千百三十三 志七郎、恐怖を見逃し驚愕の声を上げる事
「なぁアヴェナナ殿、髑髏喰らいの耐性とかその辺は解らないのか? どんなに数が居てもああして纏まっている以上は、強力な範囲魔法で一網打尽に出来ると思うんだが?」
肌が黒い故に顔色を読む事は難しいが、恐らくは血の気が引いた顔をして居るだろうアヴェナナ氏に俺は小声で問いかける。
「……奴等に精霊の権能は通じない、逆に仕掛けられた魔法の霊力を喰らい増殖するのだ。其れに本来ならば密林中のスカルイーターを集めてもあれ程の数は居ない筈だ。恐らくは既に何らかの魔法を喰って増えた結果なのだろう」
……まぁ超常の異能が日常の直ぐ横に有るこの世界には、ありとあらゆる『物理攻撃』を『反射』する様な魔物も居るのだから、魔法を吸収して増殖する魔物位は居ても不思議は無いのだろう。
「俺も魔物学者では無いのでスカルイーターの生態に詳しい訳では無いが……」
そんな言葉から始まったアヴェナナ氏の話に依ると、髑髏喰らいは密林に生息する群れで暮らす鼠の一種が変化した魔物で、ただ永く生きただけではなく、何らかの理由で群れから逸れたり、追い出された個体が単独で生き抜いた結果行き着く姿なのだと言う。
其れ故と言う事なのか、本来ならば髑髏喰らいは決して群れる事は無く、ただ一匹で無数の猛獣住まう密林の中を、その小さな身体に見合わぬ圧倒的な暴力で猛獣達を返り討ちにして喰らう、食物連鎖の頂点に近い所に居る魔物と言えるのだそうだ。
「スカルイーターの一撃は河馬鬼の革で作った甲冑も、森林竜の鱗で作った鎧も簡単に貫くのだ。奴の一撃を受け止める事が出来るのは北の国に伝わる『手編みのセーター』為る物だけだと言う」
灼熱の密林ではセーターなんて見る事も無いのだろうから、物に対する認識が奇怪しいのも仕方がないのかもしれないが、其れでも手編みのセーターが甲冑よりも強い防具と言う事は無いだろう。
「手編みのセーターとやらはヒグマと呼ばれる巨大な獣をも一撃で仕留める武器であると同時に、スカルイーターの攻撃すら止められる防具でも有ると言う……何時か俺も手に入れたいと思って、その伝手を作る為に案内人をしてるのだ」
密林や草原が寄木文様状に広がる未開拓地域には熊に区分される動物は居ないらしく、ヒグマが大分過大評価されて居るようである。
と言うかヒグマを一撃で倒すセーターってなんだよ? 其れ絶対担がれてる奴だ。
「ソレ多分、毛糸を編んだ物じゃぁ無くて真の銀の糸を編み込んだ帷子か何かの事じゃねぇかにゃ」
俺が感想を口にする前にネフェルミウが『手編みのセーター』の正体に言及した。
それに依ると西方大陸の北側では無く、北方大陸に住む山人達は真の銀の糸を毛糸に混ぜて編んだセーターを身に着ける事が多いらしい。
防具としても防寒具としても優れた物であると同時に、振り回せば相応の威力を持つ武器としても扱える物だと言う。
本当にセーターなのかソレ……と、思わなくも無いがぴんふやりーちが着ている真の銀を編み込んだ着物の防御力を知っているが故に、完全な与太話と言い切る事は出来なかった。
「……ふう、取り敢えず危険は去ったな。だがアレを何とかしなければ再び密林が危機に晒される事に成る、何とかしなければ」
小声で話をしながらも、髑髏喰らいの群れから視線を離す事の無かったアヴェナナが、大きく溜息を吐きながらそんな言葉を口にした。
どうやらあの畜将企鵝に率いられた髑髏喰らい達の群れは、密林慣れしたアヴェナナ氏の索敵範囲の外へと出て行ったらしい。
「おふ……おん(大丈夫……もう行った)」
風を操り臭いを辿る翡翠は未だ奴等の居場所を把握して居る様だが、遠ざかって行っている事は間違い無い様だ。
「しかし……あれ程の数の屍喰らいが群れていると成ると、やはり疫病の可能性が怖いですな」
鼠に絡む疫病と言えば前世の世界でも黒死病が猛威を振い、多くの人間が生命を落としたと言う歴史的な事実が有った。
