん!(上!)」
俺の問いかけに即座に反応した翡翠の鳴き声に引かれる様に見上げると、空を飛ぶには全く向かないだろう翼を羽ばたかせて火炎爆弾の効果を避ける畜将企鵝の姿が有った。
……下手の考え休むに似たり、そんな言葉が脳裏を過ぎる中で俺は即座に高く跳び上がると、唐竹割りに企鵝の身体を両断したのだった。




