千百三十一 志七郎、人食い植物の危険性を知る事
昨日の残りのスパイスガゼルの肉をおかずに朝食を済ませた俺達は、アヴェナナ氏の案内でガララアイが居る可能性の高い地点を目指し、密林の更に奥深くへと足を踏み入れた。
「……空気が変わったな」
其処に居たり俺は思わずそんな言葉を口にする。
此処までの道中、密林や草原を幾つも抜けて来たが、何処でも虫の羽音や動物の鳴き声と言った物は殆ど常にと言って良い位に、何処からかしらから聞こえて来て居たのだが、此処に来て其れ等がぱったりと止んだのだ。
「此れは……うむ、間違い無くこの近くにガララアイが居るな」
俺同様に周囲の変化を察知したアヴェナナが自信満々の様子でそう言った。
聞けばガララアイと言う魔物は、人食い加加阿同様に魔物と成った際に肉食化した植物で、近くを通る生き物を積極的に狩る性質が有る為、其奴が現れたならばその周辺から多くの生き物が喰われ消えるのだそうだ。
更に言うならばガララアイは人食い加加阿以上に食欲旺盛で、出現が確認されたならば早急に討伐しなければ成らない魔物らしい。
「我等ウポポ族も縄張りの維持を森林竜に頼り切りと言う訳では無い、定期的に見回りガララアイの様な危険な魔物は見つけ次第討伐するが、どうしても手が回らない時期と言うのは有るからな」
森林竜が積極的に戦うのは現地の人間達では相手をするのが難しい様な大型の魔物が主な相手である。
対してガララアイは危険な魔物では有るものの、大きさと言う点では決して大きい訳では無い為に、森林竜の攻撃対象には含まれていないのだそうだ。
それでも放置して於けば、密林の生態系を狂わせる可能性の高い魔物である為に、ウポポ族の戦士達は定期的に縄張りを巡回し、其れを討伐して居るのだと言う。
しかし今回、密林の王者であるケツアルコアトルが異界の魔物に敗れると言う、大惨事が発生した事で彼等は密林の平穏と安定を広く守る為の活動を優先した結果、自分達の縄張りに出現した危険な魔物を討伐する余裕が無かったらしい。
ガララアイは確かに危険な魔物では有るのだが、地に根を張った状態のままで移動する事の無い植物としての一般的な特性を残した儘の魔物なので、その行動範囲内の動物は確かに消えるが、後回しにしても大きな問題には成り辛い魔物でも有ると言う。
「問題が有るとすれば、ガララアイが種を蒔くと出てくるのが通常のガラナでは無く、ガララアイが繁殖してしまうと言う事だろうか? とは言え奴等が増える為には年単位の時間が掛かるから早々大繁殖とは行かないがな」
……成程、ガララアイは我が猪山藩周辺を囲む猪山山塊に稀に出没する『百獣の王 向日葵』と同じ様な位置付けの魔物な訳か。
百獣の王 向日葵は妖怪 向日葵と言う肉食の向日葵が多くの魔物を食う事で進化した妖怪で、奴等は地面から根を抜き去り猪山山塊を自由気ままに動き回り動物だろうが鬼や妖怪だろうが構わず食い散らかす極めて危険な妖怪だ。
其れを出現させない為に、猪山藩の者達は妖怪 向日葵を見つけたならば、必ず討伐する様に幼い頃から躾けられていると言う。
先日、猪山藩を壊滅一歩手前に追い込んだ素敵妖怪 向日葵は、百獣の王 向日葵が更に進化した先で、一本の根本から無数に枝分かれした向日葵が分離し、百獣の王 向日葵がドンドン増殖する……と言う極めて厄介で危険な妖怪である。
どうやらガララアイは素敵妖怪 向日葵の様に更なる危険な進化先と言うのは今の所確認されて居ない様だが、代わりに繁殖に成功した場合には割と広範囲から動物が消える事に成るらしい。
「ガララアイを相手にする時は奴の目を……目玉の様に見える実を見ない様に注意せよ。奴と目を合わせると様々な呪いの対象とされてしまうのでな。逆に言えば其れにさえ注意すれば然程恐ろしい魔物では無い」
此処に来る途中も見かけたが成熟したガラナの実と言うのは、赤い殻が割れて中から白い果肉と黒い種が見えている……と言う動物の目玉にも良く似た姿をして居る。
ガララアイに進化すると其れが実際に目玉として機能する様になり、魔眼の類として様々な効果を発揮する様になるらしい。