奴等が同じ様なヤバい疫病を持っていると言う可能性は零では無いだろう。
「小さな魔物を沢山倒すのなら、やはり氣を用いた大技で仕留めるのが良いのでは無いでしょうか? 質の良い鍬が有れば爆砕天地返しで一網打尽も不可能では無いと思うのです」
猪山藩が誇る一大流派である大根流鍬術の基本で有り奥義とも言える技が、地面に突き立てた鍬の先から大量の氣を流し込み一気に大地を爆砕する『爆砕天地返し』だ。
本来の用途としては、地面を粉砕する事で『天地返し』と呼ばれる、地面の表面の土と下の土を入れ替える農作業を、一気に広範囲に行うと言う物である。
ソレを群れた魔物にブチかます事で敵を地面に鋤き込むと言う荒業に成るのだ。
「いや……ソレも止めた方が無難だにゃ。奴等の持つ魔法を食うと言う能力は、単純に精霊魔法だけを吸収するんじゃなくて、魂力を使った効果を丸っと吸収する物っぽいから、氣では被害を与える事は出来ないにゃ」
しかしネフェルミウが氣に依る攻撃の有用性を否定する。
「ネフェルミウは髑髏喰らいの事を知っているのか?」
その言葉を聞いて俺は思わずそう問いかけた。
「知っている訳じゃぁ無いけれども見れば大体解かるにゃ。ソレにしても流石は辺境地域、ヤベー魔物が居る物だにゃ。鼠では有るけれどもにゃーではアレを食えるとは到底思えないにゃ。母様でも呼んで来なけりゃあの群れは無理だにゃ」
どう言う理屈かは知らないが、どうやらネフェルミウは目にした魔物の能力を読み取る様な妖術を持っているらしく、自分でも単独では勝てない相手だと断言する。
と言うかネフェルミウの母親は単独であの群れをどうにか出来る様な強力な妖怪なのか……。
「手っ取り早くアレをどうにかするなら、錬玉術で作った爆弾なんかが良いと思うにゃ。錬玉術で制作した爆弾は作る際に魂力を消費するけれども、起動した際に発生する爆発なんかは物理効果に成るからにゃ」
へー、そうなのかー。
いや、待て……此の化け猫、なんで俺が錬玉術を使えると言う事を知っているんだ?
真逆、魔物の能力だけじゃぁ無く、人間の持つ技術なんかも読み取る事が出来るのか?
まぁ見られて困る様な事は無いし、神仙の術ならば世界樹に登録された情報から其れ等を読み取る事も可能だし、そもそもこの世界には個人情報保護法だの私生活の秘密だの、そうした考え方自体が無い訳だし仕方ない事だろう。
つかその辺の考え方って前世の日本でも俺が大人に成る頃になって、やっと世間様に周知された様な事で、子供の頃には町内の小母さん達は近所の家庭の家族構成は勿論、年収から休日云々まで井戸端会議を通して筒抜けなのが当たり前だった。
個人情報云々と言う考え方が広がったのも、国際電子通信網が使える電子機器が一般に普及した事が切っ掛けだったと言って良いだろう。
此方の世界でも世界樹に接続出来る神々や仙人達ならば、国際電子通信網と同じ様な感覚で匿名掲示板の様な物を利用して居るらしいが、一般の者達が其れ等に接続する様な事は無い。
其の為、前世の世界程個人情報の流出だの何だのを気にする必要は無い……筈だ。
「むぅ……錬玉術か。精霊の加護無き邪悪の呪術と聞くが……ソレを精霊の加護厚きこの地で使わねば成らないと言うのは……」
精霊信仰の民に取って錬玉術と言うのは、自然を歪める邪悪な呪術と言う認識だとは事前に聞いて居たが……やはり渋られたか。
「気にするにゃ。世界樹運営委員会委員長、猫神ネフェルミウの名の下に許可を出すのにゃ、アレを放置して民に被害を出すよりはナンボもマシな話だにゃ?」
けれどもネフェルミウがアヴェナナに対してそんな言葉で説得? の言葉を口にする……が、
「「「……ちょい待て、お前さん神様だったのか!?」」」
俺達は驚きの余り声を揃えてそう言ったのだった。
今週末は一寸所用で遠征する必要が有る為、次回更新は5月20日月曜日深夜以降となります
ご理解とご容赦の程宜しくお願いいたします




