千百三十四 志七郎、御不浄回避に安堵し錬成する事
俺が前世によく読んでいたネット小説では、異世界への転生・転移……特に幻想の世界や戦国時代の様な世界へと行く物語の多くが、硝石の作り方と其処から派生する火薬の作り方を切り札の一つとして扱って居た。
高価な火薬を自分達で安価に作る事で、他の勢力に対して火力面で優位を取ると言うのは、割と鉄板な展開だったと思う。
しかし一定の威力しか出せない銃器は女子供の武器だと言う火元国の風潮と、そもそも無煙火薬を使った弾薬が普通に流通して居た事で、硝石と硫黄と黒炭を使った黒色火薬の出番なんざぁ生まれ変わってから一度も無かった。
……まぁ材料は知っていても、その詳しい割合なんかまでは知らなかったので、下手に手を出しても暴発で自分の指をすっ飛ばすのがオチだっただろうが。
けれども今回はある程度の広範囲を一気に吹っ飛ばす事の出来る爆弾と言う火力が必要なのだ。
故に今俺は智香子姉上から習った錬玉術を使って、俺が作れる中で最も広範囲を一気に焼く事が出来る『火炎爆弾』と言う物を調合して居るのだが……
「うん、近場で『燃える土』が手に入って良かった」
思わずそんな言葉が口を突いた。
燃える土と言うのはその名の通り火を付けると燃える土で、『泥炭』等と呼ばれる物や『腐葉土』なんかは、錬玉術の世界では一緒くたにそう呼ばれる素材として扱われる。
基本的な爆弾の材料の一つである燃える土が簡単に手に入らない場合には、其れ自体を調合して作る必要があるのだが、自然の中でソレが入手出来ない時に一番簡単に手に入る代替品の材料は『小便』なんだ。
超常の異能が介在する事で科学の原理を超越した調合結果が発生する錬玉術では有るが、基本的に素材の中に含まれている霊力とでも言うべき物を引き出し強調して行く事で調合品を産み出すと言う点で、科学的に全く関係の無い材料が使われると言う訳では無い。
では何故人間の小便が燃える土の材料になり得るのかと言うのが、冒頭に記した『硝石の作り方』である。
詳しくは知らないが人や家畜の糞尿を一箇所に集め、雨風に晒され過ぎない様にして数年置くと、その下の土壌に硝石が出来る……と言う様な話だった筈だ。
その所為なのか、人や動物の小便をある程度の量用意して錬玉術用の鍋で煮詰めると、何故か燃える土が出来上がると言う訳である。
錬玉反応を起こして別の物質に変わってしまえば別に汚くは無い……とは言うが、飲み薬なんかも錬成する手鍋で小便を扱うのは、俺的には気分的に非常に嫌だったのだ。
まぁ今回使う燃える土も腐った葉っぱや動物の糞何かが含まれる腐葉土らしき物なので、不潔さで言えばどっこいどっこいと言ってしまえばそうなのだが、やはり野郎のモノから出されたソレを直接どうこうするのは避けたいと言うのが本音である。
……お連の小水ならば良いのかって? 残念ながら俺には女性の御不浄を喜ぶ様な性的嗜好は無いし、そもそも彼女一人が出す量では錬成するには全然足らんので論外なのだ。
ちなみに小便は『非常に劣化しやすい素材』に区分される為、出したら即座に錬成する位の手際で作業しなければ成らないので、最悪ソレを使わざるを得なかった場合には、野郎共全員でたっぷり水分を取って皆で連れションと言う苦行を行わなければ成らなかった。
ソレを避けられたと言う時点で、今回の調合に関わる難易度は一段階は楽に成ったと言っても良いだろう。
と言う訳で、そこら辺に様々生えている薬草から作った『錬成剤』と呼ばれる殆ど全ての調合に使う事の出来る霊薬の素と、昨夜の夕食に捕らえたスパイスガゼルの角の残りを、燃える土と合わせて調合すれば……
「良し、第一段階は成功」