基本的にガララアイは通常のガラナのふりをして其れを食べる為に近付いて来た草食動物や鳥なんかに対し、魔眼の異能を使って動きを止め自身の本体とも言える蔓で締め上げて殺すと言う。
んでもってそうして死んだ草食獣の死体を食う為に寄って来た肉食獣を同様に捕食する……と言う訳だ。
「成程にゃ、知恵を持たない野獣達に取っては確かに危険な魔物だけれども、その死体を見て判断が出来る人類に取っては大した事の無い相手と言えるかもしれないにゃ」
アヴェナナの説明を聞いて、したり顔……いや猫の表情は読めないが恐らくはそう言う顔をして居るのだろうネフェルミウがそう言った。
「其処に居ると解って無ければ危険な魔物ですけれど、居ると解って居れば対処は難しく無い魔物……と言う事で良いのでしょうか?」
ネフェルミウの言葉を受けてお連が何となくふんわりと理解したと言いたげな言葉を口にする。
「成程なー。まぁ縛り首の木も其処に居ると解んなけりゃヤバい魔物だが、居ると解ってりゃ何とか成る相手だし、その系統の魔物なら似たような物だわな」
テツ氏が口にした縛り首の木と言うのは西方大陸では割と一般的に出現する植物系の魔物で、木に寄生する蔦植物が魔物化した物だと言う。
ガララアイと違って特殊な異能は一切無いが、木の下を通りかかった生き物に対して襲いかかり、首を締め付ける事で殺し宿主と成っている木の根本に死体を置く事で養分を与えると言う様な生態をして居るのだそうだ。
縛り首の木に寄生されて長い時間の経った植物の根本には、多くの生き物の骨が積み上がって居る為にと簡単に判別が付くのだが、寄生されて然程の経って居ない場合には割と危険な魔物らしい。
だが今回の場合、既に周りから動物の声が聞こえないと言う様な状況に成っている以上は、相応の数ガララアイの犠牲と成った生き物が居ると言う事だろう。
となれば死体が幾つも積み上がっている様な木を見つけたならば、其れに注意すれば良いと言う事だ。
「縛り首の木もそうだがガララアイとやらも放置すると、疫病の原因に成りそうで怖いですな」
其処まで黙って話を聞いていたワン大人が、実に医者らしい感想を漏らす。
今まで聞いた感じでは縛り首の木もガララアイも、直接生き物を捕食する手段は持たず、死体を地面に放置する事で腐敗させ其れが土に還った後に栄養を吸い上げる……と言う非常に迂遠な方法で取り込んで居る様である。
物が腐敗するのは微生物が繁殖し其れが肉なんかを分解して行く結果だと、俺は前世の知識で知って居るが此方の世界でも、経験則として腐敗した物が病原体の発生源となり得ると言うのは割と一般的に理解されて居る事だと言う。
「密林には髑髏喰らいの様な屍喰らいも割と多く居るし、ガララアイが襲うのもある程度以上の大きさの動物だけだからな、完全に腐敗した肉が残っている事は割と少ないのだ」
髑髏喰らいと言うのは割と凶悪な戦闘能力を持つ鼠の魔物で、密林の中では上位の危険度を誇る存在らしい、けれどもその食性は所謂『腐肉食』だそうで、積極的に他の生き物を狩る様な事はしないのだそうだ。
そして髑髏喰らいはガララアイが捕食する程の大きさでは無い為、ガララアイが仕留めた獲物が程良く腐った頃合いに其れを食う為に姿を表す事が多いらしい。
ソレでは折角ガララアイが自分と宿主の為に狩った獲物を横取りされるだけ……と言う事に成りそうだが、髑髏喰らいは食餌を終えるとその場に糞をする習性が有る為、其の儘腐るに任せるより早く肥料に成るので、持ちつ持たれつの共生に近い関係なのだそうだ。
「幸い髑髏喰らいはガララアイを守る様な行動を取る事は無いので、奴等が居ない時を見計らって狩れば良いんだ。逆に言えば髑髏喰らいが近くに居る時には絶対に近付いては成らないと言うのがウポポ族の掟だ」
アヴェナナ氏のそんな注意を聞いて俺達は、元々簡単な採取では無いとは思っていた、想像して居たのとは斜め上にズレた危険を感じつつも、目的の物を手に入れる為に前へと進むのだった。