『火爆弾』と呼ばれる小規模な火属性の爆発を起こす爆弾の完成だ。
火爆弾は錬玉術で作る事の出来る術具の中では、下から二番目に弱い程度の威力と効果範囲しか持たない爆弾で、一寸錬玉術を齧った事の有る者ならば材料に間違いさえ無ければ、失敗する方が難しい程に簡単な調合物である。
なのでこの段階で失敗して居る様ではお話にも成らない。
「ふむ……霊薬の調合と術具の調合は然程の差も無い物なのだな。実に興味深い」
東方大陸由来の医術を修めた医者であるワン大人は、出身地である瀟湘の地に伝わる伝統的な霊薬の調合も修めて居て、更なる医術の研鑽の為に錬玉術を学びたい……と言う理由で今回の旅に着いて来た人だ。
本格的な錬成が必要に成るかどうかは不明で、ソレをする機会が無ければ、見る事すら出来ない、其れでも良ければ……と言う条件だったのに喜んで着いて来た辺り、本当に藁にも縋る思いで錬玉術を齧った程度の俺を頼りにして来たのだろう。
「装備品の類を作ると成ると工作も必要に成るけれども、こうした消耗品の類の場合は霊薬を作るのと作業上での差はほぼ無いですね、確かに」
作業上の差は殆ど無いが結果には大きな差が有る、水薬や軟膏の様に不定形の霊薬を錬成した場合には、ソレを入れる為の入れ物なんかは別途必要に成るが、爆弾の様な物の場合には何故か導火線付きの入れ物自体も一緒に錬成されるのだ。
この辺はまぁ幻想世界特有の不思議現象と言う事なのだろう。
つか其処まで出来るなら水薬の入れ物も錬成されれば良いと思うのだが、その辺の境界線が謎過ぎる……散薬や丹薬の場合には包み紙も錬成されるんだよなぁ。
そうした散薬や丹薬の包み紙は中身を消費すると自然消滅する辺り、やはり此の世界が前世とは違う超常の世界なのだとはっきり解かる現象の一つである。
自動印籠に丹薬を入れた時には、中に入れた時点で包み紙は消滅するが、取り出したからと言って再び出現する様な事は無い辺り、飽く迄も霊薬を錬成した結果としてソレも一緒に出来ると言う事なのだと思う。
まぁ今回錬成しなければ成らないのは、火爆弾を更に強化しより広い範囲を強力に焼く火炎爆弾なので、取り敢えず今は霊薬の事は置いて置く。
次は出来上がった火爆弾を開いて中身を鍋に入れて、蜂の巣に植物油と錬成剤、それから適当な魔物の角――うん河馬鬼の奴で良いか――を加えて火に掛ける。
少しずつ固形物が錬成剤の中へと溶けて行き徐々に粘度が上がり、混ぜ合わせるのに力が必要に成ってくるが、其処は氣を使う事で腕力を強化して何とかすれば無問題だ。
そうしていく内に鍋の中身が光を放ち色が変わる錬玉反応を起こせば……うん、無事に一回り大きく深い朱い火炎爆弾が錬成された。
此れを素材にして猛火爆弾や更に上の爆炎爆弾なんて物も、素材や腕前が有れば作る事が出来るのだが、残念ながら今の俺では猛火爆弾を作ろうとしても恐らくは失敗して産業廃棄物に成るか、爆発するかのどっちかだろう。
材料さえ有れば氷爆弾や雷爆弾なんて物やその上位種も有ったりするが、此処等辺でぱっと簡単に手に入りそうな素材で其れ等を作るのは難しそうだ。
と言うか密林に最も詳しい案内人のアヴェナナ氏が、錬玉術に対しての嫌悪感が強い所為も有って、有用な素材が何処に有るのかはっきりしないんだよな。
取り敢えず火炎爆弾に必要な素材は手に入ったのでヨシッつ と言う事にして置くべきだろう。
「んー、此れをあと三つか四つ位作れるかにゃ? 多分一発では殲滅仕切れないにゃ。んでも皆で複数纏めて打ち込めば何とか成ると思うにゃ」
出来上がった火炎爆弾をネフェルミウは、近眼の人が眼鏡無しで物を見ようとする時の様に、眉間に皺寄せて目を細めた凄い形相で見つめてからそんな言葉を口にするのだった。




